第13話 連続ドラマ「バニラカフェ」 第八話「裸の王様」

 白石夢乃が栗田京平のマンションを出てから、一週間近く経つが、いまだに彼から連絡はない。


 彼女が、自分から連絡を取らずにいたのは、先に携帯にかけた方が負けなような気がしたからだ。それでも、このままの状況が続くのは、彼女としてはよろしくないので、忘れ物をしたと装い、彼の様子を見に行くことにした。

 あの京平のことだから、そのままそこに居着いても、何も言わないだろう。そう甘く考えていた。


 これまでの彼の行動パターンからすると、土曜の午後はまずマンションにいる。平日の投資のデータを分析し、白石に意見を言うのが、その時間帯の過ごし方だった。自分が抜けたこの一週間、彼は投資をどうしていたんだろう。学校を休んだか携帯から取引したか、いずれにせよ自分のありがたみが、身にしみたことだろう。


 入り口のチャイムを押すと、ドアは開いた。

 彼女の知らない若い女が二人いる。どちらもロウティーンに見える。


「どちら様ですか?」

 片方に聞かれた。

「すいません。間違えました」

 部屋番号は間違えていない。引っ越しでもしたのだろうか。

ドアが閉まると表札を確認した。KURITAとあるので間違いはない。

「親戚の子? もしかして私がいなくて投資で稼げなくなったから、塾みたいなことして生活費捻出してるのかな?」

 そうつぶやきながら、階段を下りてゆくと、栗田が上がってきた。

「京平」

「やあ、奇遇だね」

 相変わらず、愛想がない。

「何言ってるの。それよりあの子達は何?」

「大切な生徒さんだ」

「やっぱり」

 彼女は、自分がもう必要なくなったと感じて、その場を走り去った。


 何事もなかったように栗田は部屋に入ると、みちると紗英の事は放っておいて、PCで一週間の投資結果を分析した。結果は以前より良くなっている。

 自習をしているみちるが、彼に話しかけてきた。

「そういえば、さっき女の人が来たけど、間違えましたって。でも何かおかしかった」

「そう言ったんだったら、きっと間違えたんだよ」



 ハーフ少年は、道を歩いているとき、知り合いを見つけた。

「おい、アイ。お前こんなところで何してんだよ」

「げっ、マッド。何でもいいだろ」

「良くねえよ。というのもお前の身が心配だからな」

 長迫のアイデアで、主婦捜しの場所を変えた相原だが、結果は同じだった。ただメインストリートでは無いものの、それなりに大きな道だったから、こうして知り合いに遭遇する可能性も高くなっていた。

「お前に心配してもらわなくったっていいよ。どうせ、お前らのグループに勧誘するつもりだろう」

「アイなんか要らねえよ。量より質だからな」

「相変わらず口の悪い奴だな。だからリーダーと馬が合わないんだ」

「リーダー? まだ塩川とつるんでるのか?」

「最近はあまり。一緒にいるのはエンドーくらいだろう。やっぱ年とってくると遊んでばかりいられないからな。俺だって今バイトしてんだぜ」

「何のバイト?」

「人捜し」

「こんなところで突っ立ってて人捜しだと? 相手がここを通るのを待ちかまえてるのか」

 マッドは笑った。

「でも依頼人は、ちゃんとした人だからな」

「へえ。それよりエンドーも可哀想だな」

「どうして」

「ニットにでも聞くんだな」

「ああ。今度あったらな……おい、ちょっと待て」

「どうした?」

「あの二人。五十代後半だよな?」

 歩道の向こうから二人組の主婦が、機嫌よさそうに話しながら、こちらに向かってくる。

「最近はババアに興味があるのか?」

 マッドが相原をからかった。

「しかも、いかにもご招待を受けてお出かけ中といった感じだ」

「はあ?」

 マッドは理解できない。

「悪い。マッド。一緒に尾けてくれないか?」

「俺が? 偶然すれ違っただけで」

「恩に着るからさ」

「タダってことか。まあいい。恩を売っておくのも悪くないからな」

 マッドは意味ありげに、相好を崩した。

 それからマッドと相原は、尾行を始めた。その結果、二人がかりで臨んだので、双方の自宅を突き止めることができた。

  

 徳島次郎が、キャバクラの裏口からゴミ出しをしていると、

「おい、仕事慣れたか」

 といって、派手なスーツ姿の男が近付いてきた。

「あっ、翔さん。こんにちは」

 トクジは、リーゼントだった髪型をオールバックに変えていた。

「俺は挨拶しろって言っているんじゃねえ。せっかく紹介してやった仕事の方は、順調かどうかって聞いてるんだよ」

「はい。何とかがんばってます」

「それを聞いて安心したぜ。路頭に迷ってるお前のために、口を利いてやったんだからな」

「はい。お世話になりました」

「お世話になりましたって、もう済んだことみてえな言い方じゃねえか」

「すいません。これからもお世話になります」

「厚かましい野郎だな。ところでお前が前にいたI市だけどよ~、どこの組のなわばりにもなってないって、本当か」

「はい。自分の知る限りではそうです」

「それでお前ら、誰の後ろ盾もなく不良やってたのかよ?」

「金田兄弟って方達がいましたけど、二人とも亡くなりました」

「そういうことね。今度兄貴達と一緒に派手に繰り出そうか?」

「自分もですか?」

「当たり前だろうが。案内する地元の奴がいるだろう。それでお前も故郷に錦鯉を飾れるな」

 それを聞いてトクジは困惑した。今帰るとまずいことになる。

「どうしたんだ。嬉しくないのか」

「いえ。ありがたく思ってます」


 そのとき出勤してきたキャバ嬢のリサが、男を見つけて、甘えるような声で挨拶した。

「あら、翔さん、久しぶり。最近お店に来ないけど、新しい女の人でもできたの?」

「馬鹿言え。それよりこの黒服かわいがってやってな」

「徳島君? 彼、ドジばかりで店長に怒られてばかり」

「仕方ねえだろ。新人なんだからな。それにこいつは、この店に貸してやってるんだからな。将来うちの組の幹部になるかもしれねえし」

「徳島君が? はははは」

 リサは、口を大きく開けて笑った。

「わからねえぞ。人は見かけによらないって言うからな」

「翔さん……」

 このとき、トクジは、翔に一生付いていくことを決めた。

 

「Ma dame, ye ben of al beaute shryne As fer as cercld is the mapamonde; For as the cristall glorious ye shyne, And lyke ruby ben your chekys rounde. Therwyth ye ben so mery and so iocunde That at a reuell whan that I se …(Cf. Rosemonde) 」

 北山は、自分の出番が来たことを知り、貴子に突っ込む。

「先生。今は21世紀です。僕たち受験生に、中世の英語を教えて何になるんですか」

 北山に対し、いつもは引き下がる貴子だったが、このときばかりは反論した。

「北山君。もし仮に中世の人達が英語を話さなかったら、今日の英語はあると思う?」

「詭弁を弄さないでください。僕が言っているのは、それが今授業ですることですかと言っているのです」

 貴子は、北山の正論に立ち向かうだけの気力も知力もなかった。

「それは、その……」

「おい、北山。いい加減にしろよ」

 普段は栗田の出欠で、貴子と対立するバスケ部の津村は、このとき貴子をかばった。

「先生は、僕たちに英語に興味を持ってもらおうと必死なんだ。それで、授業を面白くしようと努力していることが、お前にはわからないのか」

「じゃあ津村。現代英語もろくにしゃべれない日本の高校生に、中世の英語を教えることが正しいとでも言うのか?」

「僕はただ一般論を言っただけだ」

「津村君、もういいの。先生が悪かったわ」

 貴子はその場を治めようとした。すると別の生徒が立ち上がった。

「北山。いつも僕たち受験生がとかほざいてるけど、自分の成績が学年最下位なのを授業のせいにするなよ」

 クラス中で笑いが起きた。

 さらに、数人が立ち上がった。

「北山。お前、まともな授業にだってついていけないじゃないか」

「北山。今のままじゃ留年確実で受験どころじゃないだろう。その老け面で留年じゃ洒落にならねえ。先生に当たって、自分の出来が悪いのをごまかしてんじゃねえ」

「それに、北山。お前、この学校入る時ズルしただろう。お前と中学同じ奴みんな知ってるぜ」

 その時貴子は、普段は大人しい生徒達から、本当は守られていたことを実感した。

 やけになった北山は、クラス全体を敵に回しながら叫んだ。

「いいか。お前ら、よく聞け。俺はお前達のことを思って、わざとテストで間違ってやってるんだ。本気だせば栗田さんだって簡単に抜けるぜ。大検受ければ高校出なくたっていいんだ。いつだってこんな学校やめてやるぜ」

「辞めろ!辞めろ!」

 の大合唱に、北山は教室を飛び出した。


 静まりかえった教室の中、栗田は立ち上がって、

「あいつだってクラスの仲間だろう」 といった。

「栗田さん……」

 クラスの全員は、栗田の言葉に我に返った。そして北山を捜しに教室を出た。

「栗田君……」

 貴子は、教室を最後に出る栗田に呼びかけた。「ありがとう」

 栗田は貴子の方を振り向くと、少しだけ笑顔を見せた。


 廊下を走る生徒の集団に、学年主任長迫は驚いた。

「これは何の騒ぎですか?」

「北山君が……」

 走り去る生徒の言葉は、よく聞き取れなかった。

 校舎内に北山は見つからず、生徒達は校庭に出た。

「北山、北山~。俺たちが悪かった。戻ってこい」

「北山君。私達も北山君のこと誤解していた」

 何事が起こったのかと、他のクラスの生徒達も、それぞれの教室の窓際に集まり、校庭を見た。


「北山がいたぞ」

「え~っ。どこ?」

「体育館の裏。一人で泣いている」

 クラス全員の生徒と貴子は、北山のところに行き、説得を続けた。

「なあ、頼むから戻ってくれ」

「俺たちが悪かった。お前が成績のことで、悩んでいたとは知らなかった」

「そうよ。北山君は何も悪くないわ」

「頑張れば成績だって上がるよ」

「そうだ。俺たちだって協力するよ」

 プライドを傷つけられた北山は、意固地になっていた。

「下手な慰めはよしてくれよ。大検なんか俺の頭じゃ受かりはしないことぐらいわかってるさ。どうせお前達と違って留年するんだ」

「留年するのは辛いよ」

 と、栗田は静かに言った。

 経験者の説得力のある言葉に、周りは静まりかえった。

「じゃあどうすればいいんだよ?」

 栗田は原田、みちる、紗英の三人を見てから、北山に言った。

「帰りにバニラカフェに寄ってみるといいよ」

「バニラカフェって? よくわからないが、頭のいい栗田さんの言葉に従うよ」

 落ち着きを取り戻した北山の様子に、クラス中は一安心した。

「北山君……」「北山」

 北山は、迷惑をかけたクラスの仲間に謝罪をした。

「みんな。ごめん。今やっと自分が裸の王様だったってわかったよ。これからはみんなと仲良くするから。それと、先生。これまでのこと許してください」

「いいのよ。北山君。先生だって反省しないといけないわ。これからはみんなのためになる授業を心がけます」

「先生…」

 北山は手で涙を拭った。

「北山」「北山君」

 クラスの仲間は、彼のもとに押し寄せた。

「おい。押すなよ。つぶれちまうよ」

 それが何故か胴上げにつながっていた。

「危ないから、止めてくれ。おい、落ちるだろう」

 


「いいのか。本当は俺の方がおごらなきゃいけないのに」

 相原は、CDレンタルショップのレジカウンターに、マッドと二人でDVDやCDを持てるだけ持って行った。料金はマッド持ちだ。

「気にするなよ。その代わり、アリの見舞にでも行ってやってくれ」

「有田がどうかしたのか?」

「アイは、あいつらと付き合い薄いからな。まあ、ニットにでも聞くんだな」

「何があったか教えてくれ」

「お客様。消費税込みで九千六百二十三円になります」

「はい。一万円。つりはおねえちゃん、とっといて」

といって、マッドが札を渡すので、店員は困惑した。

「困ります。お客様」

「行こう。アイ」

「お客様。すいません」

 店員がレジから離れ、二人の後についてくるので、相手の困っているのを理解した相原が、おつりを受け取った。

「アイ。つりはとっとけ」

 相原は、マッドの手に釣り銭を握らせた。

「ああ。それより有田のこと教えてくれよ」

「俺の口から言うことじゃない。ホワイト出て行った人間からじゃなくて、ニット達に聞くんだな」

「何か深刻そうだな」


 相原と別れたマッドは、ブラックファルコンのメンバーが待つ空き倉庫に行き、そこで今後の作戦の詳細を話し合った。

「作戦名『裸の王様』」

 と、マッドは格好をつけていった。

「何、それ? 塩川のこと」

「勘がいいなあ。後はエンドーだけだけど、あいつはちょっとやっかいだからな」

「あの二人、幼なじみだからな」

「そこで、俺の考えた作戦プランは……」

「そりゃいい。笑えるぜ。裸の王様最高」

 ブラックファルコン一味は、高笑いをした。

 

「新しいメンバーだ。仲良くしてやってくれ」

 北山は、バニラカフェのメニューを見ながら、栗田の紹介に合わせて、古参の三人に頭を下げたが、悔しそうだった。

 紗英は、北山の参加を好ましく思っていない。

「一人増えるとやりづらい」

「そう言わないで仲良くやろうよ」

 と、北山はいった。

 栗田と親睦を深めることを期待しているみちるも、一人余計なのが増えることを反対していた。

「だって馬鹿なんだもの。こんなの入れたら栗田さんの負担が増えるでしょう」

「馬鹿っていうなよ。お前だってこの間まで俺といい勝負だったろ」

 北山はみちるに反論した。

「あんたなんかと一緒にしないでよ」

「おう、今は馬鹿ですよ。でもてめえらガキどもなんか、すぐ抜かしてやるからな」

「先生に逆らっちゃいけないよ」

 栗田は北山を抑えた。

「先生?」

 北山は質問した。

「それでは三人の先生方。この出来の悪い生徒の補習頼みましたよ」

 そう言って栗田は、隣のテーブルで、携帯ゲーム機を使い出した。

「何言っているの。栗田さん。私たちにこの馬鹿押しつける気?」

 紗英は、ゲームに集中する栗田にあきれた。

 三人は、栗田のしようとすることが理解できなかった。

「彼に教えていくうちに、自分たちの理解力も高まるから、嫌がらずに丁寧に教えてあげてくれないか」

 ゲーム画面から視線を離さず、栗田はそういった。

「何かずるい」

 みちるは不満気だ。


 原田は、栗田の言うとおり北山に教え始めた。だが相手の理解力は想像以上に悪い。

「そうじゃなくて。これ単純なかけ算だけど。え~。困ったな。みちるの方が教えるの上手だから、代わってくれない?」

「いやだ。紗英に頼んでよ」

 みちるは、参考書から目を離さない。

「私もいや」

 紗英も嫌がる。

 北山は、自分が迷惑をかけていることを知り、態度を改め真剣に取り組みだした。彼女達も、そんな北山の姿を見て、次第に力を入れていくのだった。


「はい。コールドビーフのバニラビーンズ添え。しかし栗田君、暇そうだね」

「そんなことないですよ。耳は動かしてますから」

 ゲーム機から目を離さない栗田は、生徒達の会話をしっかりと聞いていたのだ。

「さすがだね」

 マスターは、常連客がまた一人増えて上機嫌だった。

 

 玄関口に立つその主婦は、自宅に突然押し掛けた中年男に戸惑っていた。

「刑事さんでもない人に話すんですか?」

 そこで、長迫は、自分が教育関係者であることと、自分の学校の生徒が事件に巻きこまれて大変辛い思いをしていることを訴えた。

「お願いします。生徒の一生がかかっているんです」

 主婦は簡単に納得した。

「そうねえ。私と吉田さんは、緑川さんのお宅によくお邪魔するんです。別に大した用事じゃございません。ちょっとしたホームパーティ程度のものと思ってください。私と吉田さんは、いつも公園の側の道を通りますよ。だって近道ですから。でもあれ以来、公園には近付きたくないじゃないですか。だってお亡くなりになられたんでしょう? その方」

「この人物に間違いはないでしょうか?」

 長迫は、相原から手に入れた金田辰也の写真を、証人の主婦に見せた。

「あら、本当の刑事さんみたいね。私もなんだか乗ってきたわ。そう、間違いないです。だってこの人良くそこら辺で見かけたりしましたから。若い人達使ってよくないことしてたんじゃないですか」

 主婦の言葉を聞いて、長迫は仕方なく頷いた。だが自分の目的は、事実を明らかにすることだ。

「そうですか。金田辰也本人に間違いはないと。

 それで彼を公園の側で見かけられた時刻ですけど、二時半頃とお聞きしたんですけど、もう少し正確な時間わかりませんかね。ご無理言って申し訳ないですけど」

「いいのよ。困っている生徒さんのためだから。緑川さんちのパーティが三時から始まりますので、それに合わせて大体いつも同じ時間に行くんですけど」


 長迫自身も、当日のことを思い起こした。その日は午後の授業に加え、会議もあって急がしく、生徒一人一人の行動など、注意しているわけがなかった。

 主婦はさらに続ける。

「緑川さんちに着いたのが三時十五分前。よく欧米なんかだとゲストは遅めに行くのがエチケットらしいけど、ここは日本ですものね。遅れるのは失礼ですよね」

「はい。その十五分前というのは、ご自身の腕時計で確認されたんですね」

「それもあるけど、緑川さんの家の壁時計でも見たわよ。緑川さんが、いつもきっかり十五分前に着くんですねとかおっしゃるから、壁の時計と私の時計両方見ました。どちらの時計も正確だと思うんですけど」

「当然、時間は確認されていると思いますけど、こちらのご自宅を出られたのは何時でしたか?」

「私がうちを出たのは二時十分くらいです。吉田さんのところへ寄ってから行きますので。公園を通るのは大体二時半くらいですね」

 主婦の言葉に嘘がないとすると、彼女ともう一人が、生きている金田辰也を見たのは二時半頃となり、六時限目の授業に参加した生徒による犯行は、不可能ということになる。そしてこの主婦が、嘘をつく理由もない。


 長迫は、主婦宅を出ると、市販の地図のコピー資料を見て、吉田宅経由で緑川宅まで、公園ルートを時間を計りながら歩いた。

 五十代の女性二人が話しながら歩く速度を想定し、ゆっくりと進んだ。

吉田というもう一人の主婦宅前に来た。

 当然ここで一、二分つぶしたと思われる。そこまでシュミレートして公園へ。

 時計を見た。さらに目的地緑川宅へ。

 結果は、彼女の言う通り公園までは二十分、そこから緑川宅に着くのはさらに十五分かかった。

 話に嘘はないようだ。地図上の距離もそれを裏付けている。一、二分のズレはあるだろうがやはり二人の主婦の証言は正しいと思われる。

 それにもし、あの主婦のいうことが間違っていても、公園近くの通報者が悲鳴を聞いたのは三時六分頃。

 六時限目の授業は、二時半から三時二十分。

 弟の辰也の殺害には、原田が凶行に及ぶことは不可能だ。それでも長迫は、兄久弥の事件は彼女が直接手を下したと確信していたためこう思った。

 ……同じ公園、被害者は兄弟、どちらも刺殺、弟の死は兄の事件と密接なつながりがある。原田があのときあの公園にいなければ、兄弟どちらも死なずにすんだはずだ……。

 

 翌日の帰り、ニット帽を被った男が原田達の後をスクーターで尾けていることが、栗田は気になった。

 しかし、ニットは以前の様に原田達に絡もうとせず、彼女達の護衛に当たっているかのようだ。

「いつものハーフはどうした?」

 栗田はニットに声をかけた。

「マッドのこと? あいつとはもう関係ねえよ」

「彼女達にまだ何か用か? 原田は今度の事件には関係ない」

「俺だって塩川さんに頼まれたから、こうしてボディガードに当たってるんだ」

「塩川に頼まれた? お前達が彼女に絡むから、塩川もボディガード気取ってたんじゃないのか」

「俺は事件のことには興味ない。マッドが辰也さんに頼まれてただけだ。でも辰也さん亡くなって、もう原田って子には用がないって」

「それなら塩川は、誰から彼女を守ろうとしているんだ?」

「俺もわからないけど、エンドーじゃないかな」

 栗田は、ニット帽が事件の真犯人と答えると思ったが、予想外の答えだった。

「エンドー?」

「俺たちの仲間だけど、もう最近会ってねえな。辰也さん死んでみんなばらばらになっちゃったからな。遠藤っていうのは、塩川さんの昔からの仲間だけど、どうも原田っていう子に気があるらしい。でも塩川さんの手前そうは言えなかったけど、みんなばらばらになって、余計な気使う必要なくなったから、もう彼女のこと強引にでも手に入れようとしてるみたいらしい」

「エンドー?」

 栗田は、原田に絡んでいた不良達の顔を思い浮かべたが、エンドーという人物は思いだせなかった。

「あんたも、もう塩川さんのこと信用しないほうがいいぞ。エンドーに先を越されるまえに、強引に彼女に手をだすかもしれないからな」

 相手の魂胆を見抜き、栗田はくつい口調で、

「お前もその仲間ならさっさと失せろ」

「そんなこと言っていいのか。エンドーが来たらあんた一人じゃどうにもならないぞ。塩川さんも内心恐れているくらいだからな」

 そう言って、ニット帽はスクーターで去って行った。賢い栗田は、相手の計略にかからなかった。

「僕を自分の側に巻きこもうと、下手な芝居してもすぐにばれるな。僕の口からエンドーに注意しろと、塩川に忠告させる作戦なんだろう。あいつらも仲間同士裏切ったりくっついたりして、大変なんだな」


 栗田はニットの言ったことは忘れ、原田達の後からバニラカフェに入っていった。

 いつものテーブルに着くと、みちるが、

「そういえば、今日北山君いないね」といった。

 みちるの言葉に紗英も反応した。

「もう勉強嫌になったんじゃないの。老け面のくせにだらしない奴」

「老け面だから、もう少し根性あると思ったのにね」

「きっと顔と一緒で、脳みそも老けてるから、頭に入らなくて嫌になったんだ」

「あれでも一応、私たちと同級生じゃないの」

「全然そうはみえないけどね」

 みちると紗英は笑いながら話した。

 そこへコーヒーを運んで来たマスターは、

「北山君も確かに高校生に見えないけど、君達だって小学生に間違えられるだろう」

 と、不躾なことをいった。

「失礼ね。みちるはともかく私のどこがどう小学生に見えるの」

 紗英の言葉に大人しい原田も笑った。

 栗田は、顔の上に開いたコミック本を乗せたまま動かない。


 その時だった。入り口のドアが開いて、不審な男が乱入してきたのは。

「大人しくしろ」

 白い目出し帽で顔を覆った中肉中背の男が、銃を紗英達の方に向けたまま、近付いてくる。

「きゃあ」

 三人は身をすくめた。

 マスターの咄嗟の機転でブレーカーが落ち、暗闇が店内を覆った。

「おい、明かりを点けろ」

 男がそう言うと、クリーム色の薄明かりが室内を照らした。

 原田はテーブルの上にバースディケーキを発見した。

「ハッピーバースディ、トゥーユー。ハッピーバースディ、トゥーユー。ハッピーバースディ、ディアヒツジコ。ハッピーバーッスディ、トゥーユー」

 店内の明かりが復旧し、侵入してきた男は変装を解いた。北山はバースディソングを歌い終わると、怒り出した。

「てめえら、老け面とか打ち合わせにないこと言ってんじゃねえ。クソガキが」

「老け面だから老け面って言ったまでよ」

 栗田は、相変わらずコミックで顔を覆っていた。

 それでも原田が彼のことを見つめていると、コミックがずり落ち、顔を少し彼女の方に向けて、

「誕生日おめでとう」といった。

「栗田さん。ありがとう」

 と、原田は小声でいった。


 三人が相変わらず口げんかをしていると、マスターがスペシャル料理を運んできた。だが、彼の持てる技量を出し切った渾身の料理に、常連客は誰も関心を寄せなかった。

「何あの下手くそな芝居。あれでも強盗のつもり。別の人に頼めばよかった」

「お前らが、俺の悪口言ったからああなったんだろう。待ってる間、腹立ってしょうがなかった。この銃が本物でなくてよかったな」

「本物だったらどうなのよ」

「頭打ち抜かれて、お前らもう勉強しなくて済んだんだがな。アッハハ」

「それが人に勉強教えてもらう態度なの?」

「いいよ。お前らなんかに教えてもらわなくても。栗田先生とひつじ子ちゃんがいるから。あれ、ひつじ子ちゃん?」

 原田は涙を拭っていた。

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