第12話 連続ドラマ「バニラカフェ」 第七話「恋愛三重奏」

 翌月になっても、紗英とみちるの成績が高いままだったのは、貴子にとって不思議だった。

 どういった勉強の仕方で成績を上げているのか、教育者として興味があり、彼女達にそれとなく聞いてみたのだが、何もありませんという答えが返ってくるだけだった。


 そんなある日、彼女達が帰りに喫茶店に寄って、数時間過ごしているという噂を耳にした。女子生徒の帰りが遅くなるのは、担任として見過ごせない。そこで貴子は、変装して後を尾けてみることにした。


 サングラスにマスク、鍔付き帽にジャンパーの姿は、誰がみても怪しかったが、原田達三人は、栗田の他に自分達を尾行している人間がいるとは思わなかった。

 いつも彼女達と距離を取って歩く栗田も、自分と同じ行動をとっている人間の存在には気付いていない。変装している貴子の方も、栗田の存在には気付いているものの、彼が原田達の後を尾けているとは思っていなかった。


 彼女達は、噂どおり喫茶店に入った。

 貴子のすぐ前を行く栗田も、同じように入った。だが、その時点ではそれも偶然だろうと思っていた。

 怪しい風体の女が、店の前でうろうろしているのもまずいと思い、彼女は何事もなかったかのように、バニラカフェのドアを開けた。


 原田達三人は、教科書や参考書をテーブルに広げて勉強している。

 すぐ隣のテーブルには、栗田がコーヒーを飲みながら、数学の参考書を黙読している。あの優秀な栗田君もまだ努力しなければいけないのねと、貴子は思った。


 栗田は参考書を開いたまま、みちるに話しかけている。二人が話しているにもかかわらず、紗英は栗田に英語の訳がこれでいいかと質問している。彼は、同時に二人を相手していた。


「ご注文は?」

 店主が貴子の席に来た。

「ホットで」

 貴子は、普段と違う声で答えた。

 店内では、マスクを着けたままではまずい。口元を露わにした貴子が、新聞を読む振りをしながら、彼らの様子を観察していると、三人の中で一番小柄な紗英が、思いがけないことをした。

 栗田が英文を朗読している口の動きを、すぐ近くで立ちながら観察しているかと思ったら、足をつまずいて栗田の方に倒れかかった。その時唇が触れ合ったのが、貴子にもはっきり見えた。


「ごめんなさい。足がすべって……」

 紗英が言い訳すると、みちるは、

「今のわざとでしょう」と紗英に噛みついた。

「違うわ。わざとじゃない」

 と、紗英は泣きそうな顔で言った。

 栗田は困った表情で、

「いや、いいんだ。気にしなくて。先を続けよう」

 といって、その場を治めようとした。

 ところがみちるは治まらない。

「私が、栗田さんのこと好きって知っていながら……」

 みちるは参考書を鞄に入れると、そのまま店を走って出ていってしまった。

 原田は呆然としている。泣きながら紗英は、みちるを追いかけ出ていった。

 原田が二人のことが気になって立ち上がると、栗田は、

「勉強を続けよう」と冷静に言った。

 彼女は「はい」と従った。


 二人がそのまま学習を続けていると、紗英とみちるは仲直りをして戻ってきた。

 そして、何事も無かったかのように、三人それぞれ違う科目を勉強して、栗田は質問に答えるというやり方の学習法が七時まで続いた。

 それから三人は、栗田のおごりで好みのケーキなどを頼み、栗田は店で出せる一番高い料理をオーダーした。その間、貴子はコーヒーを五杯もお代わりした。


 原田達が、ごちそうさまと言って食事中の栗田を残して店を出ていくと、貴子もすぐ後に続いた。

 すでに日は暮れていた。不良達が出没する事もよくあると言う。


 貴子が三人の後ろを歩いていると、スクーターに乗った、短髪を染めた巨漢が原田達に近付いてくる。貴子は警戒したが、彼女達はおしゃべりを続けている。スクーターの青年は低速で、彼女達のすぐ後ろを行く。

 これではさっきの栗田と同じようだ。紗英やみちるが抜けて、原田だけになってもスクーターは付いてきている。

 原田は家に入る前、スクーター青年に振り向くと、軽く頭を下げた。スクーター青年は何も言わず、それから急速でどこかへ走り去った。

 貴子が事の次第を整理しようと、その場で考えに耽っていると、

「ちょっといいかな」

 と、警官に呼び止められた。 

 

 帰宅してからも自室で勉強する原田は、バニラカフェでの出来事を思い出していた。


 あの二人も栗田さんを好きだなんて……どうしてあんなにもてるのかしら……なのに私のために二回も留年させてしまって……あの太った人、今日も私の後をついてきた……。

 彼女が、通学時に栗田が近くにいることに気付いたのは、あの事件の直後からだった。家の方角が違う彼が自分と同じ道を歩いて行くのを最初は怪しんだが、あるとき彼女が金田辰也に絡まれたとき、栗田がその場を治めてくれた。


 私を守ってくれた。


 あれから栗田自身は、ズル休みや遅刻早退を繰り返したが、そんなときも彼女の傍にいた。

 ある時はスポーツサイクリングに乗って。ヘルメットを被りゴーグルをかけているので最初は誰かわからなかったけど、何度も自分のいるところを通り過ぎるので、彼だとわかった。

 自動車免許を取ってからは、買ったばかりの新車に乗って。彼女に合わせて徐行するので、後続の車にクラクションを鳴らされたりしてた。

 彼女に気付かれる場面も何度かあった。そんな時彼は決まって言うのだった。

「やあ、奇遇だね」

 偶然のはずがなかった。

 あの太った人も不良達の仲間だけれど、いつも私をかばってくれる。栗田さんに頼まれているからなのね。


 彼女は気持ちを切り換えて、学習に集中しようとした。もし自分が留年することにでもなったら、栗田をまた一年留年させてしまう。

 実際には彼女の成績では、よほどのことが無い限り留年する心配はなかった。でも、受験に失敗し、自宅から予備校に通うことにでもなったら、栗田はどうするのだろうか? 

 いずれにせよ私は、この街を離れなければいけない。あの忌まわしい事件の記憶が残るこの街を。

 


 塩川と遠藤は、トクジが姿を消したことについて話し合っていた。

「あいつ、母親と二人暮らしだろう。それが書き置き一つでいなくなるなんて、いくら何でもおかしいよな」

 塩川の言葉に対し遠藤は、

「やっぱりアリを怪我させたんで、この街にいづらくなったんだ。母親に友達を骨折させたなんて言えないんだろう。だから、黙っていなくなるしかなかったんだ」

 と、トクジの行動に理解を示した。

「本当にあいつがアリをやったのか? 理由は何だ」

「俺だって信じられない。アリだって信じられないって、病院には階段から落ちたって言ってるし」

「マッドが原因かな?」

 塩川が独り言のように聞いた。

「かもな」

 遠藤も、同じことを考えているようだ。

「どこ行ったか心当たりあるか?」

「さあな。でもあいつが行くところったって、この近くのどこかだろう。心配しなくていいんじゃないか」

「もし、本当に自分から姿を消したならな」

「それ、どういう意味? まさか」

 遠藤の顔から血の気が引いた。

「いや、たぶん、俺の考えすぎだと思う」


 当のトクジはその頃、県庁のあるS市の繁華街を放浪していた。ろくにモノも食べていなく、気力体力とも限界に近かった。眼前のネオンや客引きのしつこさも、今の彼の精神状態の前では色褪せて現実のこととは思えない。

「トクジ、お前、塩川に殺されるかもしれないぞ」

 足を折られた有田の言葉は、かなりの説得力があった。

「何で? リーダーがそんなことするんだよ」

「俺だって信じられねえよ。でも現にこうして足やられちゃったし、あの体重だろ。本気だしてこられると、一対一じゃまず勝ち目ねえよ」

 有田は当惑するトクジに、一時的に街を離れることを提案した。

「お前、仕事してないから、どこ行ったっていいだろ。あいつに何がおこったか、俺だってわからねえよ。でも、マッド達だって抜けないとやばいって思ったことは確かだ」

「でも、もし見つかりでもしたら」

「この近くじゃなくて、もっと都会に出ないと。そしたらあいつだって探せないさ。しばらく経てば、あいつも警察に捕まっておしまいだ。それまで姿を隠してろ」

「アリはその足の事、警察に言ったのか」

「そんなことしたら後で何されるかわからない。悪いが誰か殺されでもしないと、終わらないだろうな。俺はトクジに犠牲になってもらいたくないから、こうして忠告してやってんだろ」

 トクジは、有田の友情に感謝した。

「わかった。この街で生き延びるにはマッド達の仲間になるしかないけど、俺どうもあいつらは好かない。しばらくはどこか大きい街に行くよ」


 彼が回想に耽って歩道を彷徨っていると、前方から危険な連中が話しながら歩いてくる。そのうちの一人の肩が、トクジにぶつかった。

「おい、どこ見て歩いてんだよ」

 と、相手は顔をトクジに近づけて言った。

「はあ」

 朦朧としているトクジは、何が起きたか理解できなかった。

「お前だよ。そっちから人にぶつかっといて何だその態度は」

 トクジが無言でいると、隣にいた派手なスーツを着た男が、トクジとぶつかった男に言った。

「こいつ、事務所連れて行くか?」

「おう、そうだな。自分が何をしたかわかってもらわねえとな」


 

「それが不思議なことに、金田久弥、最初に殺害された兄の方ですが、彼が不法に金を貸し付けた債務者の情報がどこを探しても無く、弟の辰也もそのデータを必死になって探していたようです。

 それはただ単に兄の仇を討ちたいというだけでなく、貸し付けた金を回収する目的もあったと私は睨んでいます。これまで我々は関係者をあたってきましたが、それでも数名の債務者しか確認できませんでした。金額も少ないことから、それが全てではなかったはずです。今後は何としてもその債務者リストを探してみせます」

 森野は上司にそう報告したものの、債務者情報の行方は依然として不明だった。

 金田久弥を殺害した人物は、自分を特定する証拠であるデータを消し去った可能性が高い。ひょっとしたら弟の辰也も、何らかの方法で債務者の情報を知り得たのかもしれない。それで彼も兄と同じ運命を辿る結果に。


 闇金融業者が殺害された理由として、金銭トラブルを疑うのは至極当然のことだ。

 ところが、知り合いの教員長迫は、自校の生徒を本気で疑ってるようだ。知人を待ち合わせていた公園で襲われそうになって、抵抗した時に誤って殺してしまった。

 こんな偶然説に頼るとは、やはり教員生活を続けていて、事件の本質が見えなくなっているのだろう。それでも、彼が事件の情報を森野に求めてくると、現在は部外者の彼に少しだけ話してしまう。


「あれからお前に言われて、当日の記録を調べてみたよ」

「それでどうなんだ?」

「そんなにあせらなくても話すから」

「うん。すまん」

「錦城公園の隣の者です。公園で男性の悲鳴が聞こえた。最近この公園騒がしいけど、不安なので念のため見に来て欲しい。時刻は午後三時六分」

「そうか」

 電話の向こうの長迫は、何か考え込んでいる様子だ。

「これで生徒の疑いも晴れただろう。最初の事件なら偶発的に起こったと考えられなくもないが、二度目はそうはいかんからな」

「ありがとう。森野。またそのうち何かおごるよ」

 電話を切った後、森野はまだ長迫に話していない事実を思い起こした。最初の事件の被害者金田久弥の腹部は、下側から斜め上に向かって刺されていた。相手が土管の中から狙ったのなら話は合う。

 

「最近、帰るの遅くなったのは原田さんが原因?」

 白石は、栗田が原田の通学に付き添っていることは知っていたが、途中の喫茶店で受験勉強の指導までしていることは知らなかった。

「白石には関係ないだろう」

 栗田の冷たい言い方には慣れていたものの、同棲している自分に関係ないなどと言われて、彼女はかっとなった。

「そんなこと言うなら原田さんと暮らせばいいじゃない」

「原田は今受験でそれどころじゃない」

「京平だって今度受験でしょう。人の心配をしてる場合? もう二年も遅れたのに」

「おおきなお世話だ」

「おおきなお世話って? あなたの世話してるの私じゃない」

「誰もそんなこと頼んでないよ」

「もういい。出ていく」

 これまで何度もこの言葉を繰り返してきた。

「好きにすれば」

いつも彼の返事は素っ気ない。

 彼女は言葉通り出ていった。

 普段はしばらくしてから、白石が何事も無かったかのように戻るのだが、今回栗田に思い知らせるために、あえて帰るのを控え、実家に戻ることにした。

 それで、栗田の気持ちを確かめることができる。でも、もしそのまま離れたままで終わったら。


 みちるは、バニラカフェから帰宅する途中で紗英を誘って、栗田のマンションに向かった。白石が出ていった直後、二人は到着した。

 ドアを開けた栗田は、二人の行動に驚いた。

「はい。あれ、どうしたの?」  

「ひつじ子と違って私たち馬鹿だから、もっと勉強しようと思って」

 みちるがいった。

「もう遅いだろう。ご家族も心配するよ」

「私の家には、ひつじ子のところで勉強してくるって連絡しました。最近成績上がってるからがんばってこいよって言われて」

 紗英がいった。

「まあ、こんなところに立ってないで、中に入ってもらおうか」

 二人が入った栗田のマンションは、一人で暮らすには充分過ぎるほど広く、男の部屋の割にこぎれいに片づいていた。

「勉強つき合ってやってもいいけど、時々掃除してくれないかな」

 栗田の要望を二人は受け入れた。その代わり二人の帰宅は、彼が車で送っていくことになった。


 紗英が自宅の玄関に入ったのを確認した栗田は、口うるさい白石がいないことをいいことに、気分転換のため、県庁のあるS市に出かけることにした。

 S市に入ると彼は、レアなタイトルを上映し続けて根強くファンに支えられている映画館に向かった。途中、信号待ちをしていると、脇の歩道にその筋とわかる四人組が一人の若者を囲んでいる。

 若者は怯えているようだ。

 栗田は車のハードトップを格納するよう操作した。二十秒ほどでオープンカーに変わる。その光景が珍しいのか男達が注目した。

「何だ、こいつ」

 一人がむっとして言った。

「あっ」

 若者は声をもらした。

「お前、知り合いなのか」

「いいえ」

 トクジは、栗田を巻き添えにしたくなかった。

 信号が青に変わると、後ろの車がクラクションを鳴らした。

「うるさいんじゃい」

 一人がその車に怒鳴ると、後続の車達はルノーの横から通り過ぎていく。男達が後続の車に気を取られている間に、栗田はトクジの手を掴んで引っ張り、後部座席に乗せようとした。

 トクジは首を振って、

「栗田、俺に構うな」

 と抵抗したが、トクジの上半身は車の中に入った。

 栗田は、アクセルを入れ車を動かした。

 トクジは、車外の足を宙に浮かせ、両手で車内に入れた上半身を支え、バランスを取っていたが、

「おい、待て」

 と、男達はすんでの所でトクジの脚を捕まえ、無理矢理引きずり降ろした。

 結局、車だけその場を去っていった。

 栗田は、市営駐車場に車を停めると、映画館に入った。素晴らしい出来だったので、トクジのことなど頭から消えていた。

 

 昨夜、警官に事情聴取され貴子は、朝から疲れ気味で機嫌が悪い。

「学校の先生がそんな格好で何してんですか?」

「いえ、これには深い事情が」

「こんなところで話していても埒が明かない。そこの交番まで行って詳しくお話ししましょう」

 いかにも怪しい格好で交番にいるのは、自分でも情けなかった。

「免許証とか身分を証明できるもの持ってる?」

「はい」

 自動車免許証を見せた。

「おたく、普段からそんなコンビニ強盗みたいな格好でいるわけ?」

 コンビニ強盗といわれて、かっとなりそうになったが、そのように見えるのだろう。

「いいえ、これには事情があるんです」

「その事情とやら説明してもらいましょう」

 成績が急上昇した生徒を尾行して、その原因を調べようとした。信用してもらえるだろうか。彼女は思いきって正直に話した。

「そんなことしなくても、その生徒に直接聞いたらいいでしょう」

「それはそうですけど……」

 言葉に詰まった。


「先生、ぼうっとしてないで早く出席取ってください。僕たち受験生には時間が全てなんです」

 また北山だった。

「あ、ごめんなさい。それでは出席を取ります。相沢君、井川君、江川君、加藤君、北山君は聞く必要ないか。栗田君。栗田君? いない。最近来るようになってたのにね。児玉君」

 そのとき、栗田が教室に入って来た。何もいわずにそのまま席に着き、両腕を机に乗せ頭を伏せた。

 最近、彼に理解を示すようになってきた貴子も、これには我慢がならなかった。

「栗田君。学校は寝るところじゃないわよ」

「……」

「栗田君。起きなさい」

 貴子は、栗田の席に近付いた。

「先生。栗田さんもいろいろあって大変でしょうから、ここは大目に見てあげませんか」と、バスケ部の津村がいった。

「津村君は栗田君と仲がいいのね。バスケ部の先輩だから?」

「それとは関係ないです。僕はただ、誰だって人にいえない事情というものがあるから、それを理解してあげることも必要だと思っただけです」

「人に言えない事情って、あなたにも人に話せない秘密があるの?」

「僕はただ一般論を言っただけです」

「もうあなたと議論している時間はないわ」

 そこへ栗田が、眠たげな顔を上げた。

「眠ってしまいました。すいません」

「眠ってしまいましたって、あなた、他に言うことはないの? 今まで休みが多かったこととか、眠った理由とか」

「眠かったからです」

「この間休んだのは?」

「風邪を引いていました」

「風邪? ここ二年間、風邪で休んでばかり。そんなにひどい風邪なら入院でもした方がいいわよ」

「今度からそうします」

 生徒の間に笑い声が漏れる。

「いいわ。あなたがそのつもりなら、私にも考えがあるから」

 栗田、鼻で笑う。

「何がおかしいの?」

「先生、この間と同じような展開の会話繰り返さないでください。早く授業を始めましょう」

 貴子を注意するのは、いつも北山だった。

 


 城西高に赴任して間もなく、長迫は近くに立派な家を新築した。それで学校へは徒歩通いだ。

 その日の帰りも公園へ向かうが、隣の神社の敷地を抜けて境内の裏へ回った。

 雑草や灌木が生い茂っているが、ちょうど土管遊具の裏辺りが獣道のように空いている。以前、ここから公園に出入りする悪ガキどもの通路だったが、神社からの苦情で池垣が作られた。彼はその池垣越しに、土管の陰にしゃがみ込んで西側入口を見張る昔の教え子の背中に話しかけた。


「相原。ご苦労さん」

「あっ、どうも」

「今日はどうだった?」

 長迫は財布を取りだした。

「それらしい二人組は通らなかったです」

 結果は出なかったが、彼は池垣越しに相原に労賃を支払った。

「先生、こんなこといつまでやったって、二人組の主婦なんて見つかりっこないですよ。俺だってこんなところでこそこそ隠れて見張ってるのはイヤになってきますよ。昼真から一人でこんなところにいるの見られたら、俺が怪しまれて容疑者にされるかもしれないし」

「相原には悪いと思っている。でも殺された金田という人、お前も世話になったんだろう? だったらお前だって事件の真相を知りたいはずだ」

「そりゃ、辰也さんにはお世話になってましたけど。でももう辰也さん死んだら、みんなバラバラになっちゃって。俺も馬鹿やってないで、そろそろまともに働こうかと思ってますよ」

「それは偉いよ。でもその前にこれも人助けと思って協力してくれ。お前みたいにぶらぶらしてる奴他に知らないからな」

「城西みたいな進学校入って不良の仲間になったのは、どうせ俺ぐらいでしょうよ。結局留年決まって辞めちゃったけど」

「栗田はお前の同期だろう。あいつ二年も留年してまだ残ってがんばってるぞ」

「あいつと俺とは頭の出来が違うから」


 長迫はその時、砂場の片隅に花束が置いてあるのに気付いた。辰也の死を悼んでのことだろう。

「あんなもの、公共の場所に置いてたら、怖がって誰も近付かないだろうに……まてよ、俺たちが探してる主婦達だって、自分達が最期の姿を見た人物が死んでいた公園の側を通るのは避けるんじゃないかな」

「先生、何独りごと言ってるんですか」

「おい、相原。今度から一つ向こうの大通りで張ってくれないか」

「いいですけど。それが何か」

「相変わらず理解力の無い奴だな」

「だからこうして小遣い稼ぎしてるんでしょうが」

「そのバイトももう終わるかも知れないぞ」

「へえ、どうして?」

「ようやく二人の主婦が見つかるかもしれないからだよ。その後でお前も就職するなりして、しっかり働けばいい」

 相原には、長迫の言っている意味がわからなかった。

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