第8話 私にクイズ番組?

 翌日の撮影現場は、いつもと様子が違った。


 教室セットの後ろにでんと置かれた折り畳みテーブルは、問題が片づくまで撮影を始める意志の無いことを物語っている。

 プロデューサー、監督、脚本家が並び座り、その向かいに中井まどか、マネージャー、中井の所属事務所の社長と思われる男性が頭を深く下げながら立っていた。


 若林は、目を閉じたままうなだれている。

 久津川も、赤く腫れた目を開いてはいたが、うつろで生気に欠けていた。一晩中赤松の話につき合わされて、疲労困憊といったところだ。その場にいても何をしていいかわからない他のスタッフやタレント、付き人達も、その様子を固唾をのんで見守る他はなかった。


「申し訳ございません。本当に申し訳ございません。本人も深く反省しておりますので、どうかご容赦ください」


 社長が声を震わせて謝罪を繰り返すと、プロデューサーの赤松がいつもの口調で話をする。


「別に僕たちは怒ってはいないんだよ。ただ、ここにいる三人は対応を協議するため、昨日から寝ていないんだ。人間寝ないとどうなるか? 

 そう、眠くなるんだ。大抵の場合それで眠ってしまうんだけど、今回の場合はことがことだけにね。それで徹夜で対応策を話し合った結果、意見が分かれてね。監督の若林君はできるだけ穏便にということで、事を荒立てず、このまま平然と構えていようと言うんだ。選択枝の一つとしてはそれもありだと思うけど、この情報社会において、森羅万象これ全て我が意中に在りなんて決め込むのはどうかと思うよ。

 監督にその事を説明してもなかなか理解を得られず、今度は脚本家の久津川君の意見を聞くことにした。そしたら、彼こう言うんだ。犯人がばれてしまったのは仕方がありません。こうなったら作品のテーマを原田羊子のアリバイ崩しに重点を置く構成にしてはどうでしょうか。フーダニット、誰が行ったかではなく、ハウダニット、どのように行ったかにテーマを切り換えるんだと」


「申し訳ございませんでした」

 赤松にしてはかなりまともに話したのだが、恐縮しきっている社長は赤松の意図を理解できず、謝罪を繰り返した。

「おっしゃることはごもっともです。全てこちらのミスであります。本人ともども深く反省しております」


 中井まどかが、

「社長、プロデューサーもああおっしゃってくれてますので、ここはご厚意に甘えましょう」と言ったので、

「えっ、お許しいただけたのか?」

 と、社長はまどかに聞いた。

 代わりに久津川が、無表情のまま「そうです」と覇気の無い声で答えた。


 さらに久津川は、嫌みっぽく解説した。

「赤松プロデューサーは、事態がこうなったので、作品の方向性を変えることで前向きに対処しようと言っていて、つまりその、もう犯人が誰だか知れ渡ってしまったから、犯人当てのスタイル、いわゆるフーダニットではなく、いかにしてそれがおこなわれたか、ハウダニット、この場合密室は使えないからアリバイ崩しでも持ってくるしかないけど。

 刑事コロンボなんかと同じで犯人わかってるけど、探偵がどうやって犯人を追い込むかが見物というアレ。こうやって口で言うのは簡単だけど、それ考えるの僕の仕事なんだからな。ただでさえ慣れないミステリで頭混乱してる時に、時間も限られてるし、これまで放送した分と整合性とらないといけないし」

 久津川の声がだんだん荒くなってきた。

「仕方ないから第二の事件、視聴者の二、三割が気付く簡単なアリバイ工作だったんだけど、もっと強力で誰にも崩せないアリバイトリックにしますよ」


 脚本家の言葉は、それを聞いた者たちを勇気づけた。眠っていたかと思われた若林も、目を開いた。

「それならかえって良くなるかもな。で、どんなトリック?」

 監督の質問に、脚本家は不満を爆発させた。

「それをこれから考えなくちゃいけないんじゃないですか!」

 その様子を見て、中井が「大変ですね」と人ごとの様に言ったのが、火に油を注いだ。

「大変って人ごとみたいに言うけど、君も大変だよ。探偵役との微妙な駆け引きや複雑な心理描写を演技で表現しなければいけない。ベテラン主役級の演技力が要るけど大丈夫なのか?」

 彼の問いに対し、彼女は「頑張ります」と淡々と答えた。


 そこからも長々とやりとりが続いたが、結論が出たと知って安心した出演者達の間では、クイズ番組の話題で持ちきりとなった。


「え? 純君、主役のくせに出ないの?」

「あの手の番組断ってるんだ。ボクの知性がもろに出てしまい、余計に世の男達の妬みを買うことになるからな」

「俺だったら喜んで出るけどな。そしたら三歳の娘もきっと喜んでくれるけどな。だけど、その他キャストが出られるわけないよな」 と森川。

「当然、まどかは出るでしょ。後、小林さんかな」

「でも、クイズで馬鹿な解答したら、イメージ崩れるから、ここは考えたほうがいいよね」

「美鈴ちゃん、司会の山嵐さんのサインもらってきて」

「私、出ない。代わりに紀美ちゃん出てよ」


 結局その日の撮影はなかった。その日だけでなく、脚本変更のため四日間も空白が空くことになった。

 その間、一部のメンバーのみ、翌々日の十一日のクイズ番組「Q&え~?」に出演することになった。なお、急遽決まったことなので、素人チームに混じってのものだった。


 番組のプロモーションとはいえ、この手の素人参加番組にプロが出演するのは異例のこと。優勝チームにはサイパン団体旅行。個人MVP賞には賞金三百万。参加賞は焼き肉食べ放題チケット。

 ヤラセはなく真剣勝負だが、通常は出演しない芸能人チームが賞金をもらうとなると、視聴者から苦情が来ることが予想されるので、バニラカフェチームには、

「そこのところはよく考えてください」と、事前に番組関係者から釘をさされていた。


 しかし早紀は、あれほど気になっていたクイズ番組のことなど頭から消えていた。四日間のスケジュール変更でサムが来日する十二日が丸一日空くからだ。


 そのことがわかると彼女は、早速、撮影所から忍に連絡を入れた。

「え~。そうなの。なんだ。私後から自慢してやろうと思ったのに」

「忍の意地悪。でも、一人で行くより二人の方が楽しいでしょう。あっ、二人じゃなく三人か」

「三人って。マネージャーさんも一緒?」

「う~うん。違うの。警備じゃなくて付き人の方」

「えっ、付き人さんまでいるんだ。スターは違うよね」

「それって嫌み? 芸能速報で名前も載ってなかったのに」

「何の話? それじゃあ、また後で連絡するね」

 

 翌々日の夕刻。早紀、林、酒井、小林、ニールセンの五名は、緊張した面持ちでJBCテレビのスタジオで、その時を待っていた。


 五秒前、四は抜かして三、二、一……クイズ、Qアンドえ~?


「客席の皆様、いつもありがとうございます。この『え~?』っていうかけ声のためだけにスタジオにお越し頂いて。と言うわけで、とっととおうちに帰ってください……だめだめ、本当に帰っちゃ。とりあえず最後までいれば、少しはギャラもらえるんだから。ご紹介遅れました。私司会の山嵐五郎です」


 ハリネズミを思わせる髪型がトレードマークの司会者は、脂ぎった色黒の顔に作り笑いを浮かべて番組をスタートさせた。続いて隣にいたかなり地味な女子アナウンサーも自己紹介した。

「JBCテレビ、アナウンス部入社二年目、吉田千春です」


 番組開始早々、山嵐は芸能人チームを紹介していく。

「冗談はさておき、今日は冗談みたいな顔ぶれのチームがいらっしゃいました。何と一流芸能人の五名の方が、番組の主旨もわきまえず、恥ずかしがるどころか威風堂々と、素人限定の当番組にお越し頂きました。

ご紹介申しあげます。バニラパフェチームのみなさんです」

客席から拍手が湧き起こるが、慣れない五人は固い表情のまま、笑顔を作っていた。


「あれ、反応がないね。バニラカフェでしょうとでも言って欲しかったけど。それにしてもニールセン君」

「はい? 僕ですか?」

「そう、君だよ。仮に万が一優勝しちゃったらどうする? プロの芸能人が素人番組で賞金かっさらっていったなんてことにでもなったら、視聴者の皆様方黙っちゃいないよ」

「それでもがんばります」

「がんばりますったってあんた。全問正解者には賞金二千万だよ。まだ番組が始まってから一度もないけど。あってもらっちゃこっちも困っちゃう。次回から制作費大幅カットだからね」

 ニールセンは笑顔のまま、返事ができなかった。


 次に司会者は、ベテラン俳優を見ると笑顔を浮かべた。

「小林さん」

「はい」

「昔、若い頃良く一緒に飲みに行ったものですね」

「はい」

「どうしたの。はいなんて固くなっちゃって。隣にこんな可愛い女の子がいるのに」

 早紀は、司会者の会話が次に自分に振られると思い緊張した。

「美鈴ちゃん、お仕事どうですか? 面白い?」

「はい」

「さてお隣は消防士チームの皆さんです。いつも大変ですね。火事があるとすぐに駆けつけないといけなくて。ぐっすり眠れることないでしょう? 実は私もぐっすり眠れないんですよ。この番組の視聴率が気になってね」


 出演チームの紹介が済んだ後、アシスタントを務める女子アナウンサーが、番組のルール説明を始めた。

 出場チームは四チーム。各チーム五名ずつ。前半はランダムバトルと言って、司会者に指名された解答者が答えるのだが、間違えると即退場しなくてはならない。各チーム一名ずつになるまで続くが、指名されなくて解答せずに勝ち残る場合もある。

 後半はジャンルダーツと言って、前半で残った者が順番に、自分で指定したジャンルの問題に答えるというものだ。不正解でも退場することはないが、正解二問分が減点される。どれか一つでもジャンルが最終問題までいった時点で終了。そのため例えば雑学ジャンルのみ指定し続けた場合、他のジャンルは出題されないことになる。


 前置きはそれだけで、早速、クイズが始まった。

「さて第一問 国家権力を司法権、立法権、行政権の三権に分けることを何と言う? はい。若松漁港チームの磯部さん」

「三権に分けること」

「残念。不正解。三権分立が正解。何か一言」

「かあちゃん。これから土産買って帰るからね」


「第二問 現在生息する有袋類の名前を一つ以上挙げよ。はい、ニールセン」

「オニヒトデ」

「残念不正解。カンガルーとかいろいろあるじゃないか。ここで何か一言ある?」

「フハハハハ。飛んで火にいる何とやら」

「早く帰りな。それにしても今日はやけに食いつきがいいな。はい第三問…」


 普段にくらべて不正解が多いが、番組は続く。


「それでは第十一問。林君。厚生労働省が管轄し、児童福祉法に規定される児童福祉施設を何と言う?」

「少年院」

「ブー。不正解。答えは保育所。保育園とも言うね。去り際にどうぞ一言」

「女の子泣かせるぐらいだったら、死んだ方がましだぜ」

「どうぞ勝手に死んでください。さあ、後残ってるのは…」


 こうして前半が終了した。バニラカフェチームは早紀が残った。クイズに正解したからではなく、他の四人が不正解続きのため指名される前にチーム内の最後の一人になったのがその理由だ。


「その前にコマーシャル」

 CM終了。いよいよ後半戦が始まる。

 勝ち残った四名で、激しいバトルが繰り広げられて行く。


「さあ、仁科さん」

「はい」

「ドラマで先生役やってるんだってね」

「はい」

「それならクイズ得意だろう。さあどのジャンル?」

「文学でお願いします」

「それでは文学の一。To be, or not to be: That is the questionの台詞で有名な戯曲は?」

「ハムレット」

「正解です。すごいね。さすが高校教師。次、若松漁港の添島さん。お孫さんももうすぐ成人式ですって?」

「はい、長生きするもんですわ」

「で、どのジャンル?」

「テクノロジー」

「それではテクノロジーの一。当初マイクロプロセッサはCISC型で知られるアセンブラレベルでの高度な命令セットを提供するプロセッサが主流でしたが、それに対し命令セットを簡略化することで高速処理を可能にするタイプのマイクロプロセッサを何と言う?」

「え~?」

「番組名の宣伝してくれてありがとう。不正解。正解はRISC型。お次はミルキーウェイ牧場の富永さん。さあどのジャンル?」

「テクノロジーでお願いします」

「今日はテクノロジー人気あるね。それではテクノロジーの二。会社などの限定された範囲内でのコンピュータ・ネットワークで、インターネットの標準的な技術を利用することで、低コスト化をはかる取り組みを何という?」

「え~」

「はい不正解。正解はイントラネット。さあ、消防士の篠山さん。自称理工系消防士だって? ということはどのジャンル?」

「テクノロジーでいきます」

「本当に大丈夫? 難しいよ」

「はい」

「それではテクノロジーの三。遺伝子組み換え技術に用いられる組み替えDNAを増幅、維持、導入させる核酸分子のことを何と言う」

「ベクター」

「はい。正解です。すごいじゃない。さあ、優勝争いがかかっています。仁科さん。どのジャンル?」

「語学で」

「それでは語学の一。”manage”という動詞は、TO不定詞で用いられるか動名詞で用いられるかどっち?」

「Infinitive」

「残念。正解はTO不定詞……何? ちょっと待って。今スタッフから一応正解にしろって。英語で答えるなんてかっこいいねえ」


 それから漁師、牛飼いチームともテクノロジーを指定したが、結果は不正解だった。

「篠山さん。ここは落とせなくなりましたよ。どのジャンル?」

「テクノロジーで」

「さすがだねえ。テクノロジーの六。金属や半導体をナノサイズまで小さくすると、その電子状態が変化する現象を何と言う?」

「量子サイズ効果」

「はい、正解。さすが、消防士さん。仁科さん、相手は手強いよ。で、どれにする?」

「地理でお願いします」

「それでは地理の一。二〇〇六年八月一日現在、世界で一番高い高層ビルがあるのはどの都市?」

 早紀は答えを知らなかったため、「台北」と適当に答えた。

「はい、正解。台北101というビルね」

「え? あのビルなの?」

 早紀は、写真で見たことがあった。

「正解したのに何言ってるの、あんた」


 またしても漁師、牛飼いチームともテクノロジーを指定したが、結果は不正解だった。

「さて、こうなったら、何が何でも落とせない。篠山さん。どれにする?」

「テクノロジーで」

「本当にいいの? 同じジャンルだと問題が進むに連れて、どんどん難しくなっていくよ。教育なんか、まだ一問目が空いているじゃないの」

「それでもテクノロジーいきます」

「さて、そうきたか。それではテクノロジーの九。デオキシリボ核酸とは核酸の一種で、デオキシリボースとリン酸、塩基から構成されますが、塩基はアデニン、グアニン、シトシン、チミンの四種類あります。さあ、今から私の言うことを良く聞いてくださいよ。似た言葉が出てきますからね。デオキシリボースと塩基が結合したものをデオキシヌクレオシド、ヌクレオシドのデオキシリボースにリン酸が結合したものをデオキシヌクレオチドと言います。DNAとは何の略?」

「は? あれ」

「残念。正解はデオキシリボ核酸。さあ仁科さん。どれにする?」

「語学」

「はい。語学の二。『天の川』を英語で言うと?」

そのとき早紀は、ミルキーウェイ牧場の富永と目が合った。

「ミルキーウェイ」

「はい、正解。次、漁港チーム…」


 漁師チームの添島は、テクノロジー最終問題に挑んだが撃沈した。


「と言うことは、テクノロジーがファイナルまでいきましたのでこれで終了。さあ、うちの優秀なスタッフがこのハイテク時代に手集計で結果を出しますので、しばらくお待ちください。………ま、だ、か、な…早く、し、な、い、と、番組、終わっち、まう、ぞ……。

 早紀ちゃんだけに先にCM行く? え? 結果出た?」


 結果を知った司会者は、早紀の方を困った表情で見た。


「どうする、優勝しちゃったよ」

「えっ、私が優勝?」

「しかも、番組始まって以来の全問正解」

「えっ、全問正解って? 本当?」

「たった四問しか答えてないけど、四問とも正解。スタッフが困って相談してるけど、個人MVP賞金三百万円に加え、全問正解特別賞金二千万円差し上げるしかないみたいだね」


 司会者の苦悩の表情も、早紀には伝わらなかった。

 彼女は驚いて大きな口を開け、それを両手で隠した。

「三百万と二千万で三千万?」

「どう計算したらそうなるんだよ」

「すいません。頭がパニックになって」

「しかも、バニラカフェチーム優勝でサイパン旅行」


 脇に控えていた他の四人は、喜びの声を上げ、互いに抱きしめあったが、美鈴は林が抱きつこうとすると悲鳴を上げた。しかし、林は相手が喜んでいると勘違いし抱きかかえあげたため、美鈴は泣きべそをかいたが、カメラはそこまでとらえなかった。


「とりあえずおめでとうございます」

 司会者は、疲れた表情で早紀の手を上げ彼女を讃えた。

 彼女は固い笑顔で応えた。

 客席から大きな拍手。その後、司会者は、カメラに向かって頭を下げた。


「視聴者の皆様、申し訳ありません。芸能人チームが優勝してしまいました。おまけに二千三百万円も持っていかれてしまって。こりゃ冗談抜きに来週から番組予算切りつめないといけません。

 全問正解が実際に出るなんて事、想定してなかったようで、プロデューサーの姿が見えません。

 これから緊急会議に入りますので、これでさよならと言いたいけど時間余ってるし。

 だから生放送はイヤなんだよ。おい、どうする? スタッフ。

 コマーシャル先にいく? 

 ディレクターの姿が見当たらないけど……あ、いたいた。

 え? 廊下にいた芸人捕まえてきたから大丈夫だって? でも十分以上あるけど、いくらプロのお笑い芸人でもいきなりで間が持つのかよ。

 え? 滑ったら出入り禁止にするから大丈夫? 芸人も命がけだな。しょうがないな。それではご紹介します。今、人気爆発中、天才コメディアンの誰だっけ? あ、骨稽堂です」

 

 偶然スタジオ近くの廊下を通りがかったコメディアンの尽力で、本番が無事終了すると、マネージャーの玉井が早紀のもとに駆け寄った。

「早紀ちゃん、賞金辞退しなさい」

「えっ、どうして?」

「実はドラマの視聴率が良くないのと、せっかく空いたスケジュールを無駄にしないようにと、赤松プロデューサーがこちらのプロデューサーさんに無理にお願いして、うちのチーム出させていただいたの。それなのに優勝しちゃって、今赤松さん、こちらのプロデューサーさんに謝罪してるところなの」

 と、玉井は事情を説明した。

「えっ、赤松さんが……」

「一緒に謝りましょう」


 スタジオの片隅、Q&え~? のプロデューサーが腕を組んで立っている前で、赤松民雄は土下座で謝罪していた。早紀と玉井も、そして他のメンバーとそのマネージャー達も同じ行動を取った。

「その、あの、ご迷惑をかけてお詫びのしようがないんですが……私がこうして土下座までして謝罪するのは、……(以下意味不明)」


「別に僕たちは怒ってはいないんだよ。ただ、ここにいる皆さんに対して、できればこちらの苦しい台所事情をご理解いただきたいとだけ申し上げておきます」とバラエティのプロデューサーはいった。

 早紀も涙ながらに訴えた。

「全部私がいけないんです。私が普段の実力を出さなければこんなことにはならなかったんです。賞金は要りませんから、どうか勘弁してください」

 相手は「えっ、本当?」と驚いた。

 それから、急に機嫌がよくなった。

「どうか、みなさん。立ち上がってください。休憩室でコーヒーでもごちそうしますから」

 

 早紀が車中無言のまま帰宅すると、忍から電話がかかってきた。

「どうしたの? そんな疲れた声で」

「Q&Aで疲れた」

「何、それ? それより明日の件」


 忍の言葉で明日十二日、サム何が来日することを思い出し、早紀は急に明るくなった。

「あっ、そうそう。忍のところに十一時ね?」

「それが、成田でいい場所とるにはもっと早いほうがいいと思って」

「そうねえ、十時でどう?」

「それでOK。じゃあ明日早いからもう寝るわね」


 早紀は、時田に迎えの時刻の変更を告げて、忍に習って早く寝ようとした。しかし、気分が高揚して寝付けなかった。天井からサムが見ている。

「気になるから見ない……」

 それでも気になるので、彼女は目の前にハートマークを持ってきて、サムの顔をとらえた。

「いよいよ明日、本物に逢えるのね」

 

 プロデューサーの赤松は、早紀のような台本待ちの役者と違い、クイズ番組終了後も局内で監督、脚本家と打ち合わせを続けていた。

「いやあ、あの二人がドラマの台詞を言ってくれるとは思わなかった。彼らの期待に応えて新しいの考えておかないと」

 あれだけの事があったのに赤松はもう上機嫌だったが、脚本家は頭を抱えている。


「赤松さん。細かい部分は後回しにして、大筋決めておかないと僕も書けませんよ。本当にこれでいいんですね? 

 五話までは原田羊子が犯人だとわからせないようにして、最初の殺人のときの公園の状況が一種の密室だということで視聴者を引っ張る。

 六話以降は彼女が犯人ということを除々にわからせて、二番目の事件の鉄壁のアリバイをどう崩していくかに興味を持たせる。でも最初の事件が密室殺人じゃなくて、現場に居合わせた原田の犯行だと知れば興ざめして、数字落ちそうですね。全く、まどかちゃん、やってくれたよ。最初のプラン、評判良かったのに」

 プラン変更の方針が固まったと判断した久津川は、そう言って勢いよく立ち上がったが、よほど疲れが溜まっているようで、すぐに重い足取りになり、すごすごと帰っていった。

 

 学年主任役の小林透と巨漢のリーダー役の林守は、屋台で焼き鳥を食べながら、クイズ番組での出来事を振り返っていた。

「やっぱり何かおかしかったよな。あの番組」

 小林が疑問を抱くのも、当然だった。

 四問答えただけの早紀が、番組始まって以来の快挙を成し遂げたのだから。


 林はそれに答えず、黙々と食べ続けている。

 小林は疑問を拭いきれない。

「時々僕も見たことがあるけれど、今回のは前半の問題が難しかったな。というよりうちのチームでき悪すぎ。四人とも最初の指名で不正解だから、仁科さんは指名されずに残った。それに後半、やたらとテクノロジーの指定が多かった。普通は教育の一とか選ぶよな」


 日本酒で顔を赤らめていた林が暴露した。

「収録前に若松漁港チームの人が話しているのを聞いたんですけど、芸能人チームの連中答え知ってて優勝決まってるから、まともに答えたって仕方がない。せっかく東京来たんだから早く終わって浅草にでも行こうというようなことを、お国言葉で話してましたよ」

「えっ、そうなの? 嫌だなあ。そんな目で見られてたのか。でも、ニールセンも早かったな」

「用があるって」

「それで誘ったのに来なかったのか」

「後、今回テクノロジー以外はひっかけ問題が多くて避けた方がいいって、消防士さんが他のチームの人と話してました」

「風説の流布ってやつか」


 小林が林にさらに酒を勧めると、林は気になっていることをベテラン俳優に打ち明けた。

「実は僕の役、最後に死ぬことになるかもしれないんですよ」

「えっ、でも、それも格好よければいいじゃないか」

「ストーリーの展開上、そうなるならいいんですけど、実は……」

「実は何?」

「一昨日、中井まどかが僕とのラブシーンを嫌がってるのを、赤松さんに訴えてたのを見たんです。この僕のどこがいやなんだろうな?」

「彼女は、女優というよりアイドルなんだよ」

「別にキスとかはないのに」

「本人が嫌がってなくても、君と抱き合うだけでも自分のイメージが崩れるとでも思ったんだろうな」

 小林はさりげなく言ったが、自分以外の人間にあらためて言われると、林には気に障る。

「失礼なことですね。それも、糸井さんや美鈴ちゃんにはシナリオ変更の感想を聞いたのに、私に聞かなかったのはどうしてですか、と赤松さんに詰め寄ってたんです。ブログでさんざん迷惑かけておきながら、よくそんなことが言えたもんだな」

 小林はさらに酒を勧めた。

「そう怒ってばかりいないで、もっと飲んだ、飲んだ」

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