　まっ、待ってや。うちんことうちまで送っていな。

　こん場所がどこのどないなとこで、どやって帰ったらええかわからへんし。

　うちをたすけてもろたんやさかい、おとうはんおかあはんが礼してくらはる。

　うちは薬の材料とか香料あつこうとる店（たな）の娘やね。

　そない大店（おおだな）やないけど、そこそこ金持ち（ええしー）やよ。

　阿呆々々（あほあほ）いわんといて、めげるやんか。

　暗殺者（ころしや）が人前でるわけいかへん？　ほなしゃーないわ。

　どないし……どないしたらええやろ、あんじょうかえれるやろか。

　おおきに！　道わかるとこまでつれてってくれるんか。

　せやったら、はよそういい。あんたはん気ぃきかんな。

　いたい、いたいわ！　頭こづかんといて！

　偉（えら）そばるな？　いちいち搏（しば）かんでよかろ。

　手のほう口より先でとるやないか。ほんまの阿呆なったらどないするね。

　じぶんは口から先に生まれたんやろて？　あんましないいようやないか。

　唐変木いわれたことないか？　一生懸命、気ぃひこうとしとる女心わからん？

　しょんべんくさい小娘がなにゆーかて、ほんまにひってたやろて？

　な、なんのこっちゃ。さっぱわからへんな。

　目が泳いどるて？　うちの目は魚やない。

　そらあんときはせやったけど。

　縛られとったさかい、しゃーないやないか。

　なっ、しゃーっとやってもうたわけやないで？

　ほんまちょろちょろや。ちょろちょろっとおしぃしいでてもうただけやないか。

　ちょろちょろやのうてぐちょぐちょやったったろ？　あ、あら、あんましたまってもうてしんぼうたまらんかったんや。

　ちょろちょろでてもうたさかい、もうどないかてええゆー気分なって。ひとはこうして堕ちてくんやな……っ、なにいわせんのや？

　いまはもう臭うないやろ、浄化つこうてきれ《い》にしたさけ、ええ匂いさせとるやろ。

　乳ないのに乳くさい？　ほんま泣くで、泣いてええか？

　めんどいゆーけど、女はみなめんどいもんや。

　子供もめんどい、もらすし泣くし？

　女子（おなご）のあつかいは気ぃつけなあかんのや。

　あんまつれのうしとると、刺されたり毒もられるで。

　ころしやがそないなことなったらさぞかし恥やろな。

　うちと心中したいんやたら、遠慮のうそうゆーてな。

　さいかさいか、ようやっとわこうたか。

　せやろせやろ、やっぱうちは女やろ？

　あんこと噂になってもうたら、うちはお嫁にゆけへんわ。

　ちゃう！　しょんべんひってもうたことやない！

　操（みさお）のことや。純潔とちゃうおもわれたらもらいてないやろ。

　いっそうちから曝（ばら）してもうか。

　あんたんこと……好きになってもうたんね。

　ほかんとこにいきとないんや。うちこともろてくれへん？

　ちょろい？　ちょろかったらなんであかん。

　しょんべんちょろちょろ、ちょろいちょろすけ？

　しょんべんくらいだれかてするやろ。

　あないなとこたすけてもろたら惚れるやろ。

　吊り橋がどないしたんね？　ぐらぐらゆれとる上で異性（ひと）に会うたら、胸がどきどきするんを好きやと勘違いする？　そやったら、あの下衆（げす）らに惚れとらなあかんのとちゃうか。

　きっかけなんてどないでもええわ。好きになるんは理屈やない、好きやから好きなんやね。

　やんでれ、めんへら？　それなんや、うちんこと？

　恥ずかしいとこみられてもうたんやさかい、いまさらなりふりやら体裁やらかまへん。

　年増女（あくじょ）の深情みたいやて？　しつれーやな、一途やゆーて。

　ちいとばかし耳年増（こましゃくれ）とるかしれんけど、ほんまにほんまは初心（うぶ）なんよ。

　けがれない無垢（まっさら）な少女（おとめ）や。めっちゃそそられるやろ。

　毛ぇはえとらんで乳ないんはいらんやて？

　毛女子（けめこ）なんぞのどこがええんや。うちみとうにつるんとしとるほうがきれ《い》でかえらしいやろ。

　そらまだ月経（つきのもの）ないし、ちいとばかし発育（そだち）おそいかしれん。せやけど、そのうち生えるもんはえてくるわ。でてこなあかんとこはでてくる、出る物腫れ物ところきらわずや。乳かて西瓜（すいか）みとう……ちゃうわ、腹なぞ出たりせえへんわ！

　そ、そんときなってから先物買いしとくんやったとくやんだかておそい。いまんうちからつばつけときぃ。

　うち、もっと大きなってあんた好みの女子（おなご）になる。もっときれ《い》でしとやかなって、あんたがむかえきてくれるんを待っとる。

　来てくれなんだらうちらの神殿の巫女になる。巫女になってどこにもいかんで、若い姿のまんまでずっと待っとる。

　うちんとこで信心しとるんは、純潔の女神（ピューティア）様なんよ。

　商売（あきない）や盗人（ぬすと）の守護しはる風の神（フリュース）様やないのかって？

　うっとこは薬種問屋やろ。そやから病や毒を浄化しはる純潔の女神（ピューティア）様なんや。

　神官には勉強でけて品行がええならなれる。

　女子（おなご）やのうてもええけど、は子づくりでけんようになる。拵（こさ）えるためのしこみもでけん。したらあかんのやなくて、しようとしてもでけんのや。去勢されたみとうにたたんなるかわり、いくら年くってもふけんで若うみえる。そないに長生きはせえへんけどな。

　神女は石女（うまずめ）で不感症（つめた）い体なるらしい。

　ぎょうさんつばめかこうとる嫉妬ぶかい女神（かみさん）にみえんこたないわ。

　御神像（ごしんたい）は年一ぺんしかみれんけど、清い水晶ででけとって、うら若い女子（おなご）の姿しとって、そらもうきれなんや。

　胸？　胸は、ま、そこそこやな。そないなことゆーたら罰（ばち）あたるで。神官とおんなしくあれたたんようされたらどないするんや。

　ピューティア様は潔癖症（かんしょやみ）の悋気（りんき）な女神様（かみさん）なんよ。

　女神様は男しらん未通女（おぼこ）の精霊ばかし侍らしとるんや。そん中にえらくきれな娘（こ）がおって、神々の王（ユビウス）様が手込めにしはったんや。その娘はみなにしられんよ隠しとったんやけど、腹が大きゆうなったんで曝（ばれ）てな。女神様は穢らわしいゆーて娘を疣々（いぼいぼ）の毒蟇（どくがま）に変えてもうたんや。

　そいからな、森の泉で水浴びしとるとこをみたゆーて、覗いとった狩人を角兎に変えもうてな。そいつがつれとった猟犬にひき裂かせたんやよ。

　はなしそれてまったな。巫女はお霊力（ちから）さずかっとる娘しかなれん。

　なんやしらんけど、うちは神官さんから巫女の素質もってるいわれとる。

　前世の記憶ぼんやりあって、こことちゃう世界で学生しとった気ぃする。

　うちはあんま信心ないからないしょにしとるけど、魂みる霊力もっとる。

　あんたは黒い仔猫みとうな影にみえる、しなやかでしゅっとしとって恰好ええ。光沢（つや）のあるベルベットみとうな手ざわりで没薬（もつやく）のよな香りする。

　没薬ゆーんは、甘いよな、けぶたいよな、麝香（じゃこう）似とる香りなんよ。なんやとげっぽい木の樹脂らしい。琥珀色しとる塊で、匂いは甘いんやけど、口に入れると苦い。

　没薬の木はある国の王女（ひめさん）が姿かえたもんやゆーいいつたえがある。姫さん溺愛しとった王様が娘の髪は女神様よりきれやゆーてお怒りにふれたんやな。姫さんは呪われて父の王に叶うたらあかん恋するようになった。死のうとするくらい思いつめとったんをみかねた乳母のてびきで顔かくしたまま王の伽（とぎ）するんや。そいが娘やとわこうてもうた王は狂うて刃にかけようとする。逃げた姫はいくあてものうさまようた。妊（みごも）っとってどうにもうごけんようなったとき、「生きとるる世界のもんでも、死んどる世界のもんでもない、何かになりたい」と神々（かみさんたち）に頼んだ。女神様もさすがに可哀相（かわいそ）思うて、その体を木にかえてやったんや。