破落戸(ならずもの)


 このの想いがあたしの指をすり抜けてく。

 小さな頃から抱きつづけてきた切ない恋心。


 なんてきれいなものをあたしは壊してしまったんだろ。

 あたしは懸命にそれを掻きあつめようとする。



 待って、いかないで。

 ごめんなさい、ゆるして。あたしはあなたをこわしてしまった。


 あたしをあげる。あたしの体をあなたにあげる。

 だから、あなたはあたしになって。



 うん、ええよ。恨んどりゃせん。


 うちかて兎肉好きでよう食べたわ。

 くうたりくわれたりするんは、あたりまえやったんやな。


 うちがいのうなったら、おとうはんもおかあはんも泣かはるやろし。

 いじめられとる弟まもってやらなあかんし。



 なんより、あん人にもいちどあいたいわ。

 そやから、うちら一つになろ。




 私には前世がある。よその国のみしらぬ娘だった。

 長い髪は黒い、はだは浅黒い。家は貧しかったが、明るく屈託がなかった。

 薬中の男にナイフを突きつけられ強姦にあった。切り刻んで殺された。


 いまの私は学生だ。男の子が苦手だし、内気で地味だった。

 眼鏡で三つ編み、愛想のない一重目蓋ひとえまぶた。仲良い友達はおらず、勉強ばかりしていた。

 頭はよいほうだと思う。本が好きだった。

 図書委員の仕事で遅くなる。帰宅中、不良達に拉致られた。監禁のあげく暴行をうける。内臓破裂で死んだ。


 いつもそうだ。同じ運命がいつも繰り返され……。











 うちがあの男の子にうたんは十二の歳やった。



 うっとこの女中につれられて手習いに通うた帰り、冒険者くずれらしい身なりの破落戸ならずものらに路ふさがれた。

 なんするねんと叫ぶひまもなく、いたちみとうなつらなんに女中が刺された。ひぐまみとうな図体ずうたいなんが、うちの肩つかんで鳩尾みぞおちに当て身をくわせた。

 手加減はしとったんやろけど息がとまった。口にぼろ切れ突っ込んで猿ぐつわされた。


 体括くくうて麻袋に突っ込まれる。肩に担がれとるらしゅうてようわからんとこへつれてこられた。



 廃れた倉庫ん中やみたいで、運河の水音がしとるよな気がする。じっとり湿気が多うて、かび臭うてかなわんわ。

 袋からは出されても、縛られたまんまやさけ、はばかりいきとうなった。身ひねったり腿すり合わせたして、もじもじしとったんやけど辛抱でけへんかった。

 ちっとだけ濡らしてもうたら、あとは抑えきかんよなった。うちのスカートん中で水音がしよる。

 お気に入りやった青い晴着、前んとこの色が濃いなる。うちはほわほわした水溜りこさえた。


 十三歳なったら、男はいっちょまえで冒険者や徒弟になれるし、女子おなごは親の許しあったら結婚でけるようなる。せやけどうちはまだ子供やさけ、泣いたかてみっともなくなんかあらへん。乙女やとしてもみっとものうて泣くやろ。

 しもんほうはぐちょぐちょやし、顔も涙と鼻水でぐちょぐちょやけど、それがどないしたっちゅうねん。



「へっ! こん餓鬼ガキャ、もらしてけつかるわ」

「わややな、襁褓おしめしとらにゃあかんで」

 羆と鼬みたいなんがげらげら笑うた。

御嬢様いとはん、わてを覚えてはりまっか」

 後ろから声する。鼠みとうにこすそうで貧相しょぼこい顔したんがのぞかす。角兎ノ月あたりまでうっとこで番頭しとった奴や。なんや、うちんことやらしいよな眼でみるさけ好かんかったわ。

旦那様だんさんくびされたうらみ、晴らさせてもらいまっせ」

 そないなことゆうてたなの帳面ごまかしたんはわれやろと思うたけど口ふさがれとる。

「ぎょうさん身代金もろてもうたら、タズゥトあたりの奴隷商人売りますわ」

 はなから返すつもりなんぞないんやな。おしぃしいもらしとるさけ、涙目で睨めてもさまならんわ。

 猿ぐつわされとんのやなかったら、浄化の魔法となえてきれになれるかった。こいつら大事なもんが腐れてもげる呪いかけたるんはまだむりやろけど。


「ツラァわるくねぇようだな。どら、売る前に味ききしとくか」

 泣いとる女子の顔みてそそられるとか変態か? せなんやな!

「へっへへ、兄ぃのでかいん突っ込まれたら、股裂けてまうんとちゃいまっか」

 鼬がへつらいよる。

「値打ちゃー下がるかわからんけどしゃあないわな」

 嫌や、うちいやや。

「まっ、待っとくんなはれ。わてからさせてもろう約束や」

 鼠があわてた。

「じゃかましいわい! おんどりゃ、そこでしこっとれ」

 羆がズボン下ろすと魚の干物みとうな嘔吐えずくろしい臭いがした。

「足ん縄は解いたれ。そやっておさえとくんじゃ」

 胸までスカートめくられてうちは藻掻く。



「ああ、みっともんなくてみてらんねーな。いい加減、そこらへんにしときな。

 いい年こいとるくせしよって、ガキンチョによってたかってなにしさらしとんや」

 若い声やった。まだ、声変わり前の少年みとうな声やった。

「わ、われはなにもんや! なんでここおるんや?」

 いたちが短刀かまえた。


「とおりすがりの暗殺者ころしやさ。まー、修業中んとこだけどよ。

 おもしろそうだからつけてみたんだ。間抜うんつくで気づかなかったのかい。

 不意打ちでかたづてもよかったけど、そいじゃ簡単すぎてつまんねーしな。

 ついでだし、荒事のほうの稽古なんかしとこうかってね」

 すんなりした影がいつのまにか奴らん後ろにおった。

 王都のよな訛りがまざっとるけど、はぎれようてなんや恰好ええかった。


生意気こーへぇいいな」

 ひぐまが唸りながら段平抜いた。

「いてまえ!」

 鼬に目配せすると斬りかかる。

「死にさらせ!」

 鼬が後ろ回って突く。

 せやけど、消えてもうておらへん。

 ぱっくり羆の首切れて血ぃ噴いた。

「ちっ、はねられんかった。まだ、修行たんねーのかな」

 ぼやく声がして、鼬の首がのうなった。


「ひっ! や、やめ。たすけとくんなはれ」

 ねずみは腰ぬかして尻もちついとるし、首切られんうちから大小漏らしとる。

「いや、みたしな」

 鼠の首が落ちた。こいつらがうちとおんなしに漏らしたかて嬉しくないんはなんでやろな。






「さて、どうするかな」

 うちをみる。


「――まあ、いいや。

生かしといてやるよ」


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