無垢なる影姫の物語

裏路地



 ワレワ……レ。

 自分、オレ、僕……。


 コレ……コノ体。



 私、あたい、あたし。

 ――あたしは誰?


 暗い。とても暗い。

 何もみえない。




 うち……うちなー。


 あんときからずっとな。

 ずうと、恋しとんのや。




 ここ……どこ?


 暗い。ずっと暗い。

 ずうっと、ずうっと、暗い儘。


 あたし、誰?



 胞衣えなに包まれてぬくぬくとしてたみたいだったのにいまは裸だ。

 満たされてたとおもってたのにいまは空っぽだと気づいた。


 体がさむい、心がこごえる。

 孤独ひとり、一人、ひとりぼっち。



 ピチャッ、ビチュッ。

 グチャッ、グジュッ。



 音がする。

 何かを食べる音だ。


 柔らかいけど少し苦い。

 だけど甘い匂いがする。



 ゾヒュッ、ズチュッ。



 すす租借そしゃくする。


 ぞふりと身振いするような、おぞましい快楽と罪悪感。

 ああ、あたしが何か食べてるんだ。



 仔猫が瞳をくみたく、視界が仄かに明るむ。

 しだいにものが形をなしてく。



 体、屍体。倒れてる。ちぎれかけた首。

 布、衣服。青い晴着、ずたぼろで。前がはだけてる。

 爪、鉤爪。引き裂かれ。破れた膀胱ぼこう、腸、肝。




 ぼんやりと思い出す。


 うちはルシィーリア、十五歳。

 商都ニーヌヴの薬種商の娘。


 届け物の帰りやった。

 何かに襲われたんや。

 捕まり引き込まれ。




 狭い路地の行き止まりみたいだ。

 逢魔が時、黄昏時をすぎて、闇の落ちるのがはやい。

 季節はたぶん秋の終わり。落葉の頃だ。


 気に入ってた細いリボンは解けて血と泥にまみれ、緑がかった茶色をした榛色はしばみいろの髪は、波打ちながら剥き出しの地べたに広がってる。

 仰向いた少女のそばかすのある顔。空色の瞳が硝子玉みたく虚ろにみはられてる。




 うちの顔や。

 これはあたしだ。



 うちが喉をい千切られ、お腹を掻き裂かれて死んどる。

 あたしはあたしの臓物を引きずり出してむさぼり喰らってる。




 いいえちゃう、そうじゃないせやない。



 じゃ、あたし誰?




 散らばる肉片、破れたはらわたの切れっ端、そっからたれる汚物うんこの匂い。前を裂かれた青い花柄のワンピーススカートが、こごりかけた血溜ちだまりや、温もりのなくなった黄色いおしっこに漬かってる。


 おっぱいの皮が捲れて脂肪あぶらみがみえてる。むしれてひしゃげた陰部に榛色の毛がくっついてる。





 血が袋小路を赤黒い錆みたいな色に染め上げてる。さっきまで、甘い香だって思ってたものが、ふいに悪臭に感じられて嘔吐えづく。











 あああああ~~っ!!!!!!


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