第76話 追憶6【秘密の部屋】

「……飽きた」

 まだ読んでいる途中であったページを捲るのをやめ、王女は小説を閉じた。

「……飽きたって、お前まだ30分も経ってないぞ」

 隣の席に座っていたルルゥが視線を本に向けたまま口を開く。

「……きっとこの本が悪いのよ。30分で面白くなってくれなかったから」

「小説書くのも大変なんだぞ」

「何よー偉そうに。あんた書いた事あるの?」

「いや、無いけど」

「ルルゥは飽きない訳?」

「別に」

 淡々と言葉を返す彼を見て、彼女はどんな本を読んでいるのか気になり始めた。

「……面白い本読んでるんだ」

「何が面白いかなんて人それぞれだろ」

「あたしのと交換しようよ」

「換えた所でお前の場合はどれを読んでも変わらないと思うけど」

「そうやって面白い本を独り占めするんだ。見せて!」

「! おい!」

 強引にルルゥから本を奪い取ると王女は開いていたページに目を通す。

「……何これ」

 彼が読んでいたのは「魔界一周ぐるっと完全制覇! そうだ、旅をしよう」というタイトルのガイドブックだった。魔界中のあちこちの観光名所が掲載されている様だ。

「地理とか、どういう所があるのかとか、そういうのを知っておこうと思ったんだ」

「……つまんない」

「……だから言っただろ」

 耐えられなくなり王女は立ち上がる。他の本を探しに行く……という訳ではない。

「ね、探検しようよルルゥ」

「探検って……本があるだけだろ」

「いいから行こ」

 ぐいっと彼の手を引っ張る。と同時にその指先から鋭い痛みが伝ってくるのを感じ彼女は思わず声を上げた。

「ひゃっ!」

 甲高い声は静かな館内に轟いた。慌てて手を離す。

「お前、静かにしろ」

「だ……だって今、痛みが……」

「……またか」

 今の様な体験はこれが初めてではなかった。この五年の間に度々起こっているのだ。王女とルルゥが肌と肌とを接触させた時、王女の体にだけ一方的に痛みが走る。ルルゥには何ともない。また、衣服越しなら特に問題は無い。直接触れ合うといけないのだ。何度目かの際にその事に気付き、以後互いに気を付ける様にしていた。

「何なんだろうな、一体」

「……そうね」

 ……すぐに接触をったので痛みはすぐに消えたが、まだちょっとだけ、胸がじんじんする。

「……じゃあ、行くか、探検」

 しょうがない、という様に彼も腰を上げた。きっと不可抗力の事象で彼女が傷付いたのを見て申し訳無く思っているのだ。別にルルゥは悪くないのに。こういう所でちょっとした優しさを見せ付けてくる所がまた魅力的だ……なら遠慮せずに甘えよう。ふたりはぶらぶらと館内をうろつき始めた。


 薄暗い階段を下りていくと地階に出た。太陽の光が届かないため、魔術による光でフロアーは照らされている。そのため地上階と同じく明るかった。だが雰囲気は全く違った。地上階は天井が高く、開放的な作りだったが対してこちらは低い。五メートルあるか無いかというほどだ。閉塞感がある。更に人気ひとけが全く感じられない。誰かの足音、本を棚から選ぶ音、咳払い……それらの気配が一切無い。少し不気味だ。

「……な、何だかちょっと気味が悪いね」

 王女は一歩後ずさりした。

「怖いなら上がるか?」

 ルルゥの問いかけに彼女ははっとした。ここでか弱いアピールをして好感度を上げるのはどうだろう。

「そ……そうね……ちょ、ちょっと怖いかも……きゃ……きゃあ……!」

 なんてややオーバーに振る舞ってみる。

「……どうしたお前……気持ち悪い」

「……」

 カッチーン。

「あーそうですかー嘘嘘冗談冗談! だーれが怖いですってー? これくらいで怖がってたら王女なんて務まらないわよ!」

「だから静かにしろって」

 少しむきになってずんずんずんと進んでいくと誰もいないと思っていたフロアーの一番奥にさららの姿を見付けた。ひとりでどこで読んでいるのかと思ったらこんな所にいたのか。

「あれ、サラ?」

「え? ……あら、ふたりとも。何でこんな所に?」

「それはこっちの台詞だって。サラこそ何でこんな薄気味悪い所で本読んでるのよ」

「ああ、色々と勉強になるの、ここ」

「?」

「この地下は研究書フロアーなの」

「あ、そうなんだ。でもそれなら王都図書館だって……」

「そうだけど、ここは色んな国のマイナーな本もいっぱいあって……例えば、ウルヌスの物なんだけど『魔界の石の分布から太陽と月の運行を読み解く』なんていうとんでも研究の本があったりするの」

「何それ……」

「でも読んでみたら案外面白くて。こういう全く違う角度から物事を捉える事で既存の学問に新しい切り口を見付けられるんじゃないかしらって……うんたらかんたら」

「あーはいはいわかったわかった」

 途中から王女は全く話を聞いていなかった。

「それにどうしてか知らないけど日本ヤマトの歌を集めた本もあって」

「へー……そりゃ珍しいわね」

「それで、あなた達はどうしてここに?」

「こいつが探検しようって言い出して」

 ルルゥが答えた。

「探検って……洞窟じゃないんだから」

「わからないわよ? 案外この図書館に秘密の部屋があったりするかも」

「そんなまさか」

「例えばこの壁」

 王女は壁に手をかざす。

「この奥に隠し通路があったりとか……クロウン! ……なんちゃって」

 と、冗談で解錠の呪文を唱えた時、目の前の壁の一部に突如裂け目が入り、少し奥に動いた後ごごごと音を立て左右に開いた。五人分ほどの幅の隠し通路が彼らの前に現れる。

「……あら?」

「……!」

「……な……」

 あまりの唐突な出来事に三人は呆気に取られていた。

「……ほ、ほんとにあった……?」

「ど、どうするのよ、勝手にセキュリティー解除しちゃって……怒られちゃうんじゃないの?」

 さららは狼狽した様子で王女に話しかける。

「それで……どうする?」

 続けてルルゥがふたりに尋ねた。

「どうするって……だから、何も見なかった事にしてまた閉じちゃいましょうよ」

「でもこの奥……何があるんだろう」

「ちょ、ちょっと! 勝手に入ったら……」

「意外と面白い物だな、図書館も」

 王女とルルゥは顔を見合わせるとにいと笑みを見せ合い、開いた扉の奥に足を踏み入れた。

「……はあ……ほんとにこのロイヤルコンビは……」

 溜め息をひとつつくと、さららも後に続いた。

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