第77話 追憶7【地下洞窟の怪】

 通路には一切の光が無かった。三人が先ほどまでいた地下フロアーとは違い明かりを灯す術式が天井にも壁にも書かれていない。王女が唱えたギルトによる僅かな光を頼りに彼らは決して広くはない道を進んでいった。

「……き、気味が悪いわね……ごくり」

 王女は思わず唾を飲む。

「……やっぱり、おかしくない?」

 さららが不安そうに言った。

「何が?」

「明かりがついてないのはわかるわ。けどどうして術式自体がどこにも無いのかしら。照明は用意するでしょ?」

「そんなの、こうやってギルト使えばいいからじゃない? ……あら?」

 王女の声を合図に三人は立ち止まる。急に開けた空間に出たからだ。

「……部屋に出たのかな」

 王女のその声は何かに跳ね返ったかの様に辺りに響いていた。やはり、そこそこの広がりがある様だ。

「……おい、何か無いか?」

「え?」

 ルルゥに言われぴんと立てた人差し指をくるくると四方に向ける。すると右前に何かが映った。彼女達より一回り大きな何かがそびえている様に見える。

「ちょっと、こっち」

「今度は何?」

 さららの声に反応した王女は次に右後ろの壁を照らした。そこには魔術の術式が書かれていた。

「これ、明かりの術式よね……ギルト」

 呪文を唱えるとさららは術式で作られた輪の中心に指を着ける。途端に薄明かりが空間全体に灯り、視界が広がった。

 彼らは円形の部屋……いや、空間の入口にいた。なぜ部屋ではないのかというと、そう呼ぶほど人の手が施されていないからである。通路を歩いている時は気付かなかったが、彼らを取り囲む壁は加工されている物ではなく自然の姿に近い岩肌だった。まるであの地下フロアーに後から付け足した様な作りだ。洞窟と呼んでもいいかもしれない。さららの呪文で全ての明かりがついたのは、壁の各所にある光の術式がそれぞれ文字や記号で出来た線で繋がっているからである。複数の術式を連動させる魔法陣の様な仕組みだ。

 そして、三人の前方にある物も今ならはっきりと捉える事が出来た。本棚だ。この円形の空洞内に本棚が整然と並んでいる。

「……書庫?」

「……何だか、魔術の本ばかりね」

 さららが左右に配置されている棚を次々と眺めていきながら奥へと歩いていく。

「……にしても、やっぱり図書館か」

 はあ、とルルゥが溜め息をひとつ。残念そうだ。

「もっと凄い物があるとか思ってたのにね」

「ねえ」

 いつの間にか数十メートル先にいたさららが声を張った。

「まだ先があるわよ」

「え?」

 ふたりは彼女の元まで近寄り確認する。確かに、幅はまた狭くなるが更に奥まで続く通路がある。また真っ暗闇だ。

「……とりあえず、行ってみる?」

「……もう戻った方がいいんじゃ……」

さららは再び忠告するも、さらりと聞き流され王女とルルゥはやはりふたりで歩を進めていく。

「……もう……」


 その先にはまた同じ、本棚が並んだ円形の空間が待っていた。道はまだ続いている。彼らは行き止まりまで行ってみようとどんどん先へ先へと進んだ。暗闇の通路、円形の書庫。この構造をあと三度ほど繰り返した所で少し変化が現れる。通路を抜けると今までと同じ円形空間なのだが、本棚が一切無い。代わりに地面(やはり「床」とは呼び難い)に複雑な図形の組み合わせが描かれていた。あまりの不気味さに王女はつい身震いする。

「……これ……魔法陣……?」

「……まだ、先があるぞ」

 ルルゥが指を差す。

「……」

 じわり、じわり、と三人の心に仄かな恐怖が生じてくる……もしかしてあたし達は、見てはいけない物を見てしまっているのではないだろうか……。

「……行ってみよう……」

 もうさららは反対はしなかった。この場所は、ただの書庫ではない……そんな気がしていた。何か危険な香りがするのは確かだが、まるでそれに惹かれていく様に、子供達は更に奥へ奥へと歩んでいく……。

 それからはまたそれまでと変わりはなかった。円形の書庫の繰り返し。そしてそれを四つ抜けた所で。

「……行き止まりだ……」

 最深部へと辿り着いた。これまで何度も通った広い空間ではなく、小さなほら穴の様な場所。真正面にはまたしても本棚があり、その後ろの壁はぼこりと小さな崖の様に突起していた。その一部は削られ、上へと続く階段となっている。上った先には……この場所には何とも似つかわしくないベッドが置かれていた。

「……だ、誰かがここに住んでる……のかしら……」

「も、もしかしたら図書館の職員さんがここに泊まって……とか……ないよね……はは……」

 王女の声は笑えていなかった。さららはぽつりとある本棚をじっと見る。

「……この棚……今までの物と違うわ……」

「何が?」

 ルルゥが尋ねた。

「ここに入ってるの……ほとんど出版された本じゃない。背表紙が無いのが多いもの。記録か何かじゃないかしら……筆にインクもあるわ」

「ここに住んでる……のかどうかは知らないけど、その人が書いてるって言うの?」

 彼女は適当に棚から一冊抜き出しぱらぱらと捲ってみる。

「……どうやらそうみたいね……何かがまとめられているわ」

「……何が?」

「……魔術」

「え?」

 そう言ったのはルルゥだ。

「さっき、魔法陣があったよな? あれと関係しているんじゃないのか?」

「……術の研究をしている……っていうの?」

「……ルルゥ、正解かも……」

 本に目を通していたさららの手があるページで止まった。

「……? ……」

「? どうしたの? サラ」

「……っ……!?」

 返事をしてくれない。

「……サラ……?」

「……! え……? あ……何でもないわ……」

「……?」

 あたふたと本を閉じ、彼女はそれを元の位置に戻した。中に何が書かれてあったのか王女は気になったが今ここでは聞かない事にした。

「も、戻りましょうか。もう満足したでしょ?」

 急かす様にさららはまくし立てる。

「そ、そうね……」

 と王女が踵を返そうとしたその時、ルルゥがまたもや何かを見付けふたりを呼び止める。

「あそこ、まだ何か無いか?」

 見ると、通路から向かって左奥にあとひとつだけ小さな空間がある様だ。

「……も、もういいんじゃないかしら」

「……少しだけ見てくるよ」

 そう言い残して彼はひとりでそこへ向かった。確認したらすぐに戻ってくると思っていたのだが、どういう訳か黙って立ち尽くしている。

「……ルルゥ?」

「……」

 王女が声をかけるが反応は無い。

「どうしたのよ、ルルゥ」

 今度はさららだ。しかしやはり何も答えない。

「……お前達は……」

「え?」

「……お前達は見ない方がいいかもしれない」

「……ちょっと、何それ」

 そう言われると気になるのが人である。

「何があるのよ」

 彼の背後から奥に何があるのか、覗き込む。さららも続く。

「……っ……」

さーーーーっ……。そこ・・にある物を見た時、王女の顔から血の気が引いていった……遅れて心臓がぐっと掴まれた様に激しく鳴る。

 そこにあった物……それは……無数の骨……恐らく……人の……。

「……い……いやああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああっ!!!」

 彼らは一目散に道を戻った。決して振り返らずに、必死に走り抜けた。そうしてあっという間に最初の円形書庫まで来た所で足を止めた。

「はあ……はあ……はあ……な……何だったのよさっきの……ほ……本物……!?」

「はあ……はあ……だから見ない方がいいって言ったのに……」

「と……とにかく、出ましょうよ……はあ……はあ……もう出口はすぐそこだし……」

 王女を先頭に大図書館の地下フロアーへと繋がる入口の通路に向かおうとする……が、そこに誰かが立っている事に彼女は気が付いた。

「貴様ら……見たのか?」

「……?」

 そこに立っていた男、それは、魔界に眠る大いなる災いの種……。

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