第68話 決着

「ん……」

 コンクリートの上で守田は意識を取り戻した。彼はなぜ自分が道路で寝ていたのかがすぐにはわからなかった。だが時間が経つと共に少しずつ記憶の断片を取り戻していく。

 確か、今日も娘を助ける事は出来なかった。それから何かに操られた様に、頭が真っ白になっていって……そうだ、うっすらとだが覚えている。俺はあの女の子に……。

「お、目覚ましたか、おっさん」

 そばにいた銀髪の少年が彼に気付いた。

「……今、何がどうなっているんだ……?」

 一方、陽菜と結は上空で戦いを繰り広げている友人の姿を静かに見守っていた。

「……シロちゃんが戦ってるよ、結ちゃん……」

「うん、戦ってるね……」

「……かっこいいね……!」

「うん、かっこいいね……!」


 シロは近接での肉弾戦をやめ、空を逃げ回りながらの中距離からの魔術による攻撃に切り替えて戦っていた。頭に血が上り冷静さを欠いている分ガレインの動きは無駄に大きくなっており、先ほどまでよりも明らかに隙が増えていた。しかし、彼女の攻撃はたまにかする程度でほとんどがすんでの所でかわされる。さすが「魔導士」を自称するだけの事はある。

 あの「魔導士」……魔界で伝説となっている、魔術の父と言われている存在。現在確認されている魔術の大半は彼によって発見されたと言われている。それはまだ、悪魔が翼を持つ前の、悪魔と呼ばれる前の旧種だった時代の話だ。

「うがああああ!」

 ガレインはシロを捕まえようと腕を伸ばしてきた。彼女はそれを避けて距離を取ると魔術を放つ。彼はそれをかわしてまた腕を伸ばす……この繰り返しだった。体力と魔力が消費される一方だ。

 その時、ふたりの遥か下から冷やかす様な声が届く。

「やーいやーい、ガレインの馬鹿野郎~~~~!」

「……何!?」

 イヴが地上で叫んでいた。シロの予想通り彼は動きを止め視線を下ろした。

「貴様! 今何と言ったあっ!」

「馬鹿野郎と言ったんだよ、ジジイ~~~~~!」

「何だと……!? ん……? ……あ~~~~~~っ!」

 驚いた様にはっとし、ガレインはイヴを指差す。

「貴様はっ! あの時の……!」

「……ん? 何? あたしの事知ってんの?」

「ふっ、ふっ、ふざけるな! 俺様を本に封印したのは貴様だろうが! 忘れたとは言わせんぞ!」

「……ごめん、忘れた」

「にゃに~~~~~~~~!?」

 どうやらふたりの間には1000年前からの宿命があるらしい。だがイヴはその事をすっかり忘れてしまっている様だ……自分の名前さえ覚えてないもんね……。

「スタッグ!」

 ガレインが二本指をイヴ目がけて指すと、その先から突風が発生し地上へと吹いていった。

「……うおっ!?」

 イヴは慌てて吹き下りる風を避けた。突風は道路にぶつかり、コンクリートを大きく穿った。彼女はそれを見てにいと笑みを浮かべる。

「当たんないぞー! バーカバーカ! ガレインのバーカ!」

「このクソガキ~~~~~ッ! スタッグ! スタッグ! スタッグスタッグスタッグスタッグ……!」

 どんどん放たれる突風。イヴはあちこちを飛び回りながらそれらを次々に地上へ落とさせた。

「く~~~~~~、避けおって……! あちいっ!?」

「よそ見なんて、余裕ですね、ガレインさん」

 ガレインがイヴの相手をしている間にシロは魔術で彼の背中に火をつけた。彼は急いで魔術で火を消すと、ローブを脱ぎ捨て地上へと投げ捨てる。

「……おのれ王女……!」

「バーカバーカ! ガレインバーカ!」

「うるさあいっ! ……まずは王女を仕留めてから……!」

 彼はぴきぴきと血管を浮き上がらせながら再びシロへと迫って来る。

「馬鹿馬鹿馬鹿馬鹿馬鹿馬鹿カバ馬鹿馬鹿カバ馬鹿カバカバ馬鹿バ~カ!」

「むき~~~~~~~~っ!」

 シロの相手をしつつ時折地上へも攻撃……ガレインはふたりの相手を同時にしていた。


「よしよし」

 大分理想通りの形にコンクリートが削られた所でイヴはシロから受け取った札を手に取った。

「来な、サタン!」

「ウギ~~~~~~~~ッ!」

 唸り声と共に現れたのは七聖獣の一匹、暴れ猿サタンであった。常に何かに憤怒している様な凶暴な性格なのである。

「よーしサタン、仕事の時間だよ」

「あ? お前シロじゃねーなァ! 俺は王族以外の命令は……」

「あんた忘れたの? あたしの顔」

「あァ? 馴れ馴れしく……ん? お前……なーんか見覚えがあるなァ。名前は忘れたけど」

「この紋所が目に入らぬかあ!」

 彼女は時代劇よろしく左腕の守護の印を仰々しくサタンに見せ付けた。

「あたしはエリシア王家のイヴちゃんであるぞ! わかったならさっさとあたしの命令を聞けい!」

「わかったようっせーなァ! で? あの男と戦えばいいのか?」

 サタンは空中のガレインを見上げて言った。

「んにゃ、道路工事」

「何だと!? それだけのために俺を召喚したのか!?」

「だってー、力仕事は疲れるじゃないのさー」

「……まあいい。今日は怠惰フエゴの奴もいねー様だし……落ち着いて仕事が出来そうだ」

「まだ仲悪いの? あんた達」

「うっせぇ! あいつとは気が合わねーんだよ! ちゃちゃっと仕事終わらせてやるよ!」

「そこら辺にいっぱい穴が開いてるから、綺麗に繋いどくれ。あれの魔法陣を掘りたいんだ。形は覚えてるだろ?」

「任せろ!」


「ぐっ!」

 シロはついにガレインに首を掴まれビルの壁に打ち付けられた。衝撃で窓ガラスにひびが入る。

「ようやく捕まえたぞ、王女……!」

 大きな手がぎりぎりと少女の細い首を締め付ける。呼吸が苦しくなってきた。

「うっ……くっ……! げほっ!」」

 身をよじりながら彼女は必死に抵抗した。脚をばたばたと動かすが、ガレインまでは届かない。力が入らない両手で何とか彼女の首まで伸びる太い腕を掴んだ。

「ぐっ……!」

「無駄だ。貴様はこのまま死ぬのだ」

「ううっ……! ……バッ……ツ……!」

 シロの十本の指先がガレインの腕にぷすりと突き刺さる。痛みに耐え切れず彼は声を上げた。

「ぬおおっ! ……おのれえええっ!」

 ガレインは腕一本でシロを持ち上げるとそのままぐるりと回転し地上へと放り投げた。

「スタッグ!」

「! いけない!」

 無防備に落下していくシロに襲い掛かる突風に対し、ルシフはすぐに結界を張る。

「ぬう……! なかなかの魔力だ……!」

 彼は思わず少しだけ退いたが、結界の破壊と引き換えに風を防ぎ切る事が出来た。

「シロ様!」

 その直後シロの進行方向に幾重にも薄い結界を作った。追い風で加速を付けたシロはその盾を全て突き破っていき、勢いを衰えさせながら地上に墜落した。

「シロ!」

 イヴの叫び声と同時にサタンが即座に彼女の元へ行き担ぎ上げると、素早くイヴへ投げ渡す。

「生きてるぞ!」

「シロ! シロ!」

 彼女は弱っていたシロの体を抱き留めると声をかけた。目はうっすらと開かれ、息をしている。

「……おばあ様……」

「しっかりしな!」

「……大丈夫……立てるよ……」

 シロは震わせながら地に足を着けた。それを支える様にイヴが肩を持つ。

「まだ……やらなきゃいけない事が……あるもんね……!」

「ああ、最後の一仕事だ……!」

 サタンが道路を削りながらふたりの前に転がってきた。見ると、ガレインが地上に下り立ち、ゆっくりとこちらに向かって来ていた。サタンと拳を交えたのだろうが、彼は容易く突き飛ばされてしまったのだ。

「……ちょっと体張っちまったが、これで仕上がりだぜ……!」

「でかした。下がってな」

「……貴様ら……」

 男は静かに近付いて来ていた。怒りの籠った鋭い目で少女らを睨み付けて。

「殺す。今ここで、俺様が」

「やれるもんならやってみなよ」

「その様子だと王女はもうほとんど戦えない。あとは貴様だけだ。1000年前からの因縁、ここで立ち切らせてもらう」

「死なないけどね、あたしは」

「何?」

 彼はぴたりと足を止める。もうすでに入って・・・はいる。まだだ、まだもう少し先へ来い……。

「不老不死なんだよ、あたしは」

「不老不死……まさかとは思ったが……」

 ガレインはまた踏み出した。

「ならその秘密、教えてもらうぞ!」

 ……かかったっ!

「ぬおおっ!?」

 突如体勢を崩し彼は地面に倒れ込む。

「なっ……何だ……これは……!?」

 上から何かに押し潰されている感覚……何か物凄く重い物が彼の全身に落ちて来た様な……。

「くっ……!」

 立ち上がろうとするが出来ない。腕を動かそうとしても上がらない。文字通り彼は身動きひとつ取れなかった。

「ぬあっ……!」

 そして、次第に声を出す事すらも困難になってくる。

「シロ!」

「うん!」

 ふたりは先ほどサタンが転がってきた道路の溝に手を着けた。その溝は複雑な模様の大きな魔法陣へと繋がっていた。ガレインの上空からの攻撃とサタンの手により掘られた物だ。そしてその魔法陣の中心には今、地に伏せているガレインがいる。ふたりは掌から魔力を放出し、魔法陣へと送り始めた。

「ぬあっ……何だぬあんどぅあこの術はくおのじつは……!」

「エリシア王家にだけ伝わる秘術だよん」

「重力を操る……グレイティヴ」

「今日は半月だし、重力を強くするには持ってこいの日だにゃ~」

「月の引力の影響が最も弱い夜」

「くっ……! じ、重力を変化さじうりおくをへんくあすあさせたすあせとぅあだとどぅあとぅおおおおおおおおおおお!?」

「あたし達はこの溝を通してその魔法陣に魔力を送り続ける事が出来る。んであたしは魔界と繋がってる。これがどういう事だかわかるかい?」

「……!? ふぐあふごほげほご……!?」

「無尽蔵なんだよ、あたしの魔力は。つまりさ」

 イヴが嫌味たらしい笑顔を作って言葉を溜めた。

「あんたが死ぬまで術を続けられるって事だよ」

「う、が……ぐあああああああああああああああああっ!」

 鈍い音が響き渡る。おそらく、ガレインの体中のあらゆる骨という骨が今砕かれているのだろう。その苦痛で悲鳴を上げたくても彼はそれさえ出来ないのだ。

「んぐあっ!!!!」

 やがて振り絞った様な奇声が飛び出て、音がやんだ。

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