第63話 ホワイトアウト
「はっ!」
目を開けた時、シロは自室のベッドの上だった。起き上がるとパジャマを着ている事に気付く。カーテンを開けてみる。外は明るい。朝の様だった。
「……?」
すぐさま思考を巡らせる。確か、イヴと共に時間のループの原因を調べに行ったはずだ。それからどうなったのか……。
段々と思い出してきた。あの雑踏の中でついに魔力の出所を突き止め、イヴが悪魔と思しき男に向かっていったはずだ。その後は……。
……駄目だ。思い出せない。あの時、あの男は何か呪文の様な言葉を叫んだ。すると不気味な感覚に包まれて、それから、それから……やはり、その後の記憶が無い。時間はどうなったのだ……?
コンコン、とノックの音がした。
「シロー……起きてるか?」
「……あ、うん!」
扉の向こうから聞こえてきたのはクロの声だ。
「そろそろ準備しないとまずいんじゃねーの?」
「えっ……?」
彼女は時計を見た。
「ご……ごめん! すぐに起きるよ!」
時間はまたしても巻き戻っていた。もう何度目だろう、三月三十日は。
電車の中、シロは皆と少し離れた席にイヴとふたりで座り、状況を確かめ合っていた。昨日あれからどうなったのか、聞いておく必要がある。
「イヴさん……昨日、あの後どうなったの……? 私、覚えてなくて」
「いやー……それがあたしも覚えてなくて……」
あはは、と彼女は苦笑した。
「もしかしたら
「でも、あの時はまだ昼だったよ?」
「術の発動を早まらせたのかもしれない。あたし達に見付かっちゃったから」
「なるほど……だったら、それまではわざわざ夜明けまで待ってた物を、急に早まらせたって事だよね……そしたら、その分術者にも負担がかかるんじゃないのかな?」
「その可能性は大いにあり
イヴは深刻な表情で爪を噛む。
「とにかく、今日も奴はあの街にいるみたいだ」
「うん、私も感じるよ……昨日よりも強く」
「目の前で直に魔力に触れたから体が記憶してるんだろうね。けど、やっぱりこれも、逆の事も言えるんじゃないのかな……」
「逆の事?」
「……要するに」
そこまでイヴが言いかけた時、車体が大きく右に傾き、ふたりの体は宙に浮いた。
「きゃっ!」
シロの体が強く打ち付けられる。今まで壁だった物が急に天井に変わり、彼女の上には人が降ってきていた……!
「……! ア、アトルフ!」
彼女の呪文によって落下していた乗客達の動きが急速に鈍くなっていく。だがまだ止まらない。
「アエルリース!」
続けて発されたイヴの声の後、彼らはそのスピードのまま放射状に各方向へと飛び上がっていった。車体が耳を
「……ありがとうイヴさん……」
「あたしもこんな所で大勢の人の下敷きになるのはごめんだよ……あんただけで十分」
シロのクッション代わりになっていたイヴが嫌味混じりに言った。
「あ……ごめん」
「やれやれ……これはまた、ちょっぴり面倒になってきたかもね……」
現場にはすぐに警備隊や警官、救急隊が駆け付けたが、幸いな事にこの事故での負傷者は皆軽傷で済んだらしい。クロ達にも特に怪我は無かったが、念のため病院で診てもらう事にした。
「う~……怖かったよお……!」
「怖かったよーシロ~~!」
「……よしよし……」
両サイドから頬をすりすりとこすりつけられながら、泣きそうな声になっていた友人ふたりをシロはなだめていた。
「うえ~ん! シロちゃん可愛いよ~! すりすりすりすりすりすりすりすり」
「ほんとだねえ! 天使だねえ! すりすりすりすりすりすりすりすり」
「……あ~はいはい……よしよし……」
うえ~ん、などと言っているが泣いてはいなかった。この状況に乗じて思う存分シロを愛でようという魂胆は見え見えだったのである。だが、彼女らが恐怖を感じたのは事実だろう。もしかしたら死んでいたかもしれないのだ。当然シロはその不安を察していたため、今は出来る限り擦られたかった……いや、そう言うと語弊があるかもしれないけど! 私の頬で安心出来るのならどうぞいくらでも捧げますから……あ、あと私は天使じゃないから。
という訳で一行は桜駅の近くの病院へとやって来たのだった。例の悪魔の事はあるが、今は友人の診療が優先だ。
だが、この行動が思いもよらない展開になりつつあった。
「……この感じ……!」
偶然か必然か、皆で訪れた病院から昨日確かに目の前に感じた魔力の気配が流れてくるのである。
「これはラッキーだったかもねえ」
「イヴさん、さっきの事故って……」
「わかんない。本当にただの事故だったのかもしれないし、あるいは……」
「攻撃だったと?」
「本人に聞かなきゃわかんないね」
対面した事でより強く相手を感じる事が出来た。ならばそれは向こうにとっても同じ事。あの男も同じ様に、昨日までよりもはっきりとシロとイヴを感知している。
「……私達だけじゃなくって、関係の無い人達まで巻き込んで……私……許せないよ……」
全員の診察が終わり、やはりこれといって大きな怪我を誰もしていなかった事がわかるとシロは改めてほっとした。と同時に、ある感情が彼女の心の中で大きくなってきているのがわかった。
「ちょっと予定が狂っちゃったけど、これから楽しいお花見に行きましょ~!」
病院から出て事故で暗くなった雰囲気を仕切り直すために陽菜が明るい声を出した時だ。グループの一番後ろにいたシロだけが足を止めた。
「……ごめん、ちょっと先に行ってて」
「ほえ? どうしたのシロちゃん」
「……お前もしかして、やっぱりどっか怪我してたのか?」
「ちーがう違う! そんなんじゃないって! ねーシロ」
ただひとり事情を知っているイヴが誤魔化す。
「ちょっと忘れ物しただけだもんね……っ!」
何かに気付いた様に突如イヴの顔から笑みが消えた。シロの後ろ、病院の玄関を見つめている様だった。
「……」
見ずとも感覚ですでに王女にはわかった。そこに立っているのはあの男だ。
「……」
この時の彼女の目は、かつてないほどに鋭く尖り、まるで獲物を見付けた獅子の様に、一度彼をその瞳に捉えると決して逸らす事は無かった。ただじっと彼を睨んでいた……そう、この時王女は睨んでいたのだ。敵として。
「……また娘が死んだ」
「……え?」
目を合わせた途端、思わぬ言葉が聞こえてきた。娘が死んだ……?
「俺の……俺
本を持つ男からはぞわぞわと邪悪な気が放たれていた。思わず身震いしそうなほどだ。
「だが……少々遅かった様だなあ!」
彼は本を開き駆け出すと、シロ達に向かって来る。何かまずい……昨日よりも、もっと、もっとまずい……! シロは直感的にそう思った。
「おいおい……何かヤバい雰囲気か?」
状況を飲み込んでかクロが素早く彼女の前に躍り出る。男との距離はどんどん近くなっていた。
「だ……駄目!」
シロはクロのシャツを掴むと、ぐいと180度体を回し彼を……皆をかばう形になる。
「うわっ! 何すんだよ!」
「シロ!?」
「エヴォッシュ!」
彼女が手をかざすと同時に、クロ達は後方に突き飛ばされた。男はシロのすぐ後ろにまで迫っていた。
「逃げて……みんな逃げて!」
そして―――。
「……シ、シロ……?」
「シロちゃん……?」
男と共に、シロの姿は一瞬の内に消えていた。
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