第61話 接触

 翌朝眠りから覚めたシロは、体を起こす前に昨日・・の事をじっくりと思い出した。

 イヴから聞いたとんでもない話。今日という日がずっと繰り返されている。

「……よし、覚えてる」

 昨日も今日であった・・・・・・・・・事を認識している事を確認すると、彼女は部屋を出た。時の魔術にもう意識までは縛られていない。

 テレビではやはり昨日・・と全く同じ内容が放送されていた。今日も三月三十日だ。

 シロは昨日・・と同じ様に行動した。クロが起きてくるのを待ち、揃って朝食を取り、それから家を出ると、駅でイヴたちと合流し、皆で電車に乗る。

 ここからが昨日と違うのだ。桜駅の駅舎を出れば昨日は、いや、今まで・・・はずっとそのまま山上公園へと向かっていたが、今日は違う。歩き出そうとした一同にシロは申し訳無さそうに声をかけた。

「あの……実は……ちょっと私とイヴさんと用事が出来ちゃって……」

「え?」

 返事をしたのは陽菜だ。

「悪いんだけど、その……ちょっと適当に時間を潰してて欲しいの……」

「適当にって、どのくらいだよ?」

 今度はクロが尋ねる。

「え~と……わかんないけど……ゆ、夕方までかかる……かな?」

「夕方あ!?」

 というのも、正直どのくらい時間がかかるのか見当が付かないため、適当に答えるしかないのである。

「だ、だからその、わ、悪いんだけど見るのは夜桜にしてもらえないかな……」

「夜桜……か」

 満更でもない様子で結が復唱する。

「それもいいかも」

「でも、夜までかなり時間あるよ……?」

 薫が戸惑った。時刻はまだ十一時半だ。

「みんなにはほんとに悪いんだけど、適当に街でもブラついててくれないかにゃ? イヴちゃんからのお願い~!」

「いい年こいて、少しも可愛くないんだよ」

「あ!?」

「用事が出来ちゃったならしょうがないとして……じゃあ、何時にどこで待ち合わせようか」

「えーと……とりあえず、6時にここで」

「6時……あと6時間以上……」

「ほっ、ほんとごめんね!」

 再び謝るとそそくさとシロはイヴの手を取り皆から離れていった。なかなか強引なのは自分でもわかっていたが、かといって事情を説明した所でどうしようもない事も明らかだ。

「さてさて、なるはやで終わらせますかね」

 数メートル走った地点で速度を落とし、イヴが先導を始めた。

「本当にこの辺りにいるの?」

「うん。いるね。わかるよ」

「それも魔術でわかるの?」

「魔術というか、感覚。魔力を持たない人間だらけのこの世界で、こんだけでかい魔力持ってたら嫌でも感じるよ」

「……私にはわかんないなあ」

 シロは目をつぶって意識を集中させてみるが、魔力を感じるという感覚はわからなかった。するとイヴが立ち止まる。

「エシヴィテンス」

 そう言って指先をシロに向けた。

「……今のは……」

「感覚を鋭くする術」

「……」

 仄かに、遠くの方にシロは何かを捉えた。鳥肌が立つ様に、全身がざわざわとうっすら反応している……これが他人が纏っている魔力の感覚……。

「ちょっとだけわかるかも」

「上等。さすが王女様」

「そう遠くはないんだよね?」

「そうだね」

「すぐに解決するといいんだけど……」

「簡単に終わると思う? こんなでっかい術使う奴だよ?」

「……」

 最悪、戦闘になる可能性も十分ある……あまり気は進まないが。

「向こうに渡ろうか」

 イヴは横断歩道の向こうを指差した。歩行者天国への入口のひとつだ。桜駅の周辺にはファッション・ショップや雑貨屋など若者向けの通りが何本も交差しながら広がっている。日中は歩行者天国となっており、今日が休日という事も相俟あいまって人はかなり多い。こんな街中で騒ぎは起こしたくないものだ。

 ふたりは通りに足を踏み入れた。主に二十代と見られる男性、女性がガヤガヤと歩を進めている。仲のいい友人同士、付き合っているカップル……あちこち店に目を向ける者、黙々と人混みをすり抜けていく者……。

「あ!」

 イヴが突然嬉しそうな声を出した。

「えっ? 見付かった?」

「あそこのアイス美味しそう!」

「……もう……またそんな事……」

「せっかく来たんだからさ、楽しまなきゃ」

「のんきな……」

 これからどんな事が待ち受けているのかわからないというのに……だが、彼女は1000年もの間生き続けている魔女だ。魔力も豊富であるし、魔術だってシロが知らない物もたくさん知っているはずだ。怖い物は無い、といった所なのか。


「ん~……」

 駄菓子屋で買ったペロペロキャンディーを頬張りながらイヴが唸る。もうかれこれ一時間半は練り歩いている。人混みの中を行ったり来たり。

「確かにこの辺りに感じるんだけどねえ……正確な位置がわかんないな……ん!」

 その時ぴたりと足を止めた。

「……今度は何? クレープ? パン?」

「……」

 シロの問いかけには答えず、彼女はにっと八重歯を見せた。

「見付けた!」

「え!?」

 彼女はぐるりと180度体を回すと、脇目も振らずに駆け出した。シロも慌ててその後を追う。

「きゅ、急だね! ほんとに見付けたの?」

「ああ! ばっちりわかる! 急に膨れ上がった!」

 道行く人の間を掻いくぐっていくイヴを見失わない様に、時々ぶつかりそうになりながらもシロは必死に走った。

 ……ちょっと待って? 急に魔力が膨れ上がったのはどうして……?

「ねえイヴさん!」

「ああ! 何で急に反応が強くなったのかってでしょ!? 何かやらかすね!」

 彼女も当然気付いていた。ニ、三百メートルほど人混みの中を走った後、彼女達はとある角を曲がった。

「ここだ!」

ふたりの目に真っ先に飛び込んできたのは救急車だった。一台の救急車が歩行者天国に進入し、路上に停まっている。すぐそばの店には別の車が突っ込んでいた。

「じ、事故……?」

「あそこ!」

 イヴに促されて示された方向をシロは見た。三十代半ば頃のキャップを被った男がひとり、わなわなと震えながら道路に膝を突いていた。手には図鑑の様な大きな本が持たれている。

「あの人が悪魔? ……まさかあの人がこの事故を……?」

「うわあああああああああああああああああああ!」

 男がわめきながら何かを唱えた。瞬間、シロもイヴも、ごくんと何かに飲み込まれた様な感覚に襲われる。得体の知れない空気が体を丸ごと包み込んだ。

「何、この感覚……!」

「まずいっ!」

 イヴは声を上げ、男目がけて踏み出した。

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