第60話 ダビングデイズ

 三月も終わりの頃。もうすっかり暖かくなった朝に少女は目を覚ました。今日は陽菜や薫達と市の中心部に花見に行く事になっている。

「……?」

 体を起こすと妙な感覚が彼女を襲った。そう、今日は花見に行くのだ……。

 昨日も行かなかったか?

 いや……シロは卓上カレンダーに目をやる。

 今日は3月30日……昨日は29日だった。当たり前だ。何をわざわざ確認しているんだろう、私は。

 その後リビングへ行き、クロが起きてくると何となく彼に尋ねた。

「……ねえ、何か変な感じ……しないよね……?」

「? ……別に、いつも通りに見えるけど? ……もしかしてお前、熱でも出したのか?」

「う、ううん。何でもない」

 やっぱり気のせいだよね、と気を取り直し、彼女は朝食の準備を始めた。


「おお~~~~これが桜! ジャパニーズ・ハナミ~!」

 しかし、山上公園に着きはしゃぐイヴを見て、シロはまたしても同じ感覚に襲われた。彼女の今の言葉、前に聞いた事がある様な気がする……。

「やっぱりアメリカのとは違うの?」

 ぼんやりと考え事をしていたシロに隣にいた陽菜が問いかけてきた。ア、アメリカ……?

「そ、そうだね」

 聖道学園に編入した時の自己紹介を思い出しはっとして答える。そういえばそういう設定にしておいたっけ。

「ね、ねえ陽菜……前、ここに一緒に来なかったよ……ね?」

「? え? ……シロちゃんが編入してきたのは去年の5月だったし……その時はもうとっくに桜なんて散っちゃってたし、来た事は無いはずだけど」

「だ、だよね。そうだよね」

「も~う、勘違いするシロちゃん可愛いんだから~!」

 そう言うと陽菜はいつもの様にぎゅっとシロをホールド。シロはぴたっと密着された。

「2番紫宮、行きます!」

 その反対からはその様子を見ていた結が同じ様に飛び付いてくる。

「最終兵器イヴちゃん行きます!」

 そして正面からイヴ。雁字搦がんじがらめになりシロは完全に動きを封じられるのだった。

「……重いです」


 適当な場所をイヴが陣取ると、各々はビニールシートを広げてくっつけ、一枚の大きなシートにし、そこに皆で座って花見を楽しんだ。食事をしたりおやつを食べたりトランプをしたり適当に話したり……途中、クロと薫が携帯ゲーム機を取り出した時には女子(イヴを除く)がせっかくの花見なのだからとすかさず止めに入った。

 午後二時頃になるとシートを畳んで下山し、シロ達が暮らしている市の南部には決して無い若者向けの店が並ぶポップ・カルチャー・ストリートを歩きつつ、時折その店内に入りながら駅へと戻っていった。

 そして、電車に乗って見慣れた南桜駅に着いたのは夕方だった。帰り道で徐々に友人達と別れていきシロとクロとイヴの三人になった時、イヴが突然シロの手を取った。

「ごめんクロ、シロちょーっと借りていい?」

「? 別にいいけど……ってか俺の許可取る必要ねーだろ」

「いやー、そこは一応取っとかないと……ねえ?」

「なっ……何だよ! どういう意味だよ!」

 彼は頬を赤く染める。

「おやおやあ? 顔が赤くなってますよ~?」

「なっ……なってねーよ! じゃあ先に帰っとくからな!」

 ぶっきら棒に返すとクロはひとり、再び道を歩き始めた。

「……な、何イヴさん?」

 ふたりのやり取りに変な想像を働かせ勝手な解釈をして湯気が出そうなほどに熱くなっていたシロは、それを隠す事が出来ないままイヴに自分を引き止めた理由を聞く。

「あんた……ようやく気付いたね」

「え?」

 彼女の表情はからかっていた物からすっと真面目な物に変わっていた。

「ま……立ち話も何だし、とりあえずどっか座って話そうか」


 十数分後、近くの公園のベンチにふたりの姿はあった。

「あんた……今日をどう思った?」

「どうって……楽しかったけど」

「それだけ? 他には?」

「他には……」

 イヴは変わらず深刻な表情でいた。シロは少し考えて、朝からうっすらと覚えていた既視感の様な物を話そうかどうか迷った。だが、言った所でどうせ勘違いだろうと笑われるだけではないかとも思いすぐには言い出さなかった。

「昨日はどうだった」

 するとイヴは急に話を少し逸らす。

「昨日……は、一日中家にいたよ。本読んだり、テレビ見たりして」

「それは本当に昨日だったかい?」

「? ……どういう事? 昨日だけど……」

 とシロが言いかけたその時、どくん、と彼女の心臓の音が内から聞こえた。え?

 いや……違う……?

「今日は本当に、初めての今日だった?」

「……え?」

 イヴの口から奇妙な言葉が飛び出す。初めての今日、とは一体どういう事だ。

「同じだと思わなかったかい? ちょっとおかしな言い方だけど、同じだという違和感・・・・・・・・・が無い?」

「同じだという違和感……?」

 ……そうだ。それは、朝からシロが抱いていた感覚の答えだ。そうなのだ。前に一度経験したことがある様な……そんな、いつかの日と重なる、同じ様な違和感……やはり気のせいや勘違いではなかった。イヴも今、同じ感覚を持っている。

「あんた陽菜に言ってたよね? 前一緒に来た事が無かったかって」

「う、うん……何かそんな気がして。イヴさんも?」

「来た事が無いも何も、あたしが数えただけでも7回目だよ、今日が今日なの・・・・・・・が」

「……? どういう事?」

「繰り返されてるんだよ、今日が」

「……え……?」

「だから、夜が来て、朝が来たらまた今日・・の始まり。昨日も、そのまた昨日も今日・・だった」

「……ちょっと待って、ずっと同じ日が繰り返されてるって事?」

「そういう事。ったく、ようやくあんたが気付いてくれた」

 気付いたのはいいが、信じられない。同じ日が繰り返されるだなんて……。

「みんなその事に気付いてないっていうの?」

「多分ね。事実、あんたも昨日まで気付いてなかった……あー、昨日っていうか、今日なんだけど……あーややこしー!」

「ごめんイヴさん、私まだ混乱してる……ずっと今日が続いてるって……」

「ま、無理もないだろうね。あたしも訳わかんなかったもん」

「もしそれが本当だったとして……ううん、私もそんな気がする……というか、違和感があるから確信がある……この状況は、もしかして……」

 王女は考えつく唯一の要因を口にした。

「魔術……?」

「それ以外に考えられないね」

「どっ……どういう事? 同じ日を……時間を繰り返す魔術なんてあるの? 私は聞いた事も無いけど……!」

「もしくは時間を巻き戻す術……ま、どっちにしろ時間を思い通りに操るなんて術、あたしも知らないね」

「イヴさんでさえ知らない術……?」

「あたしだけが最初に気付いたのも、魔力の強さもあるだろうけど、時間のエネルギーに何かしら関わっているからかもしれない。あたしの体も時間に縛られてる様なもんだからさ」

「どっ、どうするの!? 同じ日が繰り返されるなんて……明らかにおかしいよね?」

「そうだね、まずは原因……いや、理由を突き止めなくちゃいけない……何でこんな事するのかをね」

「って言っても、何の当てもないよ……? この街にその悪魔がいるのかもわからない」

「いや、いる」

 イヴは目を尖らせる。

「え?」

「夜から朝になる時……今日から明日、あー、今日なんだけど、になる時、物凄いエネルギーがこの街を中心に放たれていくのを感じた。多分あれがタイム・ループのエネルギーだ。気付いたらあたしはギルの家に戻ってたよ。外にいたのにさ」

「この街に、そんな凄い術を使う悪魔が……?」

「この辺りじゃないね。桜市の中心部……ちょうど今日、今日きのう今日おとといも行ってた、あの辺り……」

「じゃあ、その人に会ってどうにかしてやめてもらわないと……! やめてもらわないといけないよね……?」

「当たり前だよ。あたしが言うのも何だけど、条理に反してる。時間は不可逆的に進まないといけない。そういうもんだ。事象は正しく起こらなければならない」

 彼女は少し悲しげな顔をした。イヴが、自分自身の存在を否定的に捉えている様なニュアンスが今の彼女の言葉からシロにもわかった。

「これはあんたの仕事でもあるんじゃないのかい? 魔界の王女、シエル・オ・エリシアとしてのね。だからあんたが気付くまで待ってたんだよ」

「うん……! 好き勝手にされては困るよ……!」

 この時王女の心には、得体の知れない大きな恐怖に立ち向かう勇気が湧いていた。またそれと同時に小さな疑問も生じていた。自分は今、なぜこんなにも強い使命に駆り立たされているのか。今自分を突き動かしている、心の根底にあるものは何なのか。自分自身に問いかける。

「じゃあ、明日……っても今日だけど、動くよ」

「うん!」

 終わらない今日から抜け出すため、ふたりの少女は立ち上がった。

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