第28話 アイスクリーム・シンドローム
蝉の鳴き声が少女の耳を塞ぐ。テレビの中では初老のコメンテーターが何かを熱心に語っていた。話題はこの国の国際関係についてだろう。その様なテロップが表示されている。
生
暑い。そんな夏休みの、ある日の午後。
シロは時計にちらりと目をやる。気が付くと三時を回っていた。
「3時を過ぎてる……という事は……おやつの時間だ……!」
すっくと立ち上がりキッチンに向かう。目的は冷蔵庫に入っている、あれだ。彼女は勢いよく最下段の冷凍室を開けた。この時を待っていた。この灼熱の世界から私を解放してくれる、この時を……!
「……! ない……!」
しかし彼女は異変に気付く。昨日までそこにあったはずのアイスクリームはいつの間にかなくなっていた。昨日の時点では確かにあとひとつ残っていたはずだ。
原因はひとつしか考えられない。
「クロ~~~~~~~~~……!」
大方彼が夜中に起きた時にでも食べたのだろう。そうとしか思えない。というかそれ以外ありえない。私食べてないし……!
彼女はがっくりとうなだれた。楽しみにしてたのに、あれ……新発売の「シャリシャリきゅんビーフシチュー味」……どうやってアイスでビーフシチューの味を再現しているのかがとても気になったのに……。
「あう~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~」
冷凍室のドアを閉めるとシロはそのままゆっくりと床に倒れ込んだ。何で勝手に人の物食べるかなあ……ちゃんと言っといたのに……! 先日アイスをまとめ買いしてきた時にふたりで平等に分けたやり取りを思い出す。
「あ~~~~~~~~~~~~~~~~~暑いよ~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~」
楽しみにしていたアイスがない……食べられない……。
「んもうっ!」
不機嫌な声と共にがばっと起き上がった。
「食べる! 私はアイスを食べる!」
シロは出掛ける準備を始めた。
二十分後、彼女は最寄りのコンビニの前に来ていた。自動ドアをくぐるとひんやりとした空気が全身を包む。涼しい。このコンビニはロイヤルハイム浅川から徒歩五分程度だが、真夏の太陽の下、たった五分歩くだけでも十分に汗はかく。
一直線にアイス売り場に向かい、お目当ての商品を探す……しかし……。
……ない! ソーダ味もコーラ味もあるのに、ビーフシチュー味がない! どうして!?
「……つ、次よ、次!」
コンビニ二軒目。ない。
「…………そ、そっか。さっきと同じチェーン店に来ちゃったから、そりゃないよね……」
三軒目。前二軒とは別チェーン。ない。
「……ま、まだよ、まだ終わらんわよ!」
四軒目。ない。
「…………………………………………!」
ラミマもローリンもセダンも(以上全てコンビニ名)回ったが、どこにも置いていない。人気ないのかな、ビーフシチュー……。
「コ、コンビニが駄目ならスーパーがあるじゃない!」
という訳で彼女は今度は駅前商店街の行きつけのスーパーへと足を運んだ。いつもこのスーパーで食料品を買っている。先日アイスをまとめ買いしたのもここだ。
コンビニと比べると格段に豊富な種類のアイスが売られていた。これならあるかも……! まずは「シャリシャリきゅん」を探す……。
………………あ、あった! 「新発売」の文字と共にシャリシャリきゅんビーフシチュー味の売り出し広告が貼られている。よかった! やっと買える! 初めっからここに来ればよかった……! うきうきしながら一歩一歩近付いていく。
……が、しかし! 現実はそんなに優しくはなかった! シロが手を伸ばす直前に他の人間が取っていったのであるが、事もあろうにそれが最後の一個だったのだ!
ええ~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~っ!!
「そ、そんな……酷いよ……! 何かこういうの、前にもあった気が……!」
私、前世で新発売の商品に酷い事したのかしら……。
だが王女は諦めない。
「スーパーはまだ他にもあるもん!」
シロはすぐに交番に向かった。他のスーパーの場所を聞くためである。こうなったら、何が何でも食べてやる……!
次に彼女は少しだけ足を伸ばした。普段の生活圏からやや外れた場所にやって来たのである。先ほどお巡りさんに聞いた、駅前商店街の次に駅に近いスーパーだ。線路を越えて歩く事十五分。初めて駅の先に来た。ここまで歩くとさすがに疲れる……加えて、暑さも体力を奪う。
「……ここで終わらせたい……!」
意を決して店内に入る。初めて訪れるため少し迷って売り場に着いた。
あった……! スーパーなら売ってるんだ……! しかも、また最後の一個である。やっぱり人気が凄いのかな。最後まで気を抜かずに集中して腕を差し出す。その手はしっかりとシャリシャリきゅんビーフシチュー味を掴んだ。
や……やった……! やっと……やっと食べられる……!
レジに持って行こうと売り場を立ち去ろうとしたその時、彼女の背後からあっ! と声がした。
「な、何……?」
振り向くとつい先ほどまで彼女が立っていた場所に小さな男の子がいた。小学生の様だ。
「ビーフシチュー味ない……」
「……」
少年と目が合う。やがて彼の視線はシロの手へと移る。
「……」
「……」
こ、こういうパターンか~~~~~~~~……。
「お、おかしくないかなあ……私、涼むためにアイスを食べようとしてるんだよねえ……ど、どうしてこんなに汗かいてるんだろ……!」
五分後、見知らぬ道を再びさまようシロの姿があった。
「いや、あれはずるいよ……! だって、あんな子がいたら持ってく訳にはいかないじゃない……!」
結局アイスは少年に譲った。エリシア王家の者として、幼い者を無視してあのまま私欲のために行動する訳にはいかなかった。
「ク、クロ……帰ったら怒るからね……!」
更に歩く事三十分。今度は大型のショッピングモールに辿り着いた。こんな場所があったとは知らなかった。
「おっきい……!」
ファッションショップやゲームセンター、映画館まであるらしい。繁華街のお店が全部ひとつの建物の中に入ったみたい……色々と見て回りたかったが、今日の目的はアイスだ。食料品売り場に行かないと……。
その広さから時間がかかったが何とかスーパーのフロアに来た。さて、ここでは今度こそ大丈夫かな……?
「あ、あああああ……!」
ある。シャリシャリきゅんビーフシチュー味が、山の様に。ラスト一個などではない。これなら、これならどんな邪魔が入ろうとも確実に手に入る。感動だ。そして。
「は、はわあああああ……!」
会計を済ませた後、彼女は震える手でシャリシャリきゅんを持っていた。
「か、買えた……買えたよ……!」
確かに感じる。この掌に。冷ややかな感触。私は今掴んでいる。さまよい歩いた旅路の果てに、私はようやくこの時を手にしている……!
早速休憩用の長椅子に座り、袋を開けた。
「お、おおおおおお……!」
そこから顔を出した、真っ茶色のボディー。これが、これが探し求めたビーフシチュー味……。
一口、シャリッとかじる。
……!
こ、これはっ! 確かに、確かにビーフシチューだ! ほんのりミルクの味が効いてて、まろやかで……かつコクがある……美味しい! 彼女の心はきゅんとした。
溜まっていた疲れがどっと消し飛んだ。まさに至福の一時。それからシロは溶けるのに気を遣いつつ、ゆっくりと味わいながらシャリシャリきゅんを食した。
「いやー、これだけ苦労して食べたから、また格別に美味しかったなあ」
満足した気分で外へと出た瞬間。もわあっとした気持ち悪い空気が彼女を圧倒した。
「……っ」
ここから自宅までの所要時間、ざっと65分。夕方とはいえ、蒸し暑さは消えない。
「た、ただいま……!」
玄関に入ると同時にシロは汗まみれで床に頭から滑り込んだ。飛んで帰って来てもよかったが、まだ明るいため人目に付くと判断し歩いて帰って来たのだった。
「ぜい、ぜい、暑い……あ、あれえ……私、何のために出掛けたんだっけ……?」
「おー、お帰り。どこ行ってたんだ?」
クロがリビングから出て来た。ちなみに彼は昼間は友人の家に遊びに行っていたのである。
「ク、クロ……! 誰のせいでこんな事になったと……!」
見ると彼はアイス片手に立っていた。こ、この人は
「あー、そういや昨日の夜中にお前のアイス食っちまったからさー、買って来といたよ」
「……え?」
「同じ味が無かったから違うのだけど、2本やるよ。悪り」
「……」
……少女の中から怒りが静かに引いていった。ま、まあ、反省はしてる様だし、許してあげてもいいかな……?
「にしてもすげー汗かいてんなー。今食うか?」
「……うん!」
夕食前にも関わらず、シロは迷わず答えた。
その夜、こっそりと体重計に乗る王女の姿があったりなかったり。
そして。
「もう! また勝手に食べてるじゃない!」
歴史は繰り返されるのだった。
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