第29話 青天の霹靂
「ふああ……おはよー……」
シロが起床してリビングに出て来たとき、時刻はすでに十一時を回っていた。
「おう、おはよー。珍しいな、お前が俺より遅く起きてくるなんて」
そこにはソファーに寝そべるクロの姿があった。雑誌を読んでいる。彼が定期購読している天界の雑誌「ゴスペル・スペル」だ。クロが読み終えた後、何度か彼女も読ませてもらっている。音楽や芸能、ファッションなど天界の流行が載っている。ティーンエイジャーの天使達の間で人気がある雑誌らしい。
「うん。昨日ちょっと遅くまで宿題やってて……」
ふと彼が読んでいるページに目を通す。そこにはふたりの女の子が写っていた。これまた天界で大人気のアイドル・グループ「フェアリー・テイル」だ。彼女も何度か誌上で見た。ブロンド・ヘアーの二人組で、年齢は確かシロやクロと同じ……彼は熱心にその記事を読んでいる様に見えた。
意外だな、とシロは思った。クロって、こういうアイドルとか全然興味無いと思ってたのに……やっぱり、男の子なんだね。可愛い女の子が好きなんだな……少女は自分の髪を指でいじる。それとも、
もし、この真っ黒な髪を金色に塗り替えたらどうだろう、と彼女は想像してみた。
駄目、全然似合わないや。
でも、もしクロが「ごめん、俺金髪の女しか興味ねーんだ」とか言ったら、多分、迷わず美容院に行って染めてもらうだろうな。
その時、突如ドアホンが鳴った。
「? お客さん? 誰だろう?」
シロはまだ眠気が取れない
「……?」
そこに映った顔を見て、思考がやや止まる。あれ、この人、どこかで見た様な……エントランスにいるのは彼女と同い年くらいの少女だった。頭にかぶった麦わら帽子からは長い
「……」
顔を合わせた事は無い。だがどこかで見た事がある。会った覚えは無いがシロはこの少女を知っている。誰だっけ……。
「あ!」
その正体に気付いた時、彼女は思わず声を上げた。
「? どうした?」
クロは不審がって身を起こす。
「あ…………あ…………!」
シロはつい震えていた。だって……だって、この人……!
「何なんだよ一体……」
クロもモニターを覗き見る。その瞬間彼の表情も変わった。
「! ……な……! フィリィ!」
彼はマイクのスイッチを入れて客人に話しかける。
「お前……何で……!」
〈えへへ……来ちゃった〉
突然シロとクロの元を訪れた少女の名はフィリアンヌ。フェアリー・テイルのひとりだった。
「やー、連絡もせずに悪いわね」
部屋に上げるなりフィリアンヌは真っ先にアポイント無しの訪問をクロに詫びた。
「それにしても暑いわねー、境界」
手でぱたぱたと顔を仰ぎながら麦わら帽子を取る。室内にも関わらずブロンドの髪が輝いて見えた。
「何なんだよ急に……」
クロはやや不機嫌そうに返す。
「少しだけまとまった休みが取れたからさ、思い切って遊びに来ちゃった。ベル姉から住所聞いてさ」
ベル……って確か、クロのお姉さんの名前だ……。
「姉貴の奴、余計な事教えやがって……」
「あら、何よー。せっかくどうしてんのかしらと思って来てやったんじゃない」
「うっせー。誰も頼んでねーっつーの」
「あんたって……相変わらず生意気ねー……!」
「あの、はい、はーい……!」
シロは思い切って手を挙げた。さっきからひとりだけ会話に入れず置いてけぼりな気がする。
「あら? あなた……どちら様?」
やっと彼女の存在に気付いたらしく、フィリアンヌは尋ねてきた。
「あ、私は、えっと……シエル。クロの同居人」
「同居人!? って事は一緒に住んでるの!?
「えっ!? あっ、はい……今の所は……」
「人を暴力野郎みたいに言うな!」
「あら何よー。その言い方が乱暴なんじゃない!」
またしても言い合いが始まった。シロは再び割って入る。
「あのー! ……フェアリー・テイルのフィリアンヌさん……ですよね……」
「あら! 私の事知ってるの? 嬉しい! ……でも、何で? 境界ではリリースされてないんだけどなー、私達の曲」
「俺がちょくちょく見せてたからな、
「あ、そういう事か」
彼女はシロに向き直った。
「はい。フェアリー・テイルのフィリアンヌです。どうぞよろしく、シエルさん」
にこりとシロに微笑む。うう、可愛い……やはりアイドル。眩しい。
「あ、よろしく……それで、その、フィリアンヌさんはクロとはどういった関係で……?」
先ほどからのやり取りを見ている限りでは、ただの知り合いの様には思えない。クロは今まで彼女と面識があるなんて一切言わなかった。
「どういった関係って……」
フィリアンヌはクロの方を見つめる。彼も彼女を見る。あ、見つめ合ってる……ちょっとムカ。
「
「! ……いっ……!」
許嫁!? シロの頭に雷が落ちた。
「い……いい……許嫁っていうと、あの……その……!」
しどろもどろに言葉を繋ぐ。た、確か許嫁って……!
「うん。簡単に言うと、小っちゃい時に将来を約束した仲……かな」
「はうあっ!」
またしても雷。め、目が回ってきた……!
「しょ、しょうらいをやくそくしたなかっていうのは、その、つまり……」
「いずれ結婚する間柄って事ね」
「け……ケッコン……!? くらくら……」
「っと! 大丈夫か? お前……」
倒れそうになる所を何とかクロが抱え込む。
「うっ……うるさーい! は、離してよこの、浮気者……!」
「うっ!? 浮気者って! お前何言ってんだ!」
「ちょっとクロ、浮気者ってどういう事よ」
フィリアンヌも口を挟む。
「だーっ! お前ら落ち着け!」
「つまり、ふたりは幼馴染と……」
その後リビングのテーブルを挟み、シロと、クロ・フィリアンヌは向かい合って座っていた。
「うん。元々私達の両親が深い関係にあって、それでね」
……確か、クロのお父様もお母様も、もう亡くなってるんだっけ……。
「それで、幼い時に結婚の約束をしたと……」
「ま、そういう事かな」
「……」
私、打つ手無しじゃん!
シロはがばっと後ろを向いて涙を流す。
「にしてもあんた、シロちゃんに自分の正体ばらしてるのね」
うっ、き、気安くシロだなんて呼ばないでよ! そ、その呼び方は親しい人しか使わないの!
「え? ま、まあな。ちょっと色々あってな」
「さっきもシロちゃんに確認したけど、あんた乱暴な事してないでしょーね」
「してねーよ! お前は俺の保護者か!」
うう、クロとこんなに親しそうに話すとは……この女豹め……! 魔術で焼き殺してくれようか……!
「いやーこいつ生意気でしょ? 昔っからでねー……」
フィリアンヌがシロに話を振ってくる。あ、うん、確かにちょっと口は悪いかな、と彼女は答えた。
「なっ、シロまでそんな事言いやがって……!」
「ほーら、シロちゃんもそう思ってるんじゃない」
「大体お前だってな……!」
「……」
止まらないふたりの口論を聞いていて、シロの胸は何だか締め付けられた。ああ、この人は私よりもクロの事をたくさん知ってるんだ。私の知らないクロをもっとずっと知ってるんだ。
…………………………………………………………………………悔しいなあ。
「よし!」
突如フィリアンヌは立ち上がる。
「出掛けるわよ、クロ!」
「はあ? 急にどこへ」
「いいから! って訳でシロちゃん! ちょっとこいつ借りるね!」
「え? ええ……うん」
「? シロ? どうした? 何かお前元気ねーぞ」
「え? き、気のせいだよ!」
「じゃあ、ちょっくらデートに行ってくるね!」
デート、かあ。私もいつかしたいなあ。クロと、デート。
恨めしく、羨ましい眼差しで少女はふたりの背中を見送った。
お父様、私、今だったらいっその事天界に攻め入っちゃえそうです。
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