第12話 なかなか言えなくて……春

 その日の朝、クロノはいつもより少しだけ早く起きてきた。

「おう、はよー」

「お、おはよう」

 シエルは緊張気味に答えた。

「相変わらずえーなシエルは。今日は何時に起きたんだ?」

「いつも通りだよ。8時過ぎかな」

「そっかー……飯食うわ」

 まだ眠い目をこすりながら彼はキッチンへと入る。

「……」

 彼女は無言でそれを見届けてから顔をテレビに戻した。

 嘘です! ほんとは6時にはばっちり目が覚めちゃいました!

 さらに言うと昨日はドキドキしてなかなか眠る事が出来なかった。

 よ~し、今日こそは言うぞ。クロノに好きって。


 約束の十時にはクロノも支度を終え、予定通りにマンションを出た。


Scene 1:The outward


「ねえクロノ、繁華街ってどんなものがあるのかな」

「ん? さあなあ……駅前の商店街よりも店が多いんじゃねーの?」

「そうだね……どんなお店があるのかな」

「ん~……わかんねーなあ……」

 よ、よーし……早速言うぞ……!

「と、ところでさあ、クロノ。す……」

「す……?」

「す……」

「……す……?」

「……酢豚ってどう思う?」

「……は?」

「……お、美味しいよね! あの甘酸っぱいあんが何とも言えないハーモニーを口の中で奏でちゃうよね(意味不明)!」

「あ、ああ、そうだな……」

 ……。


Scene 2:The shopping street


 行きの道では結局言う事が出来ないまま、目的の商店街へとやってきた。繁華街の中心地であり、ここも駅前同様アーケードとなっている。雰囲気は少々違い、所々に設置されているスピーカーから音楽が流れている。若者が好きそうなポップなものだ。

「ここが繁華街……何だか駅前とはまた少し違うね」

「そうだな。こっちの方が色々とありそうだし」

 確かに駅前と比べるとまず通りが長い。さらに今ふたりがいる通り以外にも並行して四本の通りが存在する。そのため店舗数が多くなるのは当然だ。そして店舗の種類にも色々なものがある。服屋はもちろんだがその他にも雑貨屋や複数階建ての中型書店、居酒屋などなど、駅前とはまたがらっと表情が違う。

「これは退屈せずに済みそうだね」

「少しはな」

「それじゃ色々見て回ろうよ!」


Scene 3:Lunch time


 正午を回った頃、ふたりは前回と同様ハンバーガー・ショップに入った。駅前の商店街にあった店と同じチェーンだ。

「またハンバーガーか」

「この間食べた時に好きになっちゃって、また食べたくなったから……駄目だった?」

「いや。お前が食べたいものを食べればいいさ」

 クロノは少しだけ頬を緩めた。

 注文した商品を受け取り席に着いた時。

 さっきお店を回った時にいっぱい時間があったのに、結局言うの忘れてたああああああっ。

 という事にシエルは気付いた。店を見るのにすっかり夢中だったのである。

「……どうした……? 頭痛いのか?」

 両手で頭を抱える彼女を見てクロノは気遣いの言葉をかける。

「えっ!? ううん大丈夫」

 じゃあ、だったら今こそ言えばいいんだよ!

「あ、あの、クロノ!」

「ん? 何?」

 彼はハンバーガーをくわえながら彼女の顔を見た。目が合った。

「……!」

 む~~~~~~……!

 目と目が合うとやはりいつも以上にどきどきする。だけど、負けないぞ。少女は少年の瞳を見つめ続けた。

「す、す、す、す、す」

「す……?」

 好きって言うぞ。好きって言うぞ。好きって言うぞ。

「す、す、す、すき……」

 言えた!

「焼きってどう思う!?」

「……今度はすき焼きか……」

 ばかあああああああああっ!


Scene 4:The bayside


 昼食を終えると商店街から出て繁華街の外れへとやってきた。ここまで来ると海が近く、食事中にシエルがせっかくだから海を見たいと思い付き、湾岸の臨海公園へと向かったのである。ふたりは正面入口から入り、真っ直ぐに奥にある湾岸部を目指した。平日という事もあって人は少ない。途中にある噴水広場ではベンチに座って新聞を読んでいる老人や、ベビーカーを押す母親がいた。

「冬になるとイルミネーションが綺麗らしいんだよ、ここ」

「へー。イルミネーションねえ」

「そしたらさ、また来ようよ」

「冬は寒いから嫌いなんだよなあ……」

「あ、そうなんだ……」

 覚えとこう、とシエルは思った。クロノは寒いのが嫌い、と。

「でもま、1回ぐらいなら見といていいかもな」

「ほんと? じゃあ行こうよ」

「覚えとけばな」

「もう、じゃあ毎日言うよ」

「わかったわかった。約束な」

「約束……うん、約束」

 約束……今の彼女はこの言葉の響きにときめいた。約束、それは互いの未来を一緒に決める事。この時のシエルは冬になり再びこの場所を訪れるふたりの姿を想像し、胸が高鳴った。それまで一緒に過ごせる事を想像し心が躍った。

 だから、その高ぶる気持ちを引き金にして、今ならきっと言える気がした。自分が抱えている思いを。目の前にいるあなたに。

「……あのさっ」

 少女は二、三歩跳ねてくるりとクロノに向き直った。そのまま後ろ向きで歩き続ける。

「……私ね……」

 その時、どん、と何かにぶつかった。後ろ向きだから気が付かなかった。

「ひゃっ! ご、ごめんなさい!」

 振り返ると、そこにいたのは大柄な男だった。

「ああ、別に気にせんといて……」

 彼は慌てるシエルに穏やかな態度で接したが、彼女の顔を見ている内に次第にその表情に変化が訪れる。

「……!」

 突如元来た方向へと走り始めた。何かに焦っていたようにシエルには感じられた。

「おい、大丈夫か」

「あ、うん。平気」

「何だったんだろうな、あのおっさん。何かお前を見て逃げたみてーだったな」

「え?」

「いや、冗談だよ。そんな風に見えただけさ」

「……」

 私を見て逃げた……? 確かに私の顔を見て急に表情が変わったように見えたけど……仮にクロノのその冗談が本当だと仮定したら、私を見て逃げる理由は……。

 王女は走り出した。

「あっ! おい! どこ行くんだよ!」

「お手洗い!」

「ちょっ! 待てよ!」

 シエルを見て逃げる理由。ひとつしかない。悪魔だから……だ。あくまでも彼女を見て逃げたとしたらの話だが。

 トイレを見つけ、とりあえず中に入る。あとはこの前みたいに裏の窓から出て空からあの男を捜せば……。

 窓枠に跳び乗り、翼を出した時だった。

「どこ行くんだよ」

 声が聞こえた。ふと目を向けると、その陰にクロノの姿があった。

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