第11話 好きっていえないよ。
ベルゼを悪魔捜しに派遣してから五日が経った。その間、王女は境界侵略についてあれこれ考えを巡らせていた……わけではなく。
「は~~~~~~~~~」
机に顔を伏せて、シエルは長い息を吐いた。
「う~~~~~~~~~」
首をころんと動かし、窓の外を見る。春の暖かな風が彼女の前髪を揺らした。
「……集中出来ない」
彼女はこの五日間、毎日クロノの事ばかり考えていた。
「どうやっても考えちゃうよ~~~~~~~」
こんな状態では侵略の事などとても考えられない。私はそのためにここに来たっていうのに……。
「あ~~~~~~~~私のバカバカバカ~~~~~~」
床に着かない足をばたばたさせる。しかしいくら自分を責めても心境は変わらない。
「あ~~~~~~何かいい方法ないかなあ~~~~~全然考えられない……またフェイスに相談しようかなあ……」
そもそも、私はこの後どうすればいいんだろう……クロノを好きになって、それから……?
「って、そうじゃないよ~~~~~この後どうやって境界を侵略すればいいかだよ~~~~~~」
再び顔を伏せる。
「……」
みんなこの後どうするんだろう。誰かを好きになったら、次は恋ってどうすればいいんだろう。そもそも、この気持ちってどうなるの? ずっとこのままなの? 怒ったり悲しんだりしても時間が経てば元に戻るけど、この好きって気持ちもそうなるの?
「……私、どうしたいんだろ……」
彼の事を好きになってからしばらく時間が経つけど、この気持ちが消える気配は一向にない。むしろ日増しに強くなっていくばかりだ。この気持ちをずっと放っておけばどうなるんだろう。その内心が張り裂けて死んでしまうのだろうか。
「死ぬのは……やだなあ……」
少女は未知の感情に戸惑っていた。
「私はどうしたいんだろ。どうなりたいんだろ。どうなって欲しいんだろ」
答えは誰も教えてくれない。自分で考えるしかない。
「……何となくわかってはいるんだけど……」
どうなりたいかはまだわからないけど、この気持ちを伝えたい、ってどこかで思ってる。好きな人に。
「……う~~~~~~~~~~」
だったら、次に私がやるべき事は、きっとそれなんだよね。クロノに「好き」って言う事なんだよね。
「……そんな事よりも、私には他にやるべき大事な事があるのに……」
しかし、今は侵略どころではない。この気持ちをせめて少しでも抑えなければ侵略なんて出来そうもない。
「……よし! だったら伝えよう。侵略するためにも、好きって言わなきゃ」
思い立ったが吉日。彼女はすぐに立ち上がり部屋から出て、クロノのいるリビングへ向かった。
「クロノ。伝えたい事があるんだけど」
「? 何だ? いきなり」
テレビを見ていた彼は振り返る。目と目が合った。
「ドキッ! ……あ、えと、え……と……」
言うんだ。好きって。
「その、私……」
彼は静かに彼女の言葉を聞いている。目はずっと合ったままだ。
「あ……えと……明日は晴れかな?」
「え? ……さあ……天気予報でしばらくは雨は降らないとか言ってたような気がするけど……」
「そ、そっか……そっかそっか! 晴れか! ハ、ハ、ハ、ハ、ハ、ハ、ハ、ハ」
シエルは首をカクカク動かしながら不自然に笑った。
「そ! それだけ! じゃあね!」
そうしてぎこちない動きで自室へと戻った……。
「……え? 伝えたい事って?」
シエルが去った十秒後に、クロノはひとり、誰かに尋ねた。
「うああああああ私のバカ~~~~~~~~~~!」
部屋に入ったシエルは小さく叫び声を上げていた。
「何やってるの私。何言ってるの。好きっていうだけじゃない。何でそんな簡単な事が出来ないの? 馬鹿じゃないのかなあ」
はあ、と溜め息をつく。
「……だって、あんなに目が合っちゃうと、そんな事、そんな簡単に言えないじゃない……」
これなら、長い呪文を唱えたり、複雑な魔法陣を覚えたりする方がよっぽど簡単だよ。これが恋なんだね。言いたい事も言えなくなっちゃう。私の体なのに、言う事を聞いてくれない。
「……これが、恋か……」
彼女はもう一度呟いた。
その時、ドアがこんこんと鳴った。
「……? はい……誰……?」
「誰って、俺しかいねーだろ」
外から聞こえてくる声の主は、クロノだ。
「ああ……何……?」
「開けていいか?」
「え? ああ、いいよ」
彼女はまた覚悟した。クロノに臨む時は常に力が入る。
ドアが開いた。ああ、もう、またその顔見せちゃうんだね。彼女の胸はぎゅっと締め付けられた。
「なあ、明日、どっか行きたいのか?」
「え? ……別に。どうしてそんな事……?」
「いや、さっき明日の天気聞いてきただろ? だから、どっか行きたいのかなーって思ったんだけど。違うのか」
「うん。ちが……」
違うよ。と言おうとしたが、言い切る前に口が止まった。
これって、クロノが私を誘ってるんだよね?
↓
クロノとお出かけするって事だよね?
↓
ふたりでお出かけ……何だか心が少し弾んじゃったよ……?
この思考が流れた時間、実に0.05秒。
「わないよ」
「え……? どっち……?」
「違わないよ。私……クロノとお出かけしたい」
「あ……やっぱりそうなの……?」
「うん。しよう。お出かけしよう!」
「わ……わかったわかった。じゃあどこに行きたいんだよ」
「どこでもいいよ。クロノの好きな所で」
「俺の好きな所って……俺もこないだここに住み始めたばっかりだからそんなに知らないぞ?」
「じゃあ、そうだなあ……また街を探索しようよ」
「また?」
「うん。こないだは駅の方に行ったでしょ? あっちとは反対側の方向に繁華街があるんだって。今度はそっちの方に行ってみようよ」
「繁華街か……わかった。朝からか?」
「うーん……どっちでもいいけど、朝からでいいんじゃないかな? そんなに早くなくていいけど。クロノ、早起き苦手でしょ?」
「……もうすっかりばれてんな……」
「そりゃあね。2週間も経てば何となくわかるよ」
毎朝クロノがリビングに出てくるのはシエルが起きてから大体一時間後ぐらいなのだ。
「じゃあ10時とかでいいか?」
「うん。いいよ」
「わかった。10時な」
彼はそう言ってドアを閉めた。
「……!」
クロノの足音が聞こえなくなるまで待ってから、彼女はベッドに飛び込んだ。
「お出かけ♪ お出かけ♪ クロノとお出かけ♪」
妙に心が弾む。先日街に探索に出た際にはこんな気持ちにはならなかった。あの時はまだ、彼の事を好きではなかったからだ。好きな人と一緒に出かけると考えるだけで、これほどまでに心地よくなるものなのか。先ほどの自分を責めていた気持ちなどすっかり心から消えていた。
「さっきは言えなかったけど……明日は言えるかもしれない」
抱き枕を抱えてごろごろしていると、窓からぶ~んと音がした。
「た……ただいま~……」
ベルゼが帰ってきたのである。かなり疲れているようだ。
「! ベルゼ? お帰り! どうだった? 見つかった?」
「そ……それがシロ……やっぱりわかんないよ~……」
「……そ……そっか……お疲れ様」
やはり無駄だったか。少しは期待していたが……。
「ほら、ベルゼのためにお菓子いっぱい用意してるよ」
彼女は机の一番下の大きな引き出しからレジ袋を取り出した。ベルゼへの報酬としてコンビニでお菓子を大量に買っておいたのだ。
「わ~い。ありがとうシロ~」
ベッドの上に開けられた様々なお菓子を見て彼は嬉しそうな声を出した。彼の暴食ぶりはなかなかのものなのだ。
「どういたしまして」
「それにしても、やっぱり楽しそうだね~」
「うん……楽しいよ」
明日の事を考えて、少女の顔は
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