第7話 神器解禁

「ねえ……怒った?」

 街を探索した帰り道、シエルは急にそんな事を聞いてきた。あまりの予想外の質問に、クロノは少し動揺した。

「? 怒った? 何で?」

「だって……たくさん待たせちゃったから」

 彼女は申し訳なさそうに続けた。

「女の買い物が長いのは当たり前だし、それにさっきのは……しょうがないだろ」

 クロノには姉がいるから女性の特性は何となくわかっていた。それにハンバーガー・ショップでの件は体調が崩れてしまったためしょうがないだろう。

「あ……そう……ならよかった……」

 シエルは安心したように言った。

「あ……あのさ……」

「何だ?」

「私達……もう友達……かな……?」

 また思わぬ質問が。もう友達かなんて、そんなはっきりとした定義なんてないだろう。俺にとっちゃ、一緒に住み始めた時点から、お前はもうとっくに友達なんだけどな。

 多分こいつは、ああ、俺達はもう友達だって言って欲しいんだろうな。俺と友達になりたくて、こいつの中ではもう俺が友達になってて、だからそんな言葉を言って欲しいんだろうな。

「……」

 少年は黙って空を見上げた。

 けど、何か恥ずかしいからそんなストレートに言えない。

「……そんなの、友達ならいちいち確認する必要ねーだろ」

「……!」

 シエルは何も言わない。今どんな表情をしてるんだろう。空しか見えないクロノにはわからない。

 ……一瞬、その瞳の中を何かが横切った。

「……り、先帰っててくれ」

「え?」

「ちょっと用事が出来た」

「え? 用事?」

「じゃ、先に帰ってろよ!」

 そう言い残して元来た道を戻る。とりあえず、どこか人がいない所に、目立たない場所に行かなくては……別にいいんだけどなー……。

 角をひとつ曲がるとその通りには人ひとりいなかった。ここで大丈夫だろ。

「よっ!」

 少年は力を入れ、その背に大きな翼を広げた。空に浮かぶ雲よりももっと清らかな、純白の翼だった。

境界ここでの飛行は初めてか……ま、俺にとっちゃさして問題じゃないけどね」

 地を蹴って飛び立つ。うん、我ながら見事な離陸だ。

 先ほど上空を横切ったもの、あれは鳥なんかじゃなかった。間違いなく人に見えた。それも黒い翼の。

「あ~、だりーな……こちとら待ち過ぎて疲れてるってのに」

 けど、一度見ちまったもんはしょうがねーか。あそこで見て見ぬふりをするわけにはいかねーしな、立場上……彼はきょろきょろと空飛ぶ人影を捜した。

 そして十数秒後、その姿を視界に捉えた。ぐんと加速して近付く。すると黒い翼の人物は突如降下を始めた。

「逃がさねえよ……!」

 クロノも後に続いた。

 降り立った場所は廃墟だった。かなりぼろぼろだ。

「どこに行きやがった……?」

 外にはいないようだ。割れている窓から翼を引っ込めて中に入る。すると……。

「ふ~っ、余裕余裕」

 そう言いながら広間でさっきの人物が袋をどさっと投げ置くのを発見した。入口まで近付いて様子を窺う。どうやら男らしい。

「か~、それにしてもいいアジトが見つかったもんだ。あの王女様のおかげかもな」

 王女様? 何の事だ?

 男は袋の中からパンをいくつか取り出した。

「腹が減っては~ってね。どれ、人間のパンとやらを食べてみるか」

 そう言ってもぐもぐもぐと食べ始める。

「……ふん、なかなかいけるじゃねーか。ちょっと冷てーけど」

 ……なんだ、ただの食事か……ま、一応確認しとくか。

「おい」

 クロノは男の前に姿を現す。彼はぎょっとしてクロノに振り向いた。

「な! 何だガキかよ! ったくまた・・か……子供に好かれてんの? 俺」

「あんた悪魔だよな」

「! ……何でそれを?」

「さっき飛んでるの見た」

「……なるほど。王女様の言った通りだ」

「答えろ。ここに何しに来た?」

「何しにって……楽しみに、かな坊や」

「楽しみにねえ……何を」

「何をって……おいおい、そんな事坊やみたいなガキんちょには言えないなあ~」

「言えないような事なのか」

「そうだなあ……」

 男は立ち上がった。

「たとえば坊やみたいなか弱い人間と、魔術で面白おかしく遊ぶ……とかかなー……?」

 ぴくっ、とクロノの目が吊り上がる。

「それはつまり……悪い事だよな?」

「え? まあそうだねえ~……坊やみたいな人間からすれば抵抗出来ずにボロボロに傷付いちゃうから、悪い事なのかもねえ~……」

「やれやれ……堂々と飛んでなけりゃばれずに済んだものを……」

「別に坊やみたいな人間にばれたって、お兄さんにとってはなーんにも問題じゃないんだよ~? 知ってる? 悪い事ってさ~、気持ちいいんだよ~」

「これはまたストレートに悪人だな~……もしかして、そのパンも盗んだのか?」

「うん、そうだよ。お兄さんここのお金持ってないし。ちょうどよかった。じゃあ境界で初魔術といきますか」

 男は手をぽきぽきと鳴らす。

「はあ……」

 やれやれ、とクロノは思った。

 ま、ちょうどいいや。俺の方も試しとくか。こいつが悪い悪魔だってわかったしな。

「どれがいい」

 上着の胸ポケットからカードを三枚出して男に尋ねる。

「ん? 遊ぶって、婆抜きとかじゃないんだけどな~……ビビって頭おかしくなっちまったか?」

「じゃあこれな」

 初めっからこのつもりだけど、と右端の一枚をぴっと抜き、残りはまたポケットにしまった。

 そして次に左腕の袖を少しめくる。そこにはブレスレットを装着していた。ブレスレットには細い溝があり、そこに素早くカードを通す。カードは燃えるようになくなっていった。

「来い……神薙カムナギ!」

 ばちっというプラズマと共に、彼の手には長い長い槍が握られていた。

「!? なっ……魔術……!? お前も悪魔だったのか……!?」

「勘違いすんな。崇高な神器をてめえみてえなのが使うマジックと一緒にすんじゃねえ馬鹿やろー」

 ばちばちとクロノの周りの空気を電流が走る。やがて彼の髪は白銀しろがねから黄金こがねへと変わる。

「俺は……天使だ」

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