6.2 たどり着いた真実が


 スマートフォンに、一件のメッセージが入っていた。弓槻ゆづきくんからだ。


 今日の日付のあとに『15時に屋上』という文面だけが記されていた。彼は電子の世界でも不愛想だ。

 きっと、真相を話すつもりなのだろう。私が答えを言い当てて、逆に驚かせてやろう。


 約束の時間に余裕を持って、少し早く家を出た。いよいよ全てが終わる。有り余るほどの緊張感と、ほんの少しの寂寥感に包まれながら、私は嶺明高校へと向かった。




 夏休みの校舎は人が少ない。私は、弓槻くんとの待ち合わせ場所である屋上へすぐには向かわずに、中庭に出てオカルト研究同好会の部室の前へと歩を進めた。


 わずかに盛り上がった地面に、木の板が立てられている。昨日弓槻くんと作ったチョコのお墓だ。しゃがんで、目をつむり両手を合わせる。それから、ポツリポツリと、言葉をこぼす。


「羽酉先生、ありがとうございます。それと、ごめんなさい。私、ちゃんとやってます。友達だっています。今は月守風呼じゃないけど。でも、彼女もきっと本心では、先生に感謝してました。月守風呼の生まれ変わりの私が、今こうやって学校生活を楽しめているのも、先生のおかげかもしれないです」


 前世では、月守風呼の担任教師の羽酉知世子として生きていたチョコは、猫に生まれ変わっても自分の生徒のことが心配だったらしく、私と現世で再会を果たした。


『まるで、君に会ったことで役目を果たしたかのようだった』

 弓槻くんのその言葉は、的を射ていた。羽酉先生は、ちゃんと月守風呼のことを考えていてくれた。シロちゃんが言った通り、すごくいい先生だ。


 次に向かった場所も屋上ではなかった。今日も予想通り、はそこにいた。かなり頑張っているみたいだ。私が声をかけると、彼は驚きながらも話を聞いてくれた。


「突然ごめんなさい。えっと……大事な話があります。あとで、少し時間をとってくれませんか?」

 私は、運命の相手にそう告げた。彼の目を真っすぐに見て、ストレートに伝えた。私の真剣な表情と口調に、彼は驚きながらも了承してくれた。


 私はそうして、自ら逃げ道を断ち切った。弓槻くんと答え合わせをしたら、彼に全てを話そう。


 私に前世の記憶がよみがえったこと。前世の私には大切な人がいたこと。その人と最期に、来世での再会を約束したこと。そして誰が、運命の相手であるか。それが自分だと知ったら、彼は驚くだろうか。驚くに決まっている。


 ところが、一つだけ重大な問題がある。私の気持ちはどうなのか、ということだ。運命の相手である彼に、全ての事実を話した後に伝えるべき気持ちを、私はまだ測れずにいる。


 私は、榮槇さかまき先生を好きになってしまった。それとは別に、シロちゃんに惹かれている自分もいる。が、この気持ちが本当に私のものなのかどうかすら、わからなくなってきた。


 月守風呼の記憶と一緒に、彼女の想いが残っていただけなのかもしれない。それならば、シロちゃんに惹かれているのは私ではなくて月守風呼だ。

 ただ、シロちゃんの言う通りだとすれば、運命が導くのは私とシロちゃんの生まれ変わりなわけで……。


 恋愛なんてまともにしたことのない私が、こんな状況になるなんて。頭がパンクしそうだ。どうすればいいかなんてわからない。自分の気持ちもまだはっきりと理解できていない。


 人を好きな気持ちに、大きさってあるのかな……。


 とにかく、今は真実をはっきりさせることが最優先だ。私は屋上へと向かった。夏の本格的な暑さに汗をかきながら、階段を上っていく。




 二メートルくらいの長さの白い鉄の棒が、十五センチくらいの間隔で、地面に垂直に並べられている。一番上と下から十センチくらいのところにだけ、同じくらいの太さの棒が地面に平行に配置されていた。


 人間が通り抜けることはできない狭さであり、自然に乗り越えることもない高さ。私が足を踏み入れた屋上は、そんな安全な設計のフェンスに全面を囲まれている場所だった。


 弓槻くんはすでに待っていた。フェンスに寄りかかっている。

 空は青く晴れ渡っていて、太陽を遮るものは何もない。じめじめした暑さに顔をしかめながら、私は彼の元へ向かった。


「お待たせ」

 私は歩み寄って声をかけた。ぬるい風が、弓槻くんの髪をさらさらとなびかせる。


「来たか。君の運命の相手について、全部わかった。今から、シロちゃんの生まれ変わりが誰なのか、その真実を話そうと思う」

 いつも通りの鋭い目つきだったが、声には微妙に緊張の色が含まれている。


 そこへ私は口をはさむ。

「待って」

「どうした?」


 急かされることはあっても、待ったをかけられることはないだろうと思っていたようで、弓槻くんは怪訝そうな顔をした。


 もしも間違っていたらどうしようと、ここまできて不安に駆られる。いや、自信はある。きっと、弓槻くんと同じ答えのはずだ。私は、意を決して口を開く。

「昨日、シロちゃんが誰なのか、私なりに考えたの」

「そうか。それで?」


「私も、誰がシロちゃんの生まれ変わりなのか、わかったんだ」

「ほう。聞かせてもらってもいいか?」

 弓槻くんは少し驚いたように目を見開いたが、すぐに興味深そうに微笑した。

「もちろん」

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