第六章
6.1 彼女が嫌う高い地で
遠くから、子供の笑い声が聞こえてくる。六つ目の
わたしはイライラしていた。シロちゃんと帰ろうとしていたときに、担任の教師に呼び出しを受けて、教室に残されたからだ。
「月守さん、大丈夫?」
わたしを呼び出した張本人の
「何がですか?」
不機嫌さをわざと滲ませて答える。彼女が言いたいことはなんとなくわかっていた。
「いつも、休み時間とか、一人でいるじゃない?」
思った通りだった。わたしはクラスに友達がいないのだ。それを心配して、こうして緊急に二者面談を行うことにしたのだろう。
「まあ」
はっきり言って、余計なお世話だった。
「何かつらいことがあったら相談に乗るからね」
「大丈夫です。別に、いじめられているとか、そういうわけじゃないんで」
これは本当だった。
別に、友達なんて必要ない。どうせ、何年か経ったら疎遠になる。私はシロちゃんさえいれば、他に何も要らないのだ。きっと先生もわたしたちの関係が、他のカップルと同じように、恋愛ゴッコで終わると思っているのだろう。
「ち~よこちゃ~ん」
男子生徒が教室のドアからひょこっと頭を覗かせ、歌うように言った。彼の後ろで、二、三人の取り巻きがワッと笑う。羽酉先生にちょっかいを出している生徒は、たしか篠……なんだっけ。
「こら!
そうだ、篠崎だ。
「上の名前でならいいんですか~? 知代子せんせ~!」
中学生の男子って、本当にガキ。
「篠崎くん、いい加減にしなさい。ちょっとそこで待ってるように!」
「屋上で待ってま~す」
「私が高いところか苦手だって知ってて言ってるでしょ! そういう人を馬鹿にする態度は――」
羽酉先生の注意は、今は完全に篠崎に向いている。この隙を有効に使わせてもらうことにした。
「じゃ、先生、そういうことで。さようなら」
「あっ、ちょっと! 月守さん!?」
素早く立ち上がり、荷物を掴んで教室を出る。後ろで、羽酉先生のため息が聞こえた。
廊下を早歩きで進み、昇降口へと急ぐ。篠崎たちも私とは逆方向に逃げて行った。
「ごめんね、お待たせ」
昇降口で待つシロちゃんに声をかける。
「羽酉先生、何だって?」
「もっと友達と話せ、みたいな。余計なお世話」
大げさにため息をつく。
「風呼のことを心配してるんでしょ?」
「わたしはシロちゃんさえいれば他には何も要らないの」
「僕だってそうだけど、先生の気持ちもわからなくもない」
そんな、恥ずかしい台詞の応酬を堂々と交わしながら、昇降口から出る。
外は雨が降っていた。二人してレインコートを羽織る。
「シロちゃんは羽酉の肩を持つの? あんなのどうせ、教師として務めをしっかり果たす私、すごい、みたいに自分に酔ってるだけじゃない」
「こらこら、先生のことを呼び捨てにしない。たしかに、そういう先生もいるけど、羽酉先生は違うと思うよ。あの人は、ちゃんと生徒のことを考えてると思う」
シロちゃんがそう言うのなら、そうなのかな。まあ、だからといって、羽酉先生の言うとおりにはできないけど。
本当はわたしだって、友達と話したり遊んだりしたい気持ちはある。でも、それ以上に、人とかかわることが怖いのだ。仲良くなって裏切られるなら、最初から友達なんていなければいい。必要以上に、人と仲良くなりたくない。そうすれば、傷つかずにいれる。裏切るとか裏切らないとか、そういうことだけが人間関係じゃないことくらいわかっている。しかし頭では理解していても、なかなか一歩踏み出せないのだ。
唯一の例外がシロちゃんだった。なぜか彼のことは信用することができた。一目見たときから、シロちゃんはわたしの全てだった。きっと、運命ってそういうものなんだと思う。わたしはシロちゃんと、この先ずっと一緒にいる。そんな安心感も、わたしが人とのかかわりを避けることに拍車をかけていた。羽酉先生には少し悪い気がしないでもないけれど、わたしは変わることがないまま卒業してしまうと思う。
わたしとシロちゃんは校門をくぐった。周りの生徒たちはみんな傘をさしている。レインコートを着たわたしたちは、隣り合って歩き始めた。
月守風呼のことをもっと知りたい。昨日、そう思って眠りについたからだろうか。今回よみがえってきた記憶は、月守風呼に関係する情報を多く含んでいた。
シロちゃんは、登場はしたものの、少ない時間だった。
そして、二人は傘をささずに、レインコートを着ていた。今ならその理由もわかる。
月守風呼は、私の思った通り、友達の少ない生徒だったようだ。先生にまで心配をかけるほどに。
彼女は、強いフリが上手な、弱い女の子だった。
そして、もう一つわかったことがある。羽酉先生は、本当に私を心配してくれていた。
黒猫となって、
ちよことチョコ。
チョコと呼ばれて反応したのは、前世の記憶が残っていたからではないか。それに、高いところが苦手という共通点もある。偶然とは思えない一致だ。
ノートに、よみがえった記憶の内容を書き込む。この作業も、もしかするとこれで最後になるかもしれない。
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