5.8 向かう先は何者か


 次に、シロちゃんの生まれ変わり候補の四人について考えることにした。

 弓槻くんの研究の成果によって絞り込まれた四人。血液型がシロちゃんと一緒で、生年月日が事故当日である一九九九年十一月十九日よりも遅い、嶺明高校の二年生の男子。


 まず、候補をこの四人に絞った方法は、弓槻くんの生まれ変わりに関する研究の成果に由来する。よって私には、その前世と現世にまつわる、性別と血液型の年齢制限や、引き継がれる特性とその条件などという難しいことはわからない。


 つまり、弓槻くんが本当のことを言っているかどうかは、私には判断することはできないのだ。が、そのことについては疑うべきではないと考えている。疑ったところで、さらに混乱するだけだ。何より、嘘をつくメリットが弓槻くんにはない。


 私と同じ文芸部に所属している、一人目の與時宗くん。


 調査をする前から、私とは友人同士だった。私が気軽に話すことのできる、唯一の男子でもある。

 

 一年以上の付き合いではあるけど、お互い恋愛感情を抱いていたり、運命の相手という認識をしていたり、ということはない……と思う。

 犬ほどではないけど、猫は好きだと言っていた。


 二人目は、バレー部に所属する燈麻実律くん。


 背が高く、二年生で唯一のレギュラーでもある。昼食中には、部員と一緒にお弁当を食べながら恋バナに花を咲かせるような一面も。もうすぐ大会があるらしく、気合は十分だった様子。


 地味で目立たない私のことを認識していたことに驚いた。それに、私の部活まで覚えていてくれた。部活も頑張りつつ、いつもクラスの中心にいる彼は、単にすごいとは思うけれど、それ以上の感情はない。

 猫は、昔から飼っていて好きらしい。


 三人目の仙田朔矢くんは、男性ファッション誌に載っていてもおかしくないような、爽やかな人だった。


 高校の近くの『D-HAL』という、夜はバーになるお洒落なカフェでアルバイトに励んでいる。『D-HAL』のマスターは、仙田くんの叔父であり、その関係で彼は夜にバーの仕事も手伝っているという。また、小さいころから叔父に憧れていて、バーテンダーを目指して修行をしている。


 バーの手伝いで身に付けたであろう営業スマイルに、一瞬ドキッとしたけれど、運命とかそういうものはないように思える。色々と釣り合わな過ぎて、彼と付き合う未来は想像できない。

 潔癖症で、猫を含めた動物全般が苦手。


 四人目は、弓槻くんと同じ中学校出身の伊凪洸くん。


 人を寄せ付けない雰囲気みたいなのがあって、私は少し苦手。お父さんが外科医で、榮槇先生もお世話になったことがあるらしい。彼も同じように医者を目指していて、テストでは上位をキープし続けている。


 医者というよりは、死神というイメージ。怖くて近づくこともできなかった。少し悪口みたいになってしまったけど、初対面で“そこの女”なんて呼ばれたし、これくらいはいいよね。

 猫は嫌いと言っていたけど、そもそも生物全般が嫌いで、人間に至ってはもっと嫌いらしい。


 それにしても、ピンポイントで猫が苦手な人がいないのは困ったものだ。人間的な面から判断できるとは思えないし……。


 小説家を目指して、休みの日も部室で執筆する與時宗。

 暑い中、大会で勝つために部活に打ち込む燈麻実律。

 叔父さんに憧れて、バーテンダーになるために修行を積む仙田朔矢。

 医者を目指して、現在の成績におごることなく、ひたむきに勉強に励む伊凪洸。


 目標はそれぞれ違うけれど、四人とも本気で目指しているものがある。

 私には何があるんだろう。ふと、そんなことを思った。シロちゃんの生まれ変わりが誰か考えていたはずなのに、いつの間にか自己嫌悪に陥ってしまっていた。


 藍梨にでも話を聞いてもらおうと思い、ポケットからスマートフォンを取り出した。すると、タイミングよくそれは震えた。着信のようだ。

 ディスプレイには『燈麻実律』と表示されていた。予想外の名前である。そういえば、話を聞いたときに連絡先を交換したんだっけ。


 通話モードにして、スマートフォンを耳に当てる。

「はい、鳴瀬です」

〈あ、鳴瀬さん? 燈麻です〉

「何か、あったんですか?」

 チョコはすでにこの世からいなくなってしまって、黒猫の情報はもう求めていない。


〈あの……。七月の二十四日って、空いてる?〉

 緊張の滲む声。

「空いてます……けど、何でですか?」


〈その日、大会があって、見に来てほしいんだけど……〉

 燈麻くんの大会を? それって……

『君のことが好きなのかもしれないな』

 私の脳内に突如、弓槻くんが現れた。バカ! 私の頭の中から帰れ!


 まあでも、せっかく誘われたんだし、見に行くだけなら別にいいか。

「はい。大丈夫ですよ」

〈本当に!? ありがとう。それで、白幡しらはたさんを誘って欲しいんだ〉

 藍梨を?


「何でですか?」

 聞きながら、なんとなく話の流れが見えてきた。

〈実は……俺、白幡さんのことが好きで……〉

 ――ああ、そっちか。そりゃそうだよね。藍梨、かわいいもんね。私はただの協力者ってわけか。外堀から埋める作戦だ。


「わかりました。誘ってみます」

 はぁ、ドキドキして損した。そういえば、体育館で恋バナもしていたな。燈麻くんの好きな人って、藍梨だったのか。私のことを覚えていてくれたのも、藍梨と仲がよかったから。別に、落ち込んでなんかいないけど、なんとなくむなしい気分。


 さて、藍梨に電話しよう。燈麻くんのおかげで、体のいい口実ができた。私は電話帳から藍梨の番号をタップして電話をかける。呼び出し音が三回ほど鳴って、つながった。


〈もしも~し。どうした琴葉~?〉

 明るい藍梨の声は、いつだって私を元気づけてくれる。

「今大丈夫?」

〈大丈夫だよ。ちょっとセーブするから待っててね……っと。はい、オッケーよ〉

 どうやらゲームをしていたらしい。


〈例の前世の彼氏のこと?〉

「うん。可能性のある四人に話を聞いたんだけど――」


 誰がシロちゃんの生まれ変わりなのか、全くわからないことを伝えた。そして、その聞き込みを通して、私が感じたありのままを話した。気づくと、こちらの方がメインになっていた。戸惑いや不安、劣等感などが入り混じった、要領を得ないごちゃごちゃした話を、藍梨はたまにあいづちを打ちながら聞いてくれた。


〈琴葉はさ、努力家じゃん〉

 それが、私の話を聞き終えた藍梨の第一声だった。

「そんな、努力家なんて……。周りより劣ってるから、みんなよりも頑張らなきゃいけないだけで――」


〈そう思ってても、本当に努力できる人って、そんなにいないよ。それだけですごいんだって。将来のことなんて、何がどうなるかわからないんだから。夢を持っていようがいまいが、将来のビジョンがあろうがなかろうが、嫌なことや難しいことにぶち当たるときは必ず来るの。そんなときに、琴葉はそれを乗り越える強さを持ってるんだよ〉


「私が、強い?」

〈うん。って、タメの私が言うのもちょっと変だけど、この前読んだ漫画に描いてあったことだから多分間違いないよ〉


「漫画かいっ!」

 私は笑った。電話越しに藍梨の笑い声も聞こえた。けど、気持ちが少し楽になった。


〈そうだ。最近ミステリーの漫画も読んだんだけど、謎解きは消去法なんだって〉

「消去法?」

〈うん。『不可能を消去して、最後に残ったものが如何に奇妙なことであっても、それが真実となる』だっけな。そんな感じ〉


 それから、燈麻くんに大会に誘われたことを告げて、私たちは通話を終えた。

 燈麻くんの件については、藍梨は『そっ、そのくらい自分で誘えよ』とお怒りだった。が、『早く燈麻にそう伝えといて! 早めにね!』とも言っていたので、藍梨自身も燈麻くんのことは憎からず思っているのだろう。微笑ましい。


 あれ、でもこれって……。燈麻くんがシロちゃんの生まれ変わりだった場合、親友に運命の相手をとられそうになっているってことじゃない? もしかして、ピンチってやつ? でも、燈麻くんがシロちゃんの生まれ変わりだとは限らないし……。


 お風呂にでもゆっくり入りながら考えよう。

 服を脱ぐときに、腕についた傷跡が目に入った。チョコに最初に会ったときに引っかかれた傷だ。チョコの冷たくなった姿を思い出し、感傷に浸る。腕の傷跡は、すでに消えかかっていた――。


「――あっ!!」


 ひらめいた。シロちゃんが苦手だったものがわかったのだ。確固たる証拠はまだないけど、きっとこれが答えだ。

「そういうことか……」

 すると……シロちゃんの生まれ変わりが誰か、わかるかもしれない。


『不可能を消去して、最後に残ったものが如何に奇妙なことであっても、それが真実となる』

 一人ずつ、不可能を消していく。今までの行き詰まりが嘘のように、真相に向かって真っすぐに進む感覚。


 固く結ばれているかのように絡まった紐も、引っ張り方を変えてみれば、するするとほどけていく。あっという間に三人が消えて、残る可能性はただ一人になった。


 ついに私は、シロちゃんの生まれ変わりの、運命の相手の正体を突き止めた。




 そういえば、月守風呼はどんな女の子だったのだろう。興奮が冷めずに眠れなくて、そんなことを考えた。シロちゃんのことばかりに注意していたため、月守風呼に関してはあまり考えたこともなかった。


 中学生にしては少し大人びていて、周りのクラスメイトを冷めた目で見ている、シロちゃんのことが大好きな女の子。それくらいしかわからなかった。

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