5.3 悲しすぎる冷たさを纏って
「ごめん、遅くなっ――」
オカルト研究同好会の部室の扉を開けると、そこにはすでに先客がいた。私は口をつぐむ。
「……あ、えっと……」
いつも弓槻くんが座っている位置には、銀縁のメガネをかけた男子生徒が座っていた。
肌は青白く、目の下にはうっすらと隈が見える。全体的に不健康そうな印象を受けた。ギロリ、と睨まれる。
見覚えがある顔。誰だっけ。最近、会ったような気がするけど、なかなか思い出せない。
いや、それどころではない。狭い部屋に、話したこともない怖い男の人と二人きりなんて、とてもじゃないけど耐えられない。私は入口になるべく近い位置に立つ。
男子生徒は、私から視線を外して壁をじーっと見つめていた。どうやら、私と会話する気はないみたい。好都合だ。とにかく、この状況から一刻も早く逃げ出したい。けれども何も言わないで出ていくのも不自然だし……。怖さと情けなさが同時に押し寄せる。
沈黙に痺れを切らして、無言で部室から出ようとしたとき、段ボールの奥から弓槻くんが出て来た。
「ああ、来てたのか」
私を見て一言。
怖い男子生徒のなるべく遠くを通って、弓槻くんの元へ回り込んだ。そして、彼にビシッと人差し指を向ける。
「ちょっと、私を知らない男の人と一緒にするなんて、どういうつもり? 怖かったじゃない」
私が勝手に部室に入って、勝手に怖がっていただけなのに、何て理不尽な怒り方なのだろう。自分ではそうわかっていても、文句を言わずにはいられない。だって怖かったんだもん。
「あ、ああ。すまない」
「ううん、私の方こそごめんなさい」一歩下がり、素直に頭を下げる。「それで、あの人は……」
怖い男子生徒は、私と弓槻くんのやり取りを黙って見ていた。
「紹介する」弓槻くんは男の隣に移動する。「
この人が、シロちゃんの生まれ変わり候補の最後の一人――。
「洸、猫は嫌いだったよな」
私と弓槻くんと伊凪洸は、三人でテーブルを取り囲んでいた。
「猫というか、生物が嫌いと言った方が正確だな。まあ、どんな生物でも人間よりは好きだが」
低く渋い声で、伊凪洸は答える。
「そうか。お前の人間嫌いも相変わらずだな」
「聞きたいことはそれだけか? 勉強があるからもう帰るぞ」
勉強という言葉でピンときた。
「あっ!」
「どうした? 俺の顔に何かついてるか?」
「いや、何でもないです」
眼鏡のレンズの奥から覗く、伊凪洸の鋭い視線に委縮してしまう。別に、昨日榮槇先生と一緒にいたよね、なんてわざわざ言う必要もない。
あのときは、彼の父親の話もしていた。すると、伊凪くんの父親と榮槇先生は知り合いということになる。どんな関係なのだろう。
それに、伊凪洸という文字の並びには、どこか既視感があると前から感じていたけれど、テストの順位表だと今気づいた。この高校では、定期テストのたびに、上位五十人の名前が廊下に貼り出される。
私も何度か名前が載ったことがあるけど、伊凪洸という名前は毎回のように、それもかなり上位に載っていた覚えがある。嶺明高校は進学校なので、その中で上位をキープし続けることは、決して簡単なことではないはずだ。
「お前もよく飽きないな。研究の成果はどうなんだ?」
伊凪洸が、弓槻くんに向かって言った。
「生まれ変わりというのは、知れば知るほど謎が増えていくからな。探求心をくすぐられるんだ。成果はぼちぼちだ。洸もまたいつでも来てくれ」
「来るとしても秋になるな。夏だとここは暑くてやってられん」
人間が嫌いとか言っていたからどんなアウトローな人かと思ったけど、案外普通に話しているのを見て拍子抜けした。
ただ単に、人とかかわることが面倒くさいだけなのかもしれない。弓槻くんだったら、過剰に喋ったり絡んできたりしないから、普通に付き合っているってことかな。
そんなことを考えて油断していたときだった。
「それと、そこの女」
そこの女!? 初対面の女子生徒を“そこの女”呼ばわりなんて……。
「な、何ですか?」
苛立ちを抑えて冷静に反応する。
「あまり
架流? 最初は誰のことかわからなかったけど、すぐに弓槻くんの下の名前が架流だったことを思い出す。
それに『指を向けるな』って、どういうことだろう? 失礼だからかな。でも『架流に』って言ってたから、弓槻くんだけ特別? ううん、よくわからないや。
私が戸惑っている間に、伊凪くんは部室を出て行ってしまった。
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