4.3 遠回りをして届かない


 嶺明れいめい高校の体育館は蒸し暑かった。私立とはいえ、体育館にまで空調設備はついていない。開けっ放しの入口からたまに吹き込んでくる風がなければ、サウナと同等の効果が得られるのではないかとさえ思う。


 バレー部の集団を観察する。まだ部活は始まっていないようで、練習着に着替えた部員たちがいくつかのグループを作り、床に座って弁当や菓子パンを食べている。


 目的の人物は、すぐ近くにいた。

 爽やかな短髪に健康そうな体つきは、いかにもスポーツマンといった風貌だ。女子にも人気のあるバレー部の二年生レギュラー、燈麻実律は、爪楊枝でリンゴを食べているところだった。


 すぐ近くには空になった弁当箱が置かれていて、食後のデザートを楽しんでいる様子だ。一緒にいるのは、同じバレー部の部員と思われる生徒二人。食事をしながら談笑をしていた。


 まだ弁当を食べている一人が、箸を彼に向けて喋る。

「そういえば、お前あの人とどうなったん? 好きなんだろ?」

「おいっ、ちょっと黙れ佐伯さえき。それと箸を人に向けるな。行儀が悪い」

 焦った様子の燈麻実律が早口でたしなめる。


「えっ!? 燈麻、好きなやついるの? 誰よ?」

 弁当箱を片付けていた、もう一人の友人が身を乗り出して反応する。

「ああもう! だから嫌だったんだよこの話!」

 燈麻実律が、両手で頭を抱えて嘆く。


「えっ、鮎川あゆかわ、まだ知らなかったの? 燈麻、わりぃ」

 佐伯の全く反省していない謝罪。

「で、誰なのよ?」

 鮎川の興味を剥き出しにした追撃。


「言わねえよ! 佐伯も絶対言うなよ!」

「もったいぶってないで教えろって」と鮎川。

「別にいいじゃん、好きな人くらい。減るもんじゃないし」と佐伯。


 男子高校生による、いたって普通の恋バナが繰り広げられていた。話しかけるタイミングとしては、助け舟を出すという意味でもちょうどいいかもしれない。


「あの、燈麻くん」

 近づいて声をかける。

「ん?」

 燈麻実律と、その友人の佐伯と鮎川。三人分の視線が刺さり、緊張する。


「えと、一年生のとき同じクラスだった鳴瀬なるせです」

「ああ、わかるよ」

 クラスでも輪の中心にいることが多い彼が、地味で目立たない私を覚えてくれていたことに、少しだけ驚く。


「今、オカルト研究同好会の調査をしてるんだけど、少し協力してもらってもいいですか?」

「あれ、鳴瀬さんって、文芸部じゃなかった?」

 私の所属している部活まで覚えていたことに、さらに驚いた。


「そうなんだけど、ちょっと手伝いというか……」

 むしろ手伝ってもらっているのは私の方なのだが、どうにか言葉尻を濁して誤魔化す。

「ふーん。もうすぐ練習始まっちゃうけど、すぐ終わるなら大丈夫だよ。で、何をすればいいの?」


「ありがとうございます。いくつか、質問に答えて欲しくて――」

 私たちの間にずいっ、と弓槻くんが割り込んでくる。

「オカルト研究同好会会長の弓槻だ」

 弓槻くんが燈麻実律の隣にしゃがみこむ。私も倣って、その隣に腰を下ろした。燈麻実律はバレー部だけあって身長が高く、一気に見上げる形になる。


「さっそくだが、猫は好きか?」

 弓槻くんが脇に挟んでいたタブレットを構えて、質問をする。

「猫? 猫はずっと昔から飼ってて、好きだけど……。それがどうかしたの?」

 やはり與くんと同じように、質問の意図が気になるようだ。


「それは危ないな。最近この学校の周辺で、霊力の高い黒猫が出没している。そいつは、猫好きに取り憑いて悪事を働く可能性がある。見かけても近寄らない方がいい」

 佐伯と鮎川、そして燈麻の三人は顔を見合わせる。こいつら何を言い出すのだろう、みたいな感じで。


「何だか凄そうなことやってるな。さすが、オカルト研究同好会。俺たちももうすぐ大会だからな。取り憑かれないように気をつけるよ」

 不審がってはいたものの、ありがたいことにはっきりとないがしろにすることはなく、無難に答えてくれた。


「ああ。せいぜい注意してくれたまえ」

 弓槻くんは立ち上がってそう言ったあと、クルッとターンをキメてその場から去る。もう、演劇部に入った方がいいんじゃないかとさえ思えった。


「協力、ありがとうございます。あの、大会頑張ってください」

 頭を下げて、私もその場から去ろうとしたとき、燈麻実律から呼び止められた。

「あ、鳴瀬さん!」

 少し緊張しているような表情。

「はい」

 なんだろう。


「良かったら連絡先交換しない? その黒猫のことについて、見かけたりしたらすぐ連絡できるように」

 燈麻実律は床に置かれていたスマートフォンを持ち上げて、爽やかに微笑んだ。

「え? ああ、えっと……じゃあ、お願いします」

 ここで断るのも変だと思い、私もスマートフォンを出して応じた。


 燈麻実律が二人に何か言われているのを尻目に、体育館を出る。

 そういえば弓槻くんは、あたえくんのときみたく、燈麻実律の連絡先は聞いていない。なぜだろうと疑問に思ったけど、まあいいか。




 体育館の近くのベンチで、冷たい飲み物を飲みながら弓槻くんと話をする。

「どうだ?」

 燈麻実律には何か運命のようなものを感じたのか? という意味の問いだろう。


「イケメンだけど……特になにも」

「そういえば、呼び止められていたな」

「ああ、連絡先の交換をしたの。何かあったら教えてくれるって」


「燈麻実律は君のことが好きなのかもしれないな」

「へっ!?」

 予想外のコメントに、そんな情けない声が出てしまう。


「おっと、両想いか?」

「そっ、そんなことあるわけ――」

 慌てて反論しようとした瞬間、弓槻くんに遮られる。


「冗談だ。浮かれてるのか?」

 いつも通りの静かな声に、少し不機嫌な色が混じっていることに気づく。

「べ、別にそんなんじゃないよ。ただ、人気者とお近づきになれてちょっと嬉しいなぁ、くらいの気持ちだって」


「本当か?」

「わかってるよ。ちゃんとシロちゃんの生まれ変わりを探すっていう目的は見失ってないから安心して」

「そうか……」


 そのあとに「わかってないじゃないか」と、彼が小さく呟いた気がしたけど、空耳か何かだろう。

 そして、少し遅れて違和感に気づく。何で弓槻くんは私をからかうようなことを言ったのだろう。


『全ての可能性を見落とすまいと追及する姿勢は必要だ』

 昨日はそんなことを言っていたのに。矛盾しているような気もする。だって燈麻くんは、本当に運命の相手かもしれないわけで……。まるで、燈麻くんがシロちゃんの生まれ変わりではないと確信しているような感じだった。


「次は仙田朔矢せんださくやだ。行くぞ」

 弓槻くんは立ち上がって、飲み終わったジュースの缶をゴミ箱に放った。

「う、うん」

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