3.7 恋心は加速する
「與時宗は、猫は苦手ではないようだな」
「みたいだね。でも、何で連絡先なんて教えてもらったの? 私が知ってるのに」
「可能性は全部潰しておかないと駄目だからな」
可能性? 何のだろう。
「どういうこと?」
「そのうちわかる。それよりも、君はどうなんだ?」
「え?」
「彼に対して、その、何と言えば正確なのかわからないが、運命的なものは感じたりはしないのか?」
ああ、そういうことか。たしかに、シロちゃんは記憶の中で、二人はひかれ合うというようなことを言っていた。運命の相手、つまりシロちゃんの生まれ変わりに対してなら、何かしらの特別な感情を感じる可能性はあるかもしれない。
けれど、
「うーん。わからないな。私は與くんに対して恋愛感情はないけど。結構前から知り合いだったし……。でも、私が唯一普通に話せる男子だから、特別ではあるかもしれない」
「俺とは普通に話せないのか?」
弓槻くんが、覗き込むように顔を近づけるものだから、思わず後ろに下がってしまう。背中が壁についた。
なおも接近してくる整った中性的な顔に、心拍数が上がる。
忘れていたけど、弓槻くんだって“男子”なんだ。嫌いというわけでは決してないけど、やっぱり男子はまだ苦手だ。
「あ、いや。そういうわけじゃ……ないけど」
「遠慮せずに普通に話していいぞ。その方が、こっちも気が楽だ」
彼は真っ直ぐ私の目を見て言う。私は目を反らす。
「う、うん。そうする」
「あっれー!?
はつらつとした元気な声が、廊下に響く。
「あっ、
偶然にも通りかかったようだ。それも、最悪のタイミングで。
「あれ、あれぇ? ちょっと、やっぱりそういうことじゃないのぉ」
弓槻くんと私を交互に見比べて、ニヤけ顔でおばちゃんみたいなリアクション。目が三日月みたいになっている。
どう言い訳をしようか、必死で考える。でも、心の準備ができたら、藍梨には本当のことを話そうと思っていた。それが少し早まっただけだと思えば……。
意を決して、弓槻くんの耳元に顔を近づける。
「ねえ、弓槻くん。藍梨には本当のこと、話してもいいかな」
弓槻くんは、藍梨の方をチラッと見てから答えた。
「俺は別に問題ないと思うぞ」
「ちょっと、何をこそこそ話してるのよ。人前でイチャつくとは、いい度胸ね」
なおも煽ってくる藍梨に、真剣な表情で私は告げる。
「あの、この前の悩みのことで、藍梨に話したいことがあるの。驚かないで聞いて欲しいんだけど……」
「おろ、結構真剣な話みたいね。聞かせて」
周りに誰もいないことを確認した私は、できるだけ声をひそめて話し始めた。
「実は――」
私は、突然前世のものと思われる記憶がよみがえったこと、この学校でシロちゃんの生まれ変わりを探していること、その協力者が弓槻くんであることを打ち明けた。
最初から全部を信じてもらえなくてもいい。少しおかしくなってしまったんだと思われても、それはそれでかまわない。けれど、何でも話せるはずの親友に、悩みを打ち明けずに黙っているのは、私自身が許せなくて。
藍梨は、たとえこの話を信じてくれなかったとしても、他人に言いふらしたりするような人ではないことを、私は知っている。とにかく、本当のことを話すことに意味がある。自己満足と言われればそれまでかもしれないけれど、私なりの決意表明でもあるのだ。
「なるほど、納得した」
「だよね。いきなりそんなこと言っても信じてもらえ……って、ええっ!?」
ノリツッコミみたいになってしまった。順応性が高いとか、そういうレベルじゃない。オカルト研究同好会への入会でもオススメしてみようか。
「いやね、私もおかしいなと思ってたのよ。あの琴葉があの弓槻くんと仲良くなるなんて、よっぽどの理由があるんだろうなって。弓槻くんのことが好きになったとしか考えられなかったんだけど、それでもいきなりこんなお近づきになるなんて、チキンな琴葉の性格からは考えられないし。それに、琴葉はそんな絶妙な嘘をつける子じゃないしね。親友なんだから、そのくらいわかってるよ」
ビシッと親指を立てて、藍梨は片目をつむった。
若干悪口が含まれている気がしないでもないけれど、その台詞の裏にある私への理解に、胸が温かくなる。
「藍梨……」
「でも、弓槻くんより先に私に相談してくれてもよかったんじゃないの?」
腰に手を当てて、頬を膨らませる。
「ご、ごめん」
「ま、許してあげる。にしても、前世の記憶だなんてとんでもないことに巻き込まれちゃったね。それで、そのシロちゃんの生まれ変わりってのは、目星はついたの?」
「それが、まだ全然。でも弓槻くんが協力してくれて、今のところいい感じ」
「あらあら、お熱いことで」
「だっ、だからそんなんじゃないってば!」
「あはは。照れる琴葉もかわいいね。じゃ、何か協力できることがあったら私にも頼ってよ」
そう言い残して去っていく。まるで嵐のようだった。
「それにしても、彼女はどこの部活なんだ?」
弓槻くんがポツリと呟いたのは、藍梨が、右腕で平たい将棋盤を抱え、左手でけん玉を持っていたからだろう。さらに、背中にはバドミントンのラケットまで背負っている。
「さあ。非公式のものも含めると、十種類くらい所属してるらしくて、私も把握しきれてない」
「……」
さすがの弓槻くんも声が出ないらしい。とにかく、
シロちゃんの生まれ変わり候補である與くんに聞き込みを終えた私たちは、一度オカルト研究同好会の部室に戻った。
一つだけ気になることがあったので、聞いてみることにする。
「霊力の高い黒猫が、って話。もしかしてチョコのこと?」
與くんの、猫がどうかしたのかという質問に対して、弓槻くんが答えた内容だ。
「そうだ。猫が苦手かどうかも聞き出せる上に、チョコも探してもらう大胆なアイデアだ」
弓槻くんは得意げな顔で言いきる。
「普通に張り紙でもすればいいんじゃないの?」
「公共物に無断で張り紙を貼るのは犯罪だろう」
彼は真顔でそんなことを言う。
「教師に嘘をついて個人情報を手に入れたくせに」
私はボソッと呟く。
「嘘も方便という言葉があることは知っているか?」
「そりゃあ知ってるけど……」
この人には、口では勝てそうにない。私は反論を諦めた。
「とりあえず、今日はここまでだな。続きはまた明日だ」
そう言いつつも、彼は分厚いファイルがぎっしり詰まった棚をあさっている。
「弓槻くんはまだ帰らないの?」
「少し調べたいことが残っている。君は先に帰ってくれてかまわない」
そんなに遅い時間でないとはいえ、完全に任せきりにするのは気が引ける。
「私に手伝えることはないの?」
手伝ってもらっているのは私なのに、この発言はおかしかったかもしれない。とにかく、弓槻くんに動いてもらってばかりなのは申し訳ない。
「残念ながら、専門的な内容についての調べものだ。君が今できる最善のことは、ヒントになる記憶を思い出すことだ。精神を研ぎ澄まして、より多くの情報を受信し、俺のところに持ってきてくれ」
そう言われてしまっては、返す言葉もない。精神を研ぎ澄ませば有益な情報を含んだ記憶がよみがえるかどうかは別として。
ただ、“足手まとい”や“邪魔”という否定的な単語を使わず、やんわりと拒否してくれたことに、彼の優しさを感じた。
「それじゃ、また明日」
「ああ」
そんなやり取りを交わして、私は学校をあとにした。
帰宅後は、なるべくいつも通り過ごした。けれども、気を抜くとすぐに、シロちゃんのことについて考えてしまう。
シロちゃんの生まれ変わり候補が四人まで絞られた。だけど、本当にその中に、私の運命の相手がいるのだろうか。
布団に入ってからも、そんな答えの出ない問いに頭を悩ませていた。
何か見落としている可能性はないか、などと考えてみた。けれど、弓槻くんに考えの及ばないことを私が思いつくはずもない、という結論に達した。
私はすっぱり諦めて、眠りについた。
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