3.3 信頼で築かれた壁を


 私は昨日と同じようにパイプ椅子に座り、テーブルを挟んで弓槻くんと向かい合っている。

「新しい記憶、か……」

 今朝の出来事を彼に話して聞かせたところ、オカルト研究同好会の会長は、テーブルに肘をついて、組んだ指の上に顎を乗せて考えるしぐさ。


「でも、あんまり有益な情報は――」

「いや。よみがえる前世の記憶が、事故当日のものだけではないということがわかった。これはさらなる情報が期待できる。二度あることは三度ある、と言うだろう」

「たしかに!」

 ポジティブな分析に賛同する。


「もちろん、もう新たな記憶は得られない可能性もあるがな」あ、そうですよね。「とにかく、また新しく思い出した……という言い方は変かもしれないな。新しくよみがえった記憶があれば、すぐに教えてくれ」

 その言い方も十分変だけど……とも言えず、いつでも連絡をとれるよう、彼と連絡先を交換した。


「さて、俺からも重大な話がある」

 真剣な目つきで私をじっと見る。

「……」

 唾を飲んで続きを待った。


「結論から話そう。シロちゃんの生まれ変わりの候補は四人。俺が今持っている知識を頼りに絞った」

 親指だけを曲げた右の手のひらを、私に向けて言った。いきなりの飛躍的な進歩に、私は驚く。

「四人!? そんなに少なく……。どうやって?」


「月守風呼が死んだのは、中学三年生のときで間違いないな」

「うん」

「なら、十四歳か十五歳だ」

「それが、どうかしたの?」


「今から俺が言うことは冗談ではない」そんな前置きをして続けた。「人間が人間に生まれ変わる場合、それなりに負担がかかる。わかりやすく言うと、精神がまだ未熟な状態で転生する場合、その転生する先は元の人間と同じような人間が好ましい、ということだ。よって、ある項目に年齢制限が設けられている。煙草や酒と一緒のようなものだ。ただし、こちらは十八歳だが」


「せ、制限?」

 正直、すぐにそれを信じることができなかった。

「信じられないかもしれないが、事実なんだ。俺は生まれ変わりについて研究を重ねてきた。その結果、十八歳未満の人間は、特定の条件の人間にしか生まれ変わらないという事実を発見した。だから、信じてほしい」


 弓槻くんの声からも、冗談を言っている雰囲気は感じ取れなかった。それに、前世の記憶がよみがえるという、すでに信じ難い体験をしているのだ。もうあり得ないことなんか、この世にないような気がしてきた。

 そもそも、この場で嘘をつくメリットなど、何もないはずだ。


「うん。信じる」

「助かる」少しホッとしたように息を吐き出して、彼は続けた。「で、かかる制限というのは二つ。まずは性別。十八歳未満で亡くなった人間は、男は男に、女は女にしか生まれ変わることができない。この時点で、候補は百五十九人だ」


 つまり、この学校にシロちゃんの生まれ変わりがいるとすれば、その人は男子である、ということか。百五十九人というのは、二年生の男子生徒の総数だろう。


「そして、血液型。十八歳以下の人間は、同じ血液型の人間にしか生まれ変わることができない。ちなみに、ここで言う血液型というのはABO式のことだ。昨日の君の話から、シロちゃんはAB型だったことがわかる」


 ん?

「ちょっと待って!」思わず口を挟む。「シロちゃんがAB型だって、どうしてわかるの? 私は彼の血液型なんて弓槻くんに話してないし、というか、そもそも知らないんだけど……」


 しかし弓槻くんの次の一言で、私は納得させられてしまう。

「例の記憶の中で彼は『血なら誰からでも貰えるから』と、そう言ったんだろう?」

「あっ、輸血!?」

 彼の『貰える』という表現で、すぐにわかった。AB型の人には、全ての血液型の血を輸血することができると聞いたことがある。


「そういうことだ。ただ、Rh抗原だったり、他に珍しい血液型もあったりして、誰からでも貰えるというのは正確ではないがな」

「へぇ」

 そういったことに詳しくない私は、そんな返事しかできなかった。


「日本でAB型の血液を持つ人間の割合は約九パーセントだ。この学校にAB型の人間を惹き付ける不思議な力でもない限り、かなり人数は絞れるはず。で、思った通り、百五十九人の候補が十四人になった。ここまではいいか?」

 聞きたいことがあったが、話を先に進めたいため、とりあえず頷いておく。


「俺の研究から得た知識では、候補の絞り込みはここまでが限界だ。しかし、それとは別の条件で、十四人をの候補をもう一段階絞り込むことができる。事故が起きたのは一九九九年の十一月十九日でいいんだったよな?」

「そうだね」

 別の条件って何だろう。専門的な知識が必要なわけではないみたいだけど、さっぱりわからない。


「現在の高校二年生は特別な事情がない限り、生年月日は一九九九年の四月一日から二〇〇〇年の三月三十一日までの間のどこかだ」

 そこで、私にも彼の言いたいことが理解できた。

「あっ!」

 私も一昨日、自分の生年月日と月守風呼の亡くなった日を比較して考えたじゃないか!


「当たり前のことで何だか間抜けな発言だが、。つまり、シロちゃんの生まれ変わりである人間の生年月日は、一九九九年の十一月十九日より後でなくてはならない。これで十四人だった候補がさらに絞られて、四人になった」


 弓槻くんは相変わらず無表情ではあるものの、自信に満ちているのがわかる。

 突如よみがえった前世の記憶が、私を立ち止まらせるほどの強い向かい風なら、弓槻くんの存在は強い追い風だ。


 この学校からシロちゃんの生まれ変わりを探すと思うと、困難そうな気がしていたけれど、四人ならどうにかなるかもしれない。

 勇気を出して彼に相談してよかったと、改めてそう思った。

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