2.6 何を願った誰の祈りか


 君はどうしたいんだ?

 その質問に、私はすぐに答えを返せなかった。


「私は……」

 どうしたい? 改まって考えると、どうしたいかなんて考えたことなかった。

 いや、違う。それは、考えることじゃない。私の気持ちの通りにすればいいんだ。


 心からの願いを、そのまま口に出す。

「私は、シロちゃんに、シロちゃんの生まれ変わりに会ってみたいです」

 実際に会ったこともない、記憶の中だけに生きる彼のことを想うと、どうしようもなく胸が苦しくなるのだ。


 月守風呼やシロちゃんのように、ちゃんと恋愛を経験したことのない私には、この気持ちが、恋かどうかなんてわからない。

 そもそも、亡くなった人間にはもう会えないことくらい理解している。

 でも、記憶の中の月守風呼は、たしかにシロちゃんを愛していた。


 それに……。

『僕らはまた、出会える。何度生まれ変わっても、また。だって、風呼と僕は……赤い糸で……繋がっている…………から』


 シロちゃんのその台詞には、強い想いと、また会えるという確信が含まれていた。シロちゃんの生まれ変わりこそが、私の運命の相手なのだと、心から信じてしまうほどに。


 今まで恋なんてしたことがない私でも、運命の相手なら好きになれるはずだ。そんな予感がしていた。

 これまで私が抱いていた、恋愛に対する怖さと憧れのバランスが、大きく崩れようとしていた。

 この出来事をきっかけに、私は変わろうとしていた。


「シロちゃんの生まれ変わりを探したい、ということでいいんだな」

「はい」

 私は力強くうなずいた。


「そういうことなら、ぜひ協力させてもらおう。生まれ変わりについては、大いに興味がある。というか、俺が研究している分野そのものだ」

 どうやら、彼が超常現象について研究しているというのは本当らしい。しかも、生まれ変わりについて専門的に研究していると言う。私と弓槻くんのこの巡り合わせも、運命に仕組まれたものではないか。そんなことすら感じた。


「ありがとうございます」

 私は深く頭を下げた。

「俺も、前世の記憶を保持している人間の実例を見るのは初めてだ。むしろ君には感謝している」

 研究対象として感謝されてもあまり嬉しくはないけれど、利害は一致しているらしい。


「シロちゃんの生まれ変わりを探すとして、具体的に何か方法はあるんですか?」

 私の質問に、弓槻くんはすぐに答えた。

「ああ。君のようにショックで記憶がよみがえるのなら、片っ端からこの学校の生徒に強い衝撃を与えて気を失わせれば、前世の記憶がよみがえった人間がシロちゃんの生まれ変わりだと判明するんじゃないのか? 問題はトラックと運転手の入手経路だが……」


「ちょっと、何言って――」

 慌てて立ち上がる。ガタッと、パイプ椅子が倒れそうになる。

「冗談だ。ちゃんとした策はある。明日の放課後、またここに来てくれ」

 弓槻くんはケロッとした顔で、私を見上げる。


「一つ、お願いがあります」

 私は立ち上がったまま、彼を見下ろしながら言う。

「なんだ」

「冗談を言うときは、今から冗談を言う、と宣言してから話してください。弓槻くんは、真面目な顔で冗談を言うので、心臓に悪いです」

 私にしては珍しく強気な口調。


「……それじゃあ冗談の意味がないだろ」

「それは……そうですけど」

 わかりやすくしおれる私を見て、彼はフッと笑う。

「わかった。善処しよう。それより、俺も君に一つ要求したいことがある」

「は、はい」

 何を要求されるのか、ビクビクしながら彼の言葉を待った。


「敬語はやめてくれ。同学年だし、普通に話してほしい。堅苦しくて息がつまる」

「わ、わかりま……じゃない。わかった」慌てて言い直す。「えっと、ありがとう、弓槻くん。いきなり知らないはずの記憶がよみがえってきて、怖かったの。だから、弓槻くんに力になってもらえて、本当に心強い。よろしくね」

 安堵によって溢れてくる言葉は、その全てが紛れもない本音だった。


「気にしなくていい。俺は、生まれ変わりという現象に興味があるだけだ。君の力になりたいから協力するわけじゃない」

 何もない部室の壁に視線を向けながら、ぶっきらぼうに紡がれた彼のその言葉は、根拠はないけれど、本心だとは思えなかった。私に対する気遣いと、ほんの少しの照れ隠しだと思う。彼の優しさを知った今だからわかることだった。


 タブレットを操作しながら「やることがある」と言う彼と別れて帰路につく。学校から駅までは、もちろん安全運転だ。




 家に帰り、少し遅めのお昼ご飯を食べて、ひたすらゴロゴロした。昨日もたくさん寝たけれど、テストの疲れもまだ残っている。そして何よりも、前世の記憶というとてつもない問題を抱えている。せっかく午後がまるまる空いているけれど、勉強をしたり、外に出かけたりするような気分には、どうしてもなれなかった。


 前世の記憶に関しては、まだまだ理解の及ばないことばかりだけれど、今朝よりも不安は小さくなった。これも弓槻くんのおかげだ。


 暗くて不愛想。彼は私のそんなイメージを、たった数十分で壊した。仲良しな猫がいたり、真顔で冗談を飛ばしたり、親身になって……くれていたかどうかはちょっとわからないけれど、私の悩みをしっかり聞いてくれた。それだけじゃなくて、生まれ変わりについて研究もしているらしく、前世の記憶について何かわかるかもしれない。


 かなりの変人だけど、いい人だと思う。

 とにかく、協力者が見つかって安心だ。


 そのままなんとなく、いつも通りテレビを見たり本を読んだりしながら過ごして夜を迎えた。


 夏という季節は厄介で、太陽が沈んでも、ムシムシした暑さは同時に消えるわけではなく、その場にとどまって私たちの体からエネルギーを奪い続ける。タオルケットを腹部にだけかけてベッドに寝転がりながら、ボーッと考えごとをしていると、一つだけ新たに疑問が生じた。


 私の嶺明高校への入学が、運命に導かれたことだと仮定する。ならば同じように、運命によってシロちゃんの生まれ変わりに恋をするのではないか。


 それとも、記憶がよみがえり、シロちゃんの生まれ変わりを私が探し始めるという行動自体が、運命に支配されているものなのだろうか。

 どうも考えがまとまらない。

 弓槻くんには何か考えがあったようだった。明日また考え直すことにしよう。

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