2.5 謎の真相を導くのは


「さて、そろそろ本題に入ろうか」

「あ、はい」

 テーブルに戻った私たちを、緊張感が包む。弓槻くんは真剣な目付きになり、私に話を促した。


「昨日の帰りのことでした。自転車で転んだ私は――」

 トラックにひかれそうになって気を失ったこと。

 目覚めると、月守風呼としての記憶を思い出していたこと。

 その記憶の中での出来事。

 シロちゃんと呼ばれる少年が放った意味深な言葉。


 ありのままを全て話した。

 話をしながら、ほとんど内容を忘れていないことに気づく。きっと、それだけ衝撃的な出来事だったからだろう。


「ふむ。君はその記憶が前世の記憶だと、つまり、自分が月守風呼の生まれ変わりだと思ったわけか」

 弓槻くんは、真っ直ぐに私を見据えて言った。とりあえずは、そんなことありえるわけがないと突っぱねられなかったことに安堵する。『そんな作り話、誰が信じるか』と言われることも覚悟していた。

「はい」


「そう思った理由は、何かあるのか?」

「それは……言葉では言い表せないというか……。直感としか、今は言えません。私だって、まだ半信半疑です。でも、他人が経験したことを聞いたものだとか、頭を打っておかしくなったとか、可能性としては考えられても、この記憶は実際に体験したことのようにしか思えないんです。やっぱり信じられないですよね」


 少し考えるような間があってから、弓槻くんは口を開いた。

「いや、直感は大事だ。それに、君の話を作り話だとか妄想だとか、根拠もなしに判断することはできない。もう少し情報が欲しいところだ」

 百パーセント完全に信じてくれたわけではないにしても、興味は持ってもらえたようだ。


「というか」彼はタブレットを鞄から取り出して操作し始めた。「それだけ大きな事故なら、ニュースにもなっているはずだ。……ほら、これだろ?」

 タブレットの画面を私に向ける。そこには、ある事故の情報が示されていた。


 トンネルの天井盤が落下し、バスが炎上。バスに乗っていたのは、修学旅行に向かう途中の中学生と、その担任の教師。日付は、一九九九年の十一月十九日。間違いない。記憶の中の事故だ。


 トンネルの天井盤の落下に、修学旅行で京都へと向かうバスが巻き込まれ、三十八人の死亡者が出た。かなり大規模な事故だったらしい。事故に巻き込まれたのがバス一台だったことは、不幸中の幸いだとも書かれていた。


 事故の記憶が本物だと疑っていなかったためか、思いのほか冷静でいれた。

「そうです。やっぱり、本当にあったんですね」

 これで、記憶の中の事故が、実際に起きたものだということが正式に判明した。それにしても、なぜニュース検索という手を思いつかなかったのだろう。自分の発想の乏しさに、少しへこむ。


「そうみたいだな。しかし……」

 弓槻くんはまだ納得がいっていない様子だ。

「どうかしたんですか?」


「作り話だとか妄想だとか、俺に判断することはできないと、さっきはそう言った。それに俺は、生まれ変わりという現象は存在すると確信している。が、君が本当に、その月守風呼という少女の生まれ変わりかどうかについての個人的な見解としては、まだ疑う気持ちが少しある」


「え?」

 なんだか突き放された気分だ。だが、考えてみれば当たり前だった。いきなり、前世の記憶がよみがえったんです、なんて言われて、丸ごと信じる方がおかしい。


「まずは、信じる理由がいくつか。君が演技をしているようには見えないということ。生まれ変わり自体を信じる理由にはならないが、作り話やドッキリを否定する材料にはなる。それに、これが君の作り話やドッキリではないと仮定した上での考えだ。君は実際に二〇一五年の四月に、この嶺明高校に入学している。記憶の中で、シロちゃんとやらが言っていた通りになっているんだ」


「私も、そのことについてはびっくりしているんです。特にこの学校に入りたい具体的な理由はないのに、なんとなくいいな……って。いつの間にか、この高校にひかれてたんです」

 言いながら同時に、弓槻くんがすぐにその点に言及したのにも驚いた。あとで私から話そうとしていたのだが。


「なるほど。運命に導かれているということなのかもしれないな。次に、疑う理由だ。君の記憶の中で、シロちゃんは、まるでということを確信したかのように言ったそうだな」

「はい」


「中学生とはいえ、精神的には現実を見据えている年齢だ。オカルトを研究している俺が言うのもなんだが、普通なら生まれ変わりなんて信じない」

「ああ、それは……」

 言われてみれば、たしかにその通りだ。思い至らなかった。


「それだけじゃない。なぜ彼は二〇一五年の四月を指定したのか。生まれ変わってもまた出会えるというのなら、なぜもっと早く会おうとしないのか、ということも疑問の一つだ」


 聞きながら、弓槻くんの頭の回転の速さを思い知る。正確に情報を処理し、疑問点を即座に打ち出す。淡々とした話し方と相まって、まるで推理小説の探偵みたいだ。


「シロちゃんが生まれ変わりの存在を確信したような台詞を言っていたことについては、私もよくわかりません。でも、二〇一五年の四月を指定したことに関しては、一応私なりの考えはあります」

「……」

 彼は無言で待つ。真剣な表情だった。


「前世の私……そう仮定して話しますが、月守風呼たちが亡くなったのは中学三年生でした。死ぬには若すぎます。付き合っていたとはいえ、やり残したことはたくさんあるでしょう。シロちゃんは、高校生からまた新しくやり直したいと、そう考えたのではないのでしょうか。なぜもっと早く出会おうとしないのか、という疑問に対する答えにはなってないですけど……」

 弓槻くんの鋭い視線に、私の声はだんだんと弱々しくなっていく。変なことを言ってしまっただろうか。


「なるほど。弱い気もするが、説明はつくな。何にせよ、情報が足りなすぎる。ここは、君の話と、記憶の中の彼の言葉を信じて進めるしかないか……」

 突拍子もない話を聞いてくれたうえに、それを信じてくれると言う。その展開を期待していたにもかかわらず、むしろ私の方が困惑していた。


 数秒間の沈黙が流れたあと、弓槻くんは口を開いた。

「それで、君はどうしたいんだ?」

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