6.7 選んだ幸せをつかみとる
「ずっと、待ってたよ」
私を真正面から見つめて、運命の人は言った。
私だって、ずっと探していた。けれど――。
一つだけ、わからないことがあった。
「どうして、そっちから教えてくれなかったんですか?」
「ん?」
「私が月守風呼の生まれ変わりだって、気づいていたんじゃないですか?」
先ほど、私が榮槇先生をシロちゃんだと指摘したときの、余裕のある反応。知っていたとしか思えない。
「ああ、ずっと前から気づいてたよ。入学式のときだったかな。ああ、風呼だ。風呼が会いに来てくれたんだ、って」
「じゃあ、何で……」
「僕は、生まれ変わりも運命も信じてなかったんだ。事故のときは必死で、ただ風呼と離ればなれになりたくない一心だった。それで、来世でまた会えるなんて荒唐無稽なことを言ったけどね。でも、もしかしたら本当に生まれ変わって会いに来てくれるかも、なんて……。そんなバカな考えもちょっとだけあって、結局、僕は嶺明高校で待つことにしたんだ。もし生まれ変わりがあって、運命が二人を結びつけるのなら、風呼は僕に会いに来てくれる。運命なんてなければ、僕はずっと独りのまま。仕事を適当にこなして、死にながら生きていくだけ」
ああ。だから、あの日のシロちゃんの台詞は『会いに来て』だったのか。月守風呼が死んで、自分だけが生き残ってしまうことを、なんとなく察していたんだ。
「でも、私は運命に導かれて、この高校に入学しました」
「うん。それはそうなんだけど。君は今は風呼じゃなくて、鳴瀬さんだ。君自身の意志で僕を見つけてもらわないと、それは運命じゃない。だから、決して僕の方からは、運命の相手として君に接触はしない。これは、僕が自分に課したルールだ」
「私が弓槻くんと一緒になって、シロちゃんについて調べていることも知っていたんですね。だから生徒の個人情報も提供した」
「あれはただ単にオカルト研究同好会の顧問として……いや、それは言い訳だね。たしかに鳴瀬さんの言う通りなのかもしれない。君が僕を見つけやすいように行動した。少しだけ、ずるをしてしまった。君の探している運命の相手は僕だって、言ってしまえればどんなに楽だったか」
この人は、運命に全てをゆだねたんだ。
そして、私は――
「でも、君は会いに来てくれた。僕たちの再会は、運命によって決まっていたんだ」
運命。この数日間で、何度その言葉の不確かさを感じたことだろうか。
「また、僕と一緒に生きてくれますか? 教師と生徒という立場上、今すぐには難しいけど、一年半なんてすぐだ。僕はもう、十七年も待ったんだから」
私は、運命の相手であるシロちゃんと榮槇先生、二人の男の人を好きになってしまったと思っていた。その事実に、強い罪悪感を感じていた。でも、私が好きになった榮槇先生こそが運命の人で――。
迷うことなど何もないはずなのに、私はどうしてか、うなずくことができなかった。
「……少し、考えさせてください」
気づくと私の口からは、そんな台詞が発せられていた。
恋に落ちた相手が、運命の相手。これほど素晴らしいことってないはずなのに……。
「わかった。きみが一番幸せになる道を選んでほしい。その答えがたとえ、僕じゃなくてもいい」
その優しさと悲しげな笑みが、記憶の中のシロちゃんと重なった。
榮槇先生は私の横を通って、屋上を出て行った。
私はその場で立ちすくんで、階段を降りる足音を聞いていた。
君が一番幸せになる道……。弓槻くんも私に同じようなことを言った。
愛というのは、相手の幸せを願うことである。いくつかの小説に、そんな感じのことが書いてあった気がする。私は今初めて、その言葉の本質を理解した。
私は今日、與くんに全てを話すつもりだった。といっても、與くんはシロちゃんの生まれ変わりではなかったわけだから、その計画は中止だけど。そして、與くんに全てを話したうえで、榮槇先生に気持ちを伝えるつもりでいた。
気持ちだけ伝えて終わりにしよう。私はまだ、誰とも、どうにもならない。そう思っていたのに、状況が変わってしまった。
『一番よくないのは、その場から動かないこと。立ち止まって待っているだけでは何も解決しません。望むものは、自分の手で掴み取るのです』
そんなことはわかっている。わかっているけど、望むものが何かわからなければ、動きようもない。
私はそのまま屋上で、数分間ボーっと立っていた。気づくと、黒い髪に覆われた私の頭部が、太陽光を吸収して熱くなっていた。こめかみには汗も流れている。比較的涼しい校舎に避難することにした。
私が何を迷っているのか、なんとなく理解できた。
私が榮槇先生を好きになったのは、運命の相手だから。そんな推測に、自分の気持ちを疑っているのだ。
私が恋をしたわけじゃないのかもしれない。考えれば考えるほど、そうとしか思えなくなる。
運命って、要は月守風呼の気持ちであって、私の気持ちではない。
私は月守風呼の生まれ変わりであって、月守風呼本人ではない。
『嫌なことや難しいことにぶち当たるときは必ず来るの。そんなときに、琴葉はそれを乗り越える強さを持ってるんだよ』
藍梨はそう言ってくれたけど、やっぱり私は弱い。
だから、今この瞬間に強くなろう。そう思った。
榮槇先生は、シロちゃんは、私のことを見ていない。彼が見ているのは、月守風呼だ。
でも弓槻くんは、月守風呼ではなく、今の私を、鳴瀬琴葉を好きだと言ってくれた。
だから私は――。
本当に、それでいいの? 月守風呼は、来世でもシロちゃんと一緒に生きていたいって、そう強く想いながら死んでいった。その切実な祈りを、私は自分が体験したことのように知っている。
そんな迷いが生じた瞬間、優しくて柔らかい風が吹いた。
思えば、全てのきっかけは風だった。
私に前世の記憶がよみがえってきたのも、弓槻くんがシロちゃんの生まれ変わりではないと判明したのも。
もしもあのとき、風が吹いていなければ――。
私は運命通り、何も知らないまま榮槇先生のことを好きになって……。
今吹いた風は、『自分の運命は自分で決めろ』という風呼からのメッセージなのかもしれない。彼女は、全てを明らかにしたうえで、私に選択肢を与えているんだ。
おかげで、決心がついた。
私の運命は、私が決める。
「ただいま」
保健室に戻った私は、ベッドに座った弓槻くんに言った。
「運命の相手とはどうなったんだ?」
「すごくいい人だったよ。でも彼とは、もうどうもならない。私は鳴瀬琴葉。月守風呼じゃない」
「……それでいいのか?」
「うん。風呼も、応援してくれてるみたい」
「そうか。それで?」
「それでって?」
「さっき、俺が言ったことについて、返事をまだ聞いていない」
顔が熱を持つのがわかった。弓槻くんもこころなしか、頬が赤くなっている気がする。
「え、だって、返事って……」
そういうの必要ない雰囲気だったじゃん。
「どうなんだ?」
でも、一歩踏み出さないと、何も始まらない。恋愛的な意味での“好き”にはまだ遠いかもしれないけれど、弓槻くんは優しくて頼りがいのある男の子だ。そんな素敵な人が、私なんかのことを好きだと言ってくれている。
「……あの、お友達から始めてみてもいいですか?」
勇気を振り絞った結果、出てきた台詞だった。
弓槻くんはベッドから降りて、無表情で私に歩み寄る。そして、強く私を抱きしめた。
「あの、えっと……。お友達からって……」
口ではそういったものの、嫌悪感や不快感はまったく感じなかった。
「許せ。今日くらいはいいだろう」
運命の人でもなんでもない彼は、私の耳元でそう囁いた。
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