5.5 わずかに掠れて交わらず


「昼食でも食べながら話をしよう」

 弓槻くんが言った。どうやら、だいぶ立ち直ったようだ。

「うん」

 私たちは学食へと向かった。


 終業式だけあって、生徒は少なかった。

 私はチキン南蛮定食を、弓槻くんは生姜焼き定食を注文する。

 突然の死別あとで、まともに食事ができるかどうか心配だったけど、少し時間を置いたおかげか、どうにか大丈夫だった。


「生姜焼きはさすがに箸の方が食べやすいと思うよ?」

「俺を誰だと思っている。巷ではスプーン使いの弓槻と呼ばれて恐れられている男だぞ」

「冗談でしょ?」

「ああ」


 この人は、私を馬鹿にしているのだろうか。いや、きっとわざと明るくしようと努めているんだ。つらい気持ちに蓋をして、もう大丈夫だと私に伝えようとしている。

 私の隣の席の男子は、とても優しい。だけど、人に気を遣うのがへたくそだ。


 彼は、スプーンですくった生姜焼きを口に運ぶ。滑らかで隙がなく、無駄を感じさせない動作だった。私が今まで出会った人たちの中で、最も鮮やかなスプーン捌きであると、自信を持って言える。


 二人とも昼食を終え、真剣な眼差しの弓槻くんが切り出した。

「さて、これでシロちゃんの生まれ変わり候補の四人に、一通り話を聞き終わった。與時宗あたえときむね燈麻実律とうまみのり仙田朔矢せんださくや、伊凪洸。この中で、何か運命的なものを感じた人間はいなかったか?」


 運命。その単語に、ドキリと心臓が跳ねる。数時間前の、榮槇先生との件を思い出したからだ。

「どうした」

「なんでもない。特にこれといって、四人の中にはいなかったよ」

 そう、四人の中には……。


「残念だ。直感で生まれ変わりが誰かわかれば、楽に研究が進むのにな」

 そんなにうまくいったら苦労はしない。もちろん弓槻くんもダメ元で質問したようで、表情に変化は見られなかった。


 私は話を進めることにする。

「猫についての質問の答えからすると、猫が苦手なのは仙田くんと伊凪くんの2人だね。與くんと燈麻くんは、猫に苦手意識はないみたい」


「ああ。しかし仮に、シロちゃんが猫が苦手で、その生まれ変わりも猫に苦手意識を持っているとしても、與時宗と燈麻実律を除外したところで、残りの二人の間に差異は見いだせない」


「しかも、仙田くんは少し潔癖症なところがあるだけで、猫そのものが苦手ってわけではなさそうだし。伊凪くんに至っては、生物が嫌いなんて言い出すし。……やっぱり猫だけじゃわからないよ」


 考え始めてものの数分で音を上げた。情報が足りなすぎる。二人の間に、暗い雰囲気の沈黙が下りてくる。


「そもそも、シロちゃんが猫に対して苦手意識があるという前提が間違っているのかもしれないな」

 沈黙を破り、唐突に弓槻くんが呟いた。


「え?」

「いや、シロちゃんが猫を避けた理由について、他の可能性も考えてみたんだ。そこで、猫アレルギーだった可能性もあり得ると思った。アレルギーは生まれ変わっても引き継がれないんだ。これについては研究結果もある」


「じゃあ、また振り出しに戻るの?」

 言ってから、少しとげを含んだ声音になってしまったかもしれないと後悔した。弓槻くんだって、私を困らせようとして言っているわけではないのに。私は、なんて勝手な人間なのだろう。


「シロちゃんは猫が苦手だったという前提が間違っていれば、そうなるな。別に今までの調査が無意味だったとは思わないが。とにかく、手詰まりなのは確かだ。また新しい方法を考えなければならない。俺は部室に戻って、過去の資料をいくつか当たってみる」


「……私も、帰って色々考えてみる」

 顔を上げずにそう言った。自分自身の身勝手さに呆れて、彼の目を見ることができないでいる。弓槻くんが何一つ文句を言わないことも手伝って、恥ずかしさは膨らむばかりだ。


「ああ。明日から夏休みになるが、何かわかったことがあればすぐに連絡する」

「うん。あの……迷惑じゃない?」

 恐る恐る聞いてみる。


「迷惑?」

「色々と手伝ってもらってるけど、全部弓槻くんに任せっきりだし、全然役に立ててる気がしないし」


 前に進んでいるはずなのに、真相が全く見えてこない現実に、不安を抱かずにはいられない。つい、弱音を吐いてしまう。


「前も言っただろ。俺が好きでやっていることだ。気にしなくていい。それに、もうすぐなんだ。早ければ明日にでも、全てが明らかになる」

 私の不安を払拭するかのような、不敵な笑みだった。


 弓槻くんは、私の知らない情報を持っている。直感的にそう思った。

 それが何なのかは、まだわからない。聞いても教えてくれないだろう。


「俺はシロちゃんの生まれ変わりの正体を解き明かして、結末を君に全て伝える。絶対にだ。約束する。今は一つだけ、言っておく。君の運命の相手は、必ずいる。だから安心してくれ」

 まだ弓槻くんとは数日間の付き合いしかないけれど、私はその言葉を信じることができた。


「でも、それが誰かわからないのなら、いないのと一緒だよ」

 やっぱり不安で、部室を出たあとに、そう小さく呟いた。


 私だけが置いていかれているような疎外感。チョコが亡くなったこともあって、不安は大きくなる一方だ。

 あまりいい雰囲気とは言えないまま、私は夏休みを迎えた。

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