3.5 不確かな恐怖を探し


「さっそく、一人目の與時宗に会いに行くぞ」

「うん」と返事をし、椅子から立ち上がった瞬間、ぐぅ~、と私のお腹が鳴った。あまりの恥ずかしさに顔を赤くして下を向く。


「あ、えっと……」

「そういえば何も食べていなかったな。先に食堂にでも行こう。それでいいか?」

 弓槻くんに気を遣われて、余計恥ずかしくなる。いっそ笑って欲しかった。その優しさが、今はつらい。


「は、はい」

 私は顔を下に向けたまま、小さな声で答える。




 そんなわけで、私たちは食堂で向かい合って昼食を食べていた。学生に優しい値段だし、ボリュームもそこそこ。私はチキンカツ丼、弓槻くんはハンバーグ定食である。


 彼は不思議なことに、スプーンを使ってハンバーグとご飯を食べていた。疑問に思って質問をしたところ「楽だから」という単純な答えが返ってきた。たしかにフォークとナイフよりは楽かもしれないけど、せめて箸じゃない? スプーンって、小さい子供じゃあるまいし……。そんなことを思いながら、私はチキンカツを頬張る。


「候補が四人まで絞れたのはいいけど、この先はどうすればいいの?」

 二人とも昼食を食べ終えて、そのまま食堂で話を始めた。

「そうか、まだ言ってなかったな。ここからはかなり運次第なところがある。すぐに見つかるかもしれないし、一生見つからないかもしれない。どうなるかは君の、いや、月守風呼の記憶にかかっている」


 一生見つからないって……。

「どういうこと?」

「生き物の生まれ変わりというのは、ただ別の生き物として生まれて終わり、というわけではない。前世から引き継がれる特性や体質が、いくつかある。昨日話したような、性別や血液型もその一部だ。だが、特性や体質が継承されるには具体的な条件がある」


「例えば性別と血液型だと、その条件は、生まれ変わる前が未成年の人間であること、みたいな感じ?」


「そうだ。今回はその例を逆に利用して、候補を絞り込んだわけだ。そして、その継承の条件の大半は明らかになっていない。引き継がれると考えられているもののうち、条件がまだ判明していないものは、推測の域を出ないものばかりだ。完全に証明されなければ、ただの偶然ともとれる。生まれ変わりの研究において、現在最も力を注がれている領域と言っても過言ではない。しかし一つだけ、無条件で引き継がれるものがある」


 無条件という言葉に反応する。それは、シロちゃんの場合にも当てはまっているということで。

「その、無条件で引き継がれるものって?」

 私は続きを促した。この先の展開で、とても重要な手掛かりになるはずだ。


「恐怖の記憶だ。トラウマや恐怖症と言った方がわかりやすいかもしれないな。前世で怖かったものが定着したまま生まれ変わる、というイメージだ。例えば、高所恐怖症の人間の生まれ変わりは、高所恐怖症である可能性が高い」


「なるほど。でも、可能性が高いっていうのは?」

 可能性だったら、無条件ではなくなってしまうじゃないか。


「生まれ変わったあとの成長の過程で、克服する場合もあるからな。何とも言えない。だが、克服していたとしても、昔は怖かったはずだ。人間は、生まれつきなぜか怖いと思うものがあるだろう。それは前世で恐怖の対象だったもの、もしくは死の原因になったものである場合がほとんどだ」


 言われて思い出す。私も昔から、バスが怖かった。怖かったというより、現在進行形で怖い。

 そして月守風呼は、乗っていたバスが事故に巻き込まれて亡くなった。

 私の前世が月守風呼であるという説を強める要素が、一つ増えた。


 トンネルにあまり恐怖を感じないのは、起きたときにはすでに、トンネルが崩れていたからだろうか。バスに乗ったら事故で死んだ、というイメージが定着して、バスにだけ恐怖を抱くようになったのかもしれない。


「つまり、私がシロちゃんの苦手だったものについて思い出せれば、生まれ変わりを見つける手がかりになるってことね。あれ、じゃあ――」

 記憶の中で、猫から怯えて逃げてきたシロちゃん。猫恐怖症なんて言葉が存在するのかどうかはわからないけど、シロちゃんの生まれ変わりに猫への恐怖心が引き継がれている可能性はあるのではないか。


「そう、君が今朝思い出したという月守風呼の記憶が、重大なヒントになるかもしれない。現時点ですべきことは、四人の中から猫が苦手な人間を探すことだ。もちろん、シロちゃんは猫が苦手だと決まったわけではない。が、他に予想できるものもないからな。今現在の方針としてはそんなところになる。とにかく、情報は多い方が良いに越したことはない。新しく、シロちゃんが苦手なものに関してわかったら、すぐに教えてくれ」


「うん」

そうして、私と弓槻くんの調査は始まった。




 私と弓槻くんは、文芸部の部室に向かっていた。

「猫が好きかどうかなんて、どうやって調べるの?」

「そんなの、猫が好きかどうか聞けばいいだけだろう」


「そうだけど……。何でそんなことを聞くのか、逆に質問されたら困るんじゃない? まさか事情を話すわけにもいかないし」

「安心しろ。ちゃんと適当な理由も考えてある」


 弓槻くんは、教室では絶対に見せないようないたずらっぽい笑みを浮かべる。昨日、真面目な顔でさらりと冗談を言ってのける彼の一面を知った私は、少し心配になった。


 私たちは、ある扉の前で立ち止まった。『文芸部』と書かれたネームプレートが掲げられている。私は文芸部の部員だからそうする必要もないのだけれど、一応ノックをする。


 シロちゃんの生まれ変わり候補である與くんは、私と同じ文芸部に所属していて、週に二回の活動日以外も部室にいることが多い。今日も部室で作業をしていることを期待し、訪問することにした。


 しかし、ノックをしても、中からは返事がなかった。いないのだろうか。

 私は「失礼します」と言いながら部室のドアを開けた。

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