犯人さがし

 寝起きは最悪だった。静まりかえったリビングに入り、バリスタのスイッチを入れる。

 ホットコーヒーの渋い香りが目覚めたばかりの脳を刺激した。すでに用意されていた目玉焼きを先につまみながら、横に添えられたメモに目を通した。


『発表会が近いから学校で練習してきます 早希』


 それで俺が目覚めるよりも早く家を出たということか。


 そんな状況に溜息を一つ。なぜなら、今日は福田が来るというのだ。


 福田が来ることが憂鬱なのではない、要は来る理由にある。


 なんでも例の『犯人探し』を本当に始めるそうだ。


 早希がいれば、それを口実に別の話題にすり替えることができたというのに……これでは『犯人探し』からは逃れられそうになかった。


 朝食を食べ終わり、時刻は10時を少し過ぎた頃、やけに耳につくチャイムの音がリビングに響きわたる。


 この音は何度きいても好きになれないな。

 そもそもチャイムなど訪問者を知らせる合図なのだから、あえてそういう設計にしているのかもしれない。


 ──よし、居留守を使おう。

 我ながら安易な考えだったと思う。

 1分後には俺の隣に福田が座っていた。


「んで、問題の手紙を見せてみろよ」


 俺は黙ったまま茶箪笥に隠してあるこれまでの手紙を手に取ると、そのまま福田に手渡した。


 福田は少年のようにウキウキとした表情で「どれどれ……」と手紙に目を通し始める。

 福田が手紙を読んでいた時間は2、3分というところだったろうか。プライベートな内容だからか遠慮して流し読みをしているようにも見えた。


「ふむ……まず家族の思い出を知っている人物であることは間違いないだろうな」


 それは自分でも考えていたことである。これだけの思い出を知っているとなると、かなりの事情通だ。


「お前か?」


 そう尋ねると福田は含んでいたお茶を喉の奥に流し込み、胸をとんとんと叩く。


「バ、バカいうな! 俺がこんな繊細な字をかけるかよ! それにプラモを壊したのがお前らだったなんて初耳だっつーの! 片づいたら弁償しろよバーカ」


 それもそうか……。確かに福田の字はお世辞にも綺麗とは言い難い。男性独特のゴツゴツした字を書く、どうやってもこいつの力ではこの細やかな字はかけそうにない。 


「切手も貼られていない手紙だ。どうやって差出人を探すつもりだ?」


 福田は「んー……」と暫く考えて徐(おもむろ)に口を開いた。


「探偵に依頼するか」


 ──そんなミステリー小説じゃないんだから……。


 耳に届くほどの息が鼻から漏れる。


「やっぱり……ダメ? ほら、金田一の孫なら10秒くらいで犯人見つけるかと思ってよ」


 ──ダメだと思ってるなら最初からいうな。


「それはアニメの世界だろ。息子の影響受けすぎだ。本当に探すつもりがあるのなら、もっと現実的に考えよう」


 福田が言い出したことなのに当の本人がこれなのだから、こっちが冷静でいないとどんどん脱線してしまう。


 昔からそうだった……。そんな事を考えながら、また一つ昔を思いだしていた。


 福田は真面目なのか不真面目なのかが時々わからなくなる。仕事に関してはきっちり部長面しているものだから、すっかり忘れていた。


「そうか……俺らはアホか」


 一緒にしてほしくないものだ。アホは福田一人で十分……。


「どうした?」

「月命日に届くのだから待ち伏せすればいい」


 それは一度考えたことがあるが、普段の生活というものがある。


「でもいつ届くかわからないだろ」


 そう言うと福田は満面の笑みで親指を立てた。


「それは俺とお前が交代で24時間張り付けば問題ないだろ? 有休申請はもちろん受理だ!」


 ──意識が遠くなりそうだ……。

 もう福田に何を言っても無駄なのだろう。これ以上付き合っているのも馬鹿らしいのだが『部長命令だ』『プラモの弁償だ』と脅しにかかってくる。


「わかったよ……」


 福田の満足そうな顔を見ると溜息しかでない。いつもこの調子でこっちが折れなければならないのだ。


「じゃあ、月命日の5日。夜24時にうちにきてくれ」


 そう言ってこの日は解散した。



 上島に提出した有給休暇の申請は、そのまま部長である福田に手渡され、呆気なく受理されてしまった。上島がひどく機嫌が悪そうに俺のことを睨みつけるとわざとらしく舌打ちをする。


 色を少しずつ取り戻すにつれて、なぜ上島のような人間が課長のポストに収まっているのかがわからなくなってきた。


「安藤さん、珍しくお休みとられるんですね」


 成績が少しずつ回復しだしてから、会社の七不思議のうち4つはいつの間にか消えている。特別俺が社員たちに何かしたわけではないのだが『正常』になるにつれて、彼女たちにとっては逆に面白味がなくなってしまったのだろう。


「あぁ、妻の月命日でね。少し手を合わせにいこうかと思うんだ」


「そうでしたか……。これは失礼しました」


 罰の悪そうな表情の同僚に『気にしないでくれ』と無理矢理に作った顔で微笑む。

 今更、変に気にされてもこちらが困ってしまった。


 妻は……本当に現れるのだろうか──。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る