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「こんな契約もとってこれないのか? あんた何年やってんの?」
「申し訳ございません……」
年下の上司に叱られ、ひたすら頭を下げる。
「安藤(あんどう)さん、また契約とちったらしいよ」
「え? 継続案件しか任されてないのになんで破棄になるわけ?」
「さぁ……それが我が社の七不思議」
噂話は俺のいないところでしてほしい。そう思うが俺はちらっと二人の社員を見るだけで何も言い返そうとはしなかった。
会社の七不思議の一つにされていることは知っている。一つどころか七不思議のうちの三つは俺のことだ。
だからどうだ……ということでもない。
会社からの帰り道、最寄り駅の商店街にある肉屋でコロッケを四つ買って帰る。
一つ39円。サンキューなんて馬鹿げているが、味はそこそこ気に入っていた。
妻が亡くなったのは5年も前のことだ。
それから俺は車を運転することができなくなった。
トラウマというのだろうか……営業職についているため致命的ではあったが、電車やバス、タクシーを利用してなんとかやりすごしている。
「ただいま」
「……おかえり」
娘の早希はいつもリビングで俺の帰りを待っていてくれる。ザワザワと騒がしいバラエティ番組が垂れ流されており、本当に見ているのかどうかも怪しく思えた。
「コロッケ、食べるだろ」
「うん」
早希と会話するのは大抵、この二言だけだ。
これだけ騒がしくテレビがついているというのに、内容に関する話は一切しなかった。
──何を話していいかわからない。
仮に話をするネタがあったとして、それを意気揚々とでも話してみたとしよう。そんなことをすれば早希から軽蔑の目で見られることだろう。
『お父さんがお母さんを殺したのに何で楽しそうなの?』とな。
妻が亡くなってからの5年間。楽しい思い出なんて何一つなかった。いや……作ろうとしなかったというべきか。
妻を殺したのは俺だ。殺人鬼は罪を償わなければならない。早希を成人するまで育てることを糧として、死ぬまで妻に懺悔しつづける日々を送る。
俺が彼女にできることはそれくらいしか思い浮かばなかった。
俺の心は真っ黒なのに、俺の頭は真っ白だ。空白だった。
しかし早希から何か話をされたときだけは父親として会話をするようにしている。
「今日ね、部活でパートリーダーに選ばれたんだ!」
「……そうなんだ。よかったな」
「…………」
早希は眉尻を垂らし、口をヘの字に変えた。
早希は吹奏楽部に所属しているらしい。らしいというのは、俺は娘の演奏を一度も聴いたことがないから娘の話す内容から察しているだけだった。
こんなことを言ってはなんだが、もしかしたら彼女の妄想かもしれない。
「明日は福田と飲んでくるから晩ご飯は作らなくていい」
「うん、わかった。あんまり飲み過ぎちゃダメだよ」
──確かに……な。
俺は薬箱から漢方薬を取り出すと鞄のポケットに忍ばせた。飲み過ぎると肝臓にダメージを負う可能性がある。
「あぁ……」
俺はそう返答して最後のコロッケを口に放り込んだ。
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