手紙
1
蒸し暑く、季節が梅雨から夏に切り替わろうとしている頃だった。
車の中はサウナのような熱気に包まれ、エアコンの風量をあげようと手を伸ばした。しかし、既に風量は最大値を示しているのか、フィルターから吹き出す風の音が変わらない。
「暑い……冷房が全然きかないな」
そういうのも、そもそも去年の車検でエアコンのフィルターを交換しなかったことが誤った判断だった。
「日陰でもあれば少しは涼しくなると思うんだけどね」
助手席に座る妻も苦虫を噛み潰したような表情でそう呟いたのだろう。声にため息が混じる。普段、あまり暑がらない妻でもこの状況だ。後部座席に座る娘の早希はたまったものではないだろう。
ふとなぜこんな状況に陥っているのかと思いを巡らせると部長の言葉がよぎった。
『安藤、お前のおかげでうちの部は安泰だよ。少しは家族サービスでもしてこい』
部長の計らいで二ヶ月ぶりに取れた休みだと言うのに、なぜメンテナンスもろくにしていないおんぼろ自家用車をチョイスしたのだろうか。
──大人しくレンタカーにしておけばよかったな。
そんな後悔も後の祭り。
視線を泳がせて日陰を探すと少し先に道の駅があるという看板を見つけた。
「ちょうどいい、あそこで休もう。早希、アイス食べようか」
「わーい! アイス! 私バニラがいい」
オアシスを見つけると途端に暑さに堪えきれなくなり、俺は車を急がせた。法廷速度は40キロの道だったと思う。
数十キロの速度オーバー。その判断が災いをもたらすなんて……エアコンのフィルター交換などが豆粒に感じられるくらい……それが俺の最大の判断ミスだったんだ。
俺たち家族が乗った車は左側面からトラックが衝突し、タイヤを滑らせて停車。
俺と運転席の後部席にいた娘は打撲などの軽傷だった……。
しかし、妻は即死だった──。
俺は眼前に広がる血の海を見て、心に闇を零した。それは見る間もなく全身に澱み、そして俺の体と心は黒という名の白に支配された。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます