昨日から、三-二
「すっげぇ!パイ乙揉んでるみたーーい!」
予想外の休日、やることもとりたててない俺らの班の面々は、会社のワゴンを使って舛添さんが勤務途中に見て以来気になっていたという場所でエロ本を買いに行った。舗装されたての道を走りながら窓から手を出して、風を手のひらで受け止めると「おっぱいを揉んでるみたいだぞ?」と舛添さんが言い出してからというもの、全員が窓から手を出して遙かな女体の感覚を楽しんでいた。安田はそんな中学生にも劣る俺らの醜態を見ながら、歯を食いしばるように苦笑いをする。確かに自分より平均年齢が一周り上の奴らがそんなことやってたらそりゃ引くわな。けれどここにきてからというもの、最初の頃こそは舛添さんの醜態にうんざりしてたんだけど、マジで女に触れられないどころか女を視界に入れることすらできない毎日の中、下半身が何かを求めてさまよって、なんだか自分の股間が自分のものではなくなるこの感覚は如何ともしがたかったのである。昔の戦国武将とかが美少年のケツにいれ込んじまう気持ちがよくわかるってもんだ。
国道を走って仙台市内から少しはずれたところの、地震が起きる前から草なんかが伸び放題の荒れ地が広がってるところにそれはあった。上空から見るとTの字になるようにブロック塀で囲われて、その上には簡単にトタン屋根が被され、入口には「こっそり堂」と、長年の雨風で晒されて涙を流しているような赤字で書かれた看板が吊され、そしてその建物の中には関東ではあり得ないようなおびただしい数のエログッズの自販機が配備されていたのだ。
「エロ神さまがここにいらっしゃる……。」
その御姿はあまりにも神々しかった。いったいこの光景をなんと例えたらいいのだろうか、このエロの殿堂はあの地震にも耐え、ここでいじましく思春期中学生たちを待ち続けていたのだ。おあつらえ向きに雲の切れ目から光が差し込んでいて本当に神仏っぽくなっていたのでとりあえずお供えものでも捧げておきたい気分だ。
自販機に陳列されているフグの形の電動オナホールを見ながら年輩の者は「なっつかしいなぁ、これまだ売ってんだ!」と感慨深げに声を上げ、若い輩は「え、え、これ、どう使うんですか?」と人生の先輩たちに訊ねていた。そしてそんな若人達に先輩達は「いいか若侍!まずこれにチンポコを入れてだな……」と、股間に手で形作った筒をあてがい、それを激しくしごきながらエアオナニーを実践して見せた。
「ええ?吉岡さん腰動かす派っすか?手じゃないの普通?」
「ベッケロウ、腰鍛えとかないといざという時使いモンになんねぇだろうがっ。」
ええ歳こいた大人がそんな間抜けな動作を遠慮なくしてみせるので、安田を初めとする若い奴らは大声で苦笑いし身をよじらせる。年長者が子供達に遊びを実践を交えて伝授していく、ああ、きっと古き良き日本にはそこらじゅうにこんな牧歌的な光景があったに違いない。俺の目頭は自然と熱くなり鼻からは水っぽい鼻水が垂れてきていた。
俺たちは尼さんモノのエロ本と今では見ることのない、一作目のランボーみたいな髪型してる女が股をおっぴろげているビニ本を購入した。買う時にでっかいブザーが鳴ったが、それをかき消すほどに俺達の笑い声の方が大きく、冬の乾燥した空にそれはとてもよく響いた。
エロ本をみんなで買うこと自体が目的という、ローティーンな悪ふざけを済ました後、俺たちは某コンビニにむかうハメになってしまった。ハメになった、というのは俺と梶原さんが以前に見たコンビニの店員が何故か尾ビレがついて、AKB48の誰々よりも可愛いという話にまで発展し、舛添さんがどうしてもそのコを拝んでみたいとせがんだせいだ。ただでさえ悪臭を放ちフガフガ言ってる面々がどんな香ばしい行動をとるのか、またいざ会ってみたらどうせ「んなに可愛くねぇじゃねぇかよ!」と総ツッコミを受けることが予想されたので、俺は通知票を見せる前のガキンチョみたいに気が重かった。けれどそれは杞憂だった。現実はもっと酷かった。
コンビニに入るなり舛添さんは「ねぇ、あれ?あのコ?」と、本人は囁き声のつもりなのだろうが、モロにレジのそのコに聞こえる音量で俺に耳打ちし、本人はさりげないつもりなのだろうが、舐め回すようにレジカウンターを見続けていた。五つ上のおっさんだけど、本気で頭を殴りたかった。
「なんか買おうぜ~。」と、ぢゃあ何のためオメーはここに来たんだよと言いたくなるような声を店中に聞こえるように上げた後、舛添さんはスナック菓子等の乾きモノを摘んでレジに置くと、そのコのネームプレートを睨んだ後に「ソノダ、ミサト?」と呟く。マヂやめてくれ……。
「え?」と、戸惑う彼女に対して、舛添さんはシンナーやってる田舎ヤンキーみたいに「へぇ~~、ソノダさんって言うんだ~。」と、トロンとした目つきで今にも飛び掛かりそうな程デンジャーなフインキを発しながら舐めまわすように見ているのだけど、この人は多分そのままほっといたら文字通り舌を使って舐めだしていたに違いない。
「ああ、はい……。」
彼女は満面の笑みだけど、明らかに顔が間違いなくひきつってる。
「いや~、ここ数日俺らの間で話題になってたんですよぉ~、ここのコンビニにスゲェ可愛い子がいるってぇ。」
彼女の顔はひきつったまま今度は困惑の表情になっていって、俺の顔は赤面を通り越して発熱して危うくゲロを吐きそうになっていた。
「あ……そう、なんですかぁ……。」
舛添さんは自分達の身の上話を謙虚に言うどころか、「俺らがここ?復興させてんのよ。」と、そんな自慢する警備員聞いたことねぇぞってくらいの気取りながら彼女に話し続ける。気づいたらレジに俺ら以外の列ができていたので「舛添さん、並んでますから……」と声をかけてようやく彼女を解放することができた。俺は苦笑いをしながら目を合わせず「すいませんね……」と舛添さんの後にレジを通り過ぎるのがやっとだった。
舛添さんは自動扉を出るなり清々しい笑顔で「いやぁ、勃って来ちゃったわぁ。」と微笑んだ。その顔はヌケるような青空の下にとてもマッチしていた。いったいこの人の中にはどんなリズムのサンバが流れているんだろうか。
「イカ臭ぇな、お前ちゃんと手ぇ洗ったか?」
「抜いてねぇっすよっ。」
その日の夜は女を見たという理由だけで、トイレに行くと抜いた認定された。けれど確かに間近で見た「女子」、男ではないもの、今の俺たちとは無縁の存在は刺激が強過ぎたのは確かだ。あのどこから香るのかわからないほのかな匂い、俺たちの黒く脂ぎったやつとは全く違う、触るとひんやりとした滑らかさを感じるだろう白い肌、それが半径1m以内に昼間はあったと言う事実は無性に神経を尖らせる。うっかり気を抜くと「やりてぇ……」だとか漏らしちまいそうだ。
「安田はさぁ……」
布団の上にうつ伏せになって股間に怪しい刺激を感じながら、俺は隣で安田を呼んだ。
「はい?」
安田は関東から持ってきたコンビーフの缶詰と物々交換させられた、こっちで買ったジャムパンをかじりながら返事をする。
「彼女とかいんの?」
「……いえ?」
「だよなぁ、彼女いたらこんなとこ来ないよな……。」
俺は何の考えもなしに呟いてた。
「そういうもんですかね……。」
「なんかさ、ヘタしたら死ぬかもしれねぇのに女おいて来るか?」
「ああ……。」
「俺、結婚してるけど来たぜ?」
妙に誇らしげに舛添さんが乱入してきたので、「舛添さんの嫁さんは不細工ですから……」とあしらっといた。
「へぇ、見たことあるですか?」
「写メでな、それでも奇跡の一枚らしい。」
「どんな感じなんすか?」
「アレだ、北斗晶を可愛くした感じ。」
安田が耐え切れず咳き込むように爆笑した。
「オメ、バカにすっけどな、うちの嫁すっげぇんだぞっ。」
「何がっすか?」
もの凄く真顔で言うので、とても真面目なことを言うのかと思ったが……、
「ベッドで泣くんだよ、感極まって。」
もう聞きたくもなかった。
「え、出会いはどうなんですか?学生の頃の友達とか?」
「いや、婚活サイト。」
フォローを入れようとした安田の顔が一瞬で真顔になった。
「実際きついだろ、そうでもしなきゃあきょうび女ひっかけるのって。」
「そうですけどね……。」
「あ……」
「なんですか?」思い出したように言う俺に安田が聞く。
「揺れてる……。」
「……そうですか?」
「揺れてないだろ、電球のヒモ動いてないぜ?」と舛添さんが見上げて言う。
「ああ、気のせいか……。」
「なんか最近多いらしいですよ?揺れてないのに揺れてる感じがする、いわゆる陸酔いってやつですよ。」
「へぇ、どこで言ってたやつ?」
「いえ、ツイッターで……。」
「ツイッター、ねぇ……。」
俺は最近あまりネットを見ないようにしていた。テレビじゃあ自粛してるような津波で人間が指人形みたいにコロコロ押し流されているシーンなんかもようつべでは普通に見れちゃうし、ツイッターでは降る雨には放射能が含まれているだの原発ではチェルノブイリ並みのメルトダウンを起こしててこれから福島で生まれる子供は障害を持って生まれるだの、そんなネガティブな情報全部受け止めてたらそれこそ俺も瀬古みたいになっちまうに違いないんだから。俺なんてもう散々ここの雨浴びちゃってるし、水だって結構な量飲んでるんだから、多分いっぱいオナニーしたところで貯まった放射能って睾丸から出て行きやしない。それに何よりも、エガとタカがツイッターでバトっちまったってのが一番大きい。エガがやたら原発を無くすために市民が行動を起こすべきだなんてツイッター主張して、それを意識してタカがもうちょっと冷静になろうぜってのを直接リプライしたわけじゃないんだけどツイートしたら、エガがそれをリツイートした上で「こういう奴がいるから日本が変わらないんだ」とかやり返してからお互いいやぁなフインキになっちゃって、あんまりダチが喧嘩してんの見んのも気持ちいいもんじゃないから、最近じゃあ外人の飛ばす寒いダジャレばかりを読むようになっていた。北の大地でデーブ・スペクターはいささか堪えるのだけれど。
「安田なぁ、ほどほどにしとけよ。ネットで情報ばっか仕入れてっと頭が混乱して正確な判断できなくなるって言ってたぞ。」
舛添さんがせせら笑うので、「それはどこ情報っすか?」と聞くと舛添さんは気まずそうに「まとめスレ……」と答えた。なんかいろいろダメな気がする。
「つかどうするんすか?あのエログッズ。」
勢いで買ったもののあのエログッズの数々は、コンビニで見た園田ってコの方がはるかにおかずになりそうだったのでどうも処分に困ってしまう。ピンクローターの方は舛添さんが「嫁に使うわ。」(だから聞きたくねぇっての!)ということでリュックに詰めていたが、そのほかのオナホールなんかはここで使われたら流石に反応に困るし、「家で使います」と進んで申し出る猛者もさすがにいはしない。
「モッサンどうすっか?使います?」
携帯ゲーム機でテレビを観ていたモッサンに話を降ると、モッサンは画面から目を離さずに「ふふふふふ」と奇妙な笑い声を上げた。その笑い声に何か続くのかと思ったらそれで終わりだった。
「安田は?いる?」
「いえ、結構です……」
「だよなぁ、こんだけ使わない生活続けば金たまりそうだしな……」
「貯まるとどうするんすか?舛添さん?」
「風俗行くんだろ?安田?」
「いえ行きませんよっ。」
「カマトトぶんなよテメェ。」
「カマトトって安田は女じゃないんすから……つかもう電気消しません?明日からまた五時起きですよ?」
「え?五時なんですか?早くないですか?」
やはり知らされていなかったか。俺は「五時起き、まぁいにち五時起き。これからずっとな。」と言うと、携帯のアラームセットして歯磨きに向かった。洗面所がまた寒いからおっくうなんだよなぁ……。
「眞鍋ぇ、安田の配置どうするぅ?」
「明日にならないとわかんないっすけど、多分俺か舛添さんで預かった方がいいでしょ?」
まぁ、今日一日だけだったけど、ある程度人となりが分かった俺らとやる方が安田も仕事がやり易いだろう。
「だよなぁ……安田まだ警備やったことないんだろ?ぢゃあ俺んとこで預かろうか?」
舛添さんは何気にモッサンに目くせをしながら言った。
「いえ、特に大丈夫ですよ。俺ら二人のどちらかで……。」
舛添さんはモッサンと組んでいないからわからないのだろうけど、職人達にしばしば不審な目で見られることがあるものの、俺はモッサンの仕事ぶりに対して結構信頼を置いていた。コミュニケーション力に難があるし、基本的なことが抜けている場合があるけれど、想定外の出来事が多いここでの仕事でも意外としっかり順応してくれるし、何より今までの人生のツケを払わされて警備員をやっているようなオッサンどもよりも、ふてくされずに全然真面目に仕事をしてくれるのだ。
「ありがとうございます。」
俺たちの会話の意味を本当には理解していないだろう安田が寝そべったままで頭を下げた。俺はそんな安田を見ながら軽く息を吸い込む。単純な仕事といえど、明日に臨む前には軽い覚悟を決めなければならない。その覚悟の量を間違えると心は簡単に崩れてしまう。立ったままションベンをするか否かはここいらで決まるのだから。うつ伏せでフニフニに動く安田のケツを見ながら、しかしそれは教えることのできないものだと俺は虚しく思った。
そんな安田はネットで情報を見すぎたのかそれとも体力が持たなかったのか、二日後には宿舎から逃亡を図り、ローカル線の終点駅近くの交番で保護された。警察官には「あそこにいたら殺される!」と繰り返し叫んでいたそうだ。
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