1-8
「でもその……この機会で魔調器を新調というのも……」
その一方で慣れない魔調器でいきなり実戦というのも少なからずリスクがある。魔調器を必要とするような一瞬一秒を争う戦いの中で、慣れない武器を扱うことは望ましくない。本来であれば自分の特性に合った魔術公式を魔調器に組み込み、十分に慣れてから実戦で用いるのが好ましい。
「そうだね。とりあえずこっちのパネルデバイスはこのまま携帯するとして、いくつかよく使いそうな公式だけ別の魔調器に移そうか」
「はい。ゆくゆくは新調も考えます」
「うん。それがいいよ。魔調器本体はどうする? 大抵のものは用意できると思うけど」
「その銃で大丈夫です」
アズサがそう言うと、おさかなは不思議そうに首を傾げる。
「銃でいいの? 剣術の方が得意でしょ」
「そうなんですけど……」
おさかなの言うとおり、アズサは銃の扱いよりも剣術が得意だった。そのことをおさかなやイナバに話したことはなかったが、おさかなが見た「経歴」に載っていたということだろう。
「人を斬る感覚に慣れなくて……」
「ああ、なるほど」
魔術という技術が最も貢献した分野の一つが医療である。とりわけ外傷に対する耐性は魔力を持つ者と持たないものでは雲泥の差だったという。
もちろん傷を治すために開発された魔術公式も多数存在し、剣や銃弾で臓器や動脈を貫かれようとそう簡単に命を落とすような事態にはならなくなった。
だがそうは言っても、人間の肉を断ち切る感覚に誰もが馴染めているわけではない。
アズサもまた、人を斬ることが苦手だった。
「さて、それじゃどの式入れる?」
「いくつくらい書き込めますか?」
「そうだね……。式にもよるけど、せいぜい五個くらいかな」
「五個……」
少ない。
アズサはそう思った。
アズサのパネル魔調器に書き込んである魔術公式は優に一〇〇を超える。もちろんその全てを使うわけではないし、書き込んで以降一度も使ってない公式もある。だがたとえ習得したのが一年前だろうと二年前だろうと、公式さえあれば魔術の使い方を思い出す必要がない。それこそ大量に記録できる電子型魔調器の最大のメリットなのだ。
もちろん時間さえあれば、魔調器がなくとも公式を組める術式がほとんどではあるのだけれども、とっさに使える魔術が五つになってしまうことは少し怖い。
「プリインストールの三つはどうする? スタンとネットと煙幕」
「書き込めるのはそれを入れて五つ、ですか?」
「うん。そう」
「……《スタンバレット》だけ残して、あとは消してください」
「はいよ」
アズサが考えた選択基準は二つ。使用頻度と術式規模だ。
使用が頻繁であるほど魔調器の恩恵を得られるし、規模の大きい術式は魔調器なしでは公式の構築に時間がかかる。
スタンにしろネットにしろ煙幕にしろ、代用方法はいくらでもある。必要となれば魔調器なしで使ったとしても、アズサの能力であれば一瞬だ。魔力の消費は多少増えるが気にするほどのものでもない。
ただ《スタンバレット》はおそらく使用頻度が高い。人間相手でも遠慮なく撃てる術は貴重だし、威力調節をすれば防御を打ち破ることもできる。
「入れるのは?」
「《ソニック》と《エコーフォーカス》、それから《
「《S‐0》?」
おさかなはタイプする手を止めて押し黙る。
「……あの、おさかなさん?」
「また物騒な公式を知ってるわね」
「すみません」
「別に謝ってほしいわけじゃないのよ。むしろ面白いと思う。……《ソニック》はまあ定番だし、《エコーフォーカス》を持ってく発想も面白いと思う。でも《S‐0》はね。こんな術式、知ってる人間もそうそういないんだけどね」
アズサは苦笑いを浮かべ、学生時代を思い返しながら口にする。
「学生のころに、私が一番使いこなせる魔術は何だろうって考えたんです」
「その結果がこれ?」
「どうやら、私はそういう魔術が得意なようで……」
「まあ、そうよね。使用資格も持ってるんだものね」
「資格取るの、大変だったんですよ」
「でしょうね」
『ぬるま湯』と揶揄される大学時代でアズサが一番勉強したのは、魔術の使用資格の取得だ。高度な魔術になると使用者はもちろん周囲への危険もあって視角が必要な場合がある。そのため資格制度が存在する。
「で、あと一個は《
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