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「で、あと一個は《
「――やっぱり、知ってるんですね」
アズサが自ら言うまでもなく、最後の術式はおさかなが口にした。
昨年、アズサが完成させたオリジナルの魔術公式である。
「そりゃあ知ってるわよ。現存する魔術公式のリストは局員なら誰でも閲覧できる。学生の間に公式を確立させられる人材はいないわけじゃないけど、珍しいから」
イナバなんかは知らなそうだけど、とおさかなは付け加える。
魔術公式の開発者は、その公式と名前を魔統局に提出する義務があり、魔統局員はその情報を閲覧することができる。アズサの開発した《逆糸》ももちろん提出済みであるため、おさかなが知っていても不思議ではない。
「おさかなさんも、《逆糸》を使えるんですか?」
「まっさかぁ~、無理無理。私の〈バイパス〉じゃ出力不足よ」
魔統局で管理されている魔術公式には一般開放されているものと、使用資格が必要となるものが存在するが、アズサの《逆糸》は後者に属する。魔統局員や資格取得者であれば魔術公式は自由に閲覧することができるが、公式を知ることができても使えるとは限らない。
アズサはもちろん、自分の魔術が多くの人に使われるようになってほしいとは思っているが、自分の作った魔術に愛着がないと言えば嘘になる。アズサはおさかなの返答に少しだけ安心した。
「ああ、そうそう。PHDも出して」
「PHDですか?」
左手首に巻きつけられたPHD――ポータブル・ホログラム・デバイスのボタンを押すと、カチという音ともに、ベルトが収納され、わずか三センチ四方の正方形に収納される。これ一台で通信とホログラム・ディスプレイになるのだから便利なものである。
「情報登録してなかったからね」
「でも本局のデータベースには登録してありますけど……」
そう口にはしたものの、そんなことおさかなとて知らぬはずはない。おさかなは緑のジャージの腕をまくり、カチューシャで前髪を持ち上げて気合いを入れている。これが彼女なりのお仕事モードなんだろう。
「私さ、誰かの手が加わってるかもしれないデータって嫌いなのよ。何より仲間の安全に関わることだしさ。救援信号の出し方とか、わかる?」
「はい。支給アプリですけど、インストールしてあります。使い方も一通りは」
「オーケー。それだと上にも行っちゃうから、私たちだけに知らせたいときはこっち使って」
「はい! ありがとうございます」
アズサがお礼を言い終わらないうちに、椅子をくるりと回転させデスクに向かう。そのまま顔は動かさずに声を張って、
「おーい、イナバ! 『蜂の巣』にはいつ行く?」
「きな粉さんのご機嫌にも寄るっすけど、一両日中には解決したいっすね」
「アズサちゃんの魔調器調節すっから、明日の午後からにして」
「了解しやしたー」
間延びしたイナバの声が消えると、おさかなはすさまじい速度で指を動かし始める。ホログラムのキーボードは絶え間なく叩かれ、瞬く間に文字列がディスプレイに打ち込まれる。
「ありがとうございます、おさかなさん」
「いいのよ。これがあたしの仕事だから」
おさかなはもうこちらを向かない。
「明日の午前中いっぱいで完璧に仕上げといてあげるから、うまく使ってね」
これで話は終わりとでも言うように、おさかなは棒付の飴を口に放り込んだ。
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