1-6
「そりゃあ、ここが学校じゃないからよ」
なにをいまさら、とでも言うようにおさかなはあっさりと言った。
学業も魔術も懸命に取り組んできたという自負がアズサにも少なからずはあった。だがそんな学生の知識や経験で胸を張れるほど、この街は甘くない。
そしてそれはアズサ自信が誰よりも実感していたことだった。
「……一般の――外部での魔術能力審査がどういうものかご存じですか?」
「アズサちゃん、私だって一応昔は外側にいたのよ、一応」
ホログラム・ディスプレイが壁一面に広がり、おさかなが解説してくれる。
「一般的な魔術審査は、魔力の総量〈ストレージ〉の大きさ、一個の魔術の出力〈バイパス〉の太さ、魔術として顕現する〈リザルト〉の大きさと扱える数。この三つが主な判定基準」
アズサはこくんと頷く。
「私は、……これはあくまで客観的な事実として、ですけど、〈ストレージ〉も〈バイパス〉も、『優秀』と言われるだけの素質――才能があったと思います。扱える魔術――〈リザルト〉の数も、同性代の平均よりずっと多く扱うことができました」
何も幼いころから魔統局に入りたかったわけではない。
ただ幼いころに経験した戦争と、人を焼く兵器と魔術。そして自分や家族を守ってくれた人への、ほんの僅かな憧れ。
この時代にありがちで平凡な理由で魔術に興味をもって、学べるものは何でも学ぼうと思ってきた。
でも十三年たった今でも、自分の魔術は、届いていない。
「でも、それはこの街では無駄でした」
才能もあったのだろう。
努力もしたつもりだった。
でも、決定的に、アズサは必死ではなかった。
アズサが得てきた知識も技術も、『お勉強』の枠から出ていなかった。
「それは誤解だわ」
おさかなの言葉にアズサは面を上げる。
「あなたが今までやってきたこと、覚えてきたこと、それは間違ってないわよ。無駄なんかじゃない。それはこの街でだって同じよ」
「でも、おさかなさんだって!」
「そうね。私はあなたが行く必要はないと思うし、意味もないともう。でもね、アズサちゃん。あなたが身に着けてきた魔術を否定するつもりもないわ」
「どういう……」
「あなた、ススキノに来てから魔術をほとんど使ってないでしょう?」
「……はい」
図星だった。
ススキノを歩けば自然と魔術を目にすることにはなる。だが『猫の目』に近い駐在所周辺は安全地帯だし、遠出の際はイナバとともに行動していた。アズサが本当に巻き込まれたのは初日のみ。その時もアズサが魔術を使うまでもなく、イナバによって事態は解決されてしまった。
――だけど、それならなぜ、自分が行っても意味がないのか。
アズサにはわからなかった。
「
おさかなに言われて、腰の銃を手渡す。
「これ、支給品よね。中身、見させてもらうけど、いいわね?」
先ほどイナバにも、おさかなに魔調器を見てもらうように言われたのを思い出す。素直にアズサが頷くと、おさかなはそれを刻印機の中央に乗せる。
「驚いた。支給されたままじゃない。《スタンバレット》と《ホールディングネット》に、《スモーキングショット》って……今時中学生だってもう少しまともな公式組むわよ」
「すみません……」
支給品の魔調器――マジックチューニングメーターには、最低限の魔術公式しか組み込まれていない。魔術という技術が開発されてから十年以上の歳月が経過しているものの、生来魔術の扱いに関する才能が乏しい人や、魔術の扱いを苦手としている人もいる。そもそもはそういう魔術を得意としない人も魔術の恩恵を受けられるように開発されたものが魔調器である。
故に本来アズサのように魔術を得意としている人間であれば、多くの魔術に対して魔調器を必要としない。こんな支給品の魔調器など、持っているだけ無駄だ。
「他に持ってるの? 魔調器」
「はい。……でもこれは私用で」
「そういうところが甘いって言ってんの!」
「――冷たっ」
アズサにビシッと向けられたおさかなの指から、ぴゅーっと水鉄砲が放たれた。痛みを覚えるほどの強さでも全身が濡れて困るほどの量でもないが、純粋に冷たい。
「魔術を使おうと思ったら、自分の魔力に公式を与えなきゃいけない。でも必要になる度に式を作り与えようとしたら面倒だし、時間もかかる。魔力の消費も大きくなる。でも魔調器を使えば、あらかじめ組んでおいた公式をそのまま流用できる。魔術の高速処理と魔力の節約。少なくともね、魔術使って人と喧嘩しようっていうのに、魔調器無しはハンデが大きすぎるよ」
だから濡れる、と指をさされる。
現代魔術における魔調器の主な役割は、今おさかなが言ったとおりである。
魔術の高速処理と魔力の節約。
この二点は、特に魔術を争いごとで使うためには考慮しないわけにはいかない。数や傾向が固定されてもいい。瞬きの間に発動できる術式があるかないかでは、優劣にはっきりと差が出てしまう。
「アズサちゃん。私が思うにね、君はまだ甘えているんだと思うよ」
「……ストレート、ですね」
「いやいや、君を非難しようとしているわけじゃない。言ってみれば普通なんだよ、アズサちゃんの反応はね」
「普通ですか、私は」
「うん、普通だよ。普通の、優等生だ」
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