3-6
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ススキノ北西の主、商人ゼニガメが治める繁華街は、ススキノ随一の賑やかさを誇る。
ススキノのちょうど中央に位置し、どの勢力にも属していると言えないススキノ駅周辺は荒っぽい喧嘩が日常茶飯事だが、ススキノにも人が住んでおり商いに賑わう場所はある。とりわけゼニガメが治めるこの繁華街と、南東のきな粉の街『猫の目』は比較的荒事が少ないという。
繁華街をざっと眺めてそこから東側に歩きすすむと、一変して人影が激減する。中立域を抜ければ、そこはまるでゴーストタウンだ。人の姿がほとんど見当たらない。北東を牛耳る柳は、その名前こそ誰もが知るところであるが、彼の姿やこの地域の人々のことはあまり知られていないらしい。
「簡単に言ってしまえば、民間協力者っすかね」
「協力者……ですか」
「あっしの昔馴染みでして、恩人というか、仇敵というか」
「仇敵?」
「昔の話っすよ」
「どうしてそんな人が協力してくれてるんですか?」
「利害の一致っすかね。よくある話っすよ」
――利害の一致、ね。
それだけを伝えられると、「これ以上の教えるつもりはない。踏み込んでくれるなよ」というメッセージがあるように思えてしまうのは考え過ぎだろうか。
「どんな人なんですか、アリスさんって」
アリスとイナバの関係性はともかく、アリス自身のことはアズサにも知る権利があると思った。なにせ仕事場に居候しているのである。聞けることは聞いておくべきだろう。
「一言で言えば、怖い人っすかね」
「さっきアルヴェルトさんが言ってた……」
『魔女』。
聖剣、アルヴェルト・フォン・ペンドラゴンこと、佐藤健介は彼女をそう評していた。
その単語だけならいかようにも意味を取れるが、『怖い』というとあまりいいイメージはわかない。
「ススキノで一番魔術が上手なのは、間違いなくアリスさんっすから」
「……え?」
聞き返してしまった。
「ススキノにいる方の中で、アリスさんより魔術が上手な人はいやせん。あっしが保証しやす」
「それは、四強よりも、ですか?」
「もちろんっすよ。四強なんて言っても何が『強い』のかよくわからないっすからね。まあ影響力とでも言えばいいんすかね。あっしは四強というより四大グループとでも言った方がしっくりしやすね」
「じゃ、じゃあ……イナバさんや、おさかなさんよりも、ですか?」
「おさかなさんは実技よりも理論を優先する方ですし、あっしなんて比較対象に出すのもおこがましいっす」
イナバとおさかな、それにこのススキノ駐在所のもう一人の職員である風見翔子は、曲がりなりにも魔統局の局員であり、このススキノの管理を任されている人間だ。ススキノという無法地帯で秩序を守ることを生業としている二人を引き合いに出してもそれほどの差があるとなれば、アリスの魔術はいったいどれほどのものなのだろうか。
「さっき、ススキノにはもう一人魔女がいるって言ってましたよね?」
「きな粉さんっすか」
きな粉はススキノの南東に住まう四強の一角であり、ススキノ最大の街である『猫の目』の主だと聞いている。そしてアズサたちが住まう駐在所は『猫の目』に近く、友好的だという話だ。そういえばさっきアリスは、自分がここにいるから駐在所は安全だと言っていたような気もする。
「そのきな粉さんはアリスさんに匹敵するってことですか?」
「いえいえ、そういう意味じゃないっすよ。アリスさんが魔女と呼ばれるのは、『なんでもできる』からっす」
「『なんでも』……?」
「っす。魔術の得手不得手は人それぞれ。ひとり一人が得意な魔術もあれば、苦手な魔術もある。……そういう意味ではある種平等なのが魔術のあり方っす」
魔術といってもその性質は運動能力と似たようなものだ。
幼いころ、アズサは学校の先生にそう習った記憶がある。
脳から発せられた命令を神経が伝達し全身の筋肉が動いているように、視覚的に捉えられない魔力のエネルギーを使って魔術と呼ばれる現象を引き起こしているに過ぎない。だから運動をすれば疲れるのと同じように魔術を使えば疲労するし、スポーツや勉学と変わらず得意不得意があるものだ。
「でもアリスさんには、およそ苦手と呼べる魔術分野がないんす」
「苦手な魔術が、ない……?」
「っす。少なくとも今のところ、ほかの誰かにできてアリスさんが行使できない魔術が確認できていないんす。だから『魔女』なんす」
「それは……」
魔術の上手い下手を測る最も単純な手法は「いくつの魔術を体現させることができるか」――扱える〈リザルト〉の数である。
もちろん得意不得意があるのが普通だが、才能かあるいは鍛錬の末か、系統問わず多くの種類の魔術を扱うことのできる人間もいる。おそらくアリスはそういう人種だ。
アリスのそれが先天的な才能によるものなのか類いまれなる努力の末の賜物なのかはわからないが、確かにすごい人なのかもしれない。『魔女』という呼び名も分相応と思える。
「じゃあ、きな粉さんはどうして魔女なんて呼ばれてるんですか?」
「それは――」
「そら、うちが他ん人にできへんことができるからやわ」
おっとりとした口調の高めの声。
聞く人をほっと和ませてしまうような、そんな優しさが伝わる声だった。
「おはようさん、イナバはん。ごきげんよう」
着崩した和装から見える肌は絹糸のように白く、短く切りそろえられた黒髪は清楚さを纏っている。身長は低く体の凹凸も成人女性には見えないほど。それに何らかの魔術を行使しているのがアズサにも感じ取れた。
もう一人は逆に大きい。黒いスーツの上からでもわかるほど体が盛り上がっている。ただそれが腕や肩は堅牢で力強い印象を受けるが、腹も中年のおっさんを彷彿させるくらいには出ている。筋肉なのか脂肪なのかはたまた両方なのかよくわからない。
「うちが、『猫の目』のきな粉どす」
にっこり笑うその人の笑顔は、同性のアズサから見ても、あまりに魅力的だった。
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