「――大変でしたね。お友達が三人も」


 島原しまばら真彩まあやさんと名乗る女性から聞いた、過去にこの館で起こった事件の概要は、僕の想像していた以上のものだった。

 19年前――高校生の頃に映画撮影のロケハンに訪れ、その日の夜に部長である大斗さんが失踪。

 9年前には、当時の仲間であった守さんが璃子さんを殺害、その遺体を館に遺棄し、守さんは失踪。

 先日には大斗さんのお母さんが自殺し、お母さんの友人も40年以上前にこの館で行方不明となっている。

 これらの情報を、僕は断片的にしか知らなかったけど、事情に精通する当事者から話を聞いたことで、事の深刻さを改めて理解した。

 オカルト的な事象の有無は僕には分からないけど、あの館は、あまり良くない場所だと思った。

 これだけ多くの関係者が、不幸な結末を辿っている。偶然では片づけれない何が起こっているような気がする。


「もう一度言うわ。あのお屋敷に立ち入るのは、お勧めしない」


 真彩さんの言葉に、僕は深く頷いた。

 僕自身は無関係とはいえ、真彩さんの話を聞いてもなお、嬉々として館に立ち入ろうとは思わない。


「分かってくれればいいの。それじゃあ、私はこれで行くわね」

「はい。お話しを聞かせて頂き、ありがとうございました」


 深々と礼をし、真彩さんの後ろ姿を見送った。


「僕も帰ろうか」


 最後に館の姿を目に焼き付けておこうかと、僕が振り向いた瞬間、


「女の子?」


 一階の角部屋の窓に、白いワンピースと紺色のカーディガンを着た、とても綺麗な女の子の姿が見えた。

 外から見るだけならいいだろうと思い、僕は窓に近づいた。


「……美しい」


 窓越しに見る少女の美しさは、この世のもとは思えない程に美しかった。

 異性に対し、これほどの胸の高鳴りを感じたのは、人生で始めてだったかもしれない。


「何で、泣いているんだい?」


 僕と目が合った少女は、涙を浮かべていた。

 泣いてはいるけど、微かに笑みを浮かべている。

 悲しくて泣いているというよりも、嬉しくて泣いている印象を受けた。


『会いに来てくれたのね』


 窓越しに、少女の美声が聞こえてきた。窓を隔てているというのに、驚く程クリアに声が聞こえる。


『池園様に再会出来て、嬉しいです』

「池園?」


 心当たりが無いわけではないけど、どうして彼女がその名前を知っているのだろう。

 池園は、小さい頃に亡くなった、僕のおばあちゃんの旧姓だ。

 そういえば母さんがよく、僕はおじさん――おばあちゃんのお兄さんに顔がよく似ていると言っていたけど……


『中でお話ししましょう』

「……それは」


 真彩さんには、中に立ち入らない方がいいと言われている。だけど――


「分かった。少しだけなら」


 彼女の申し出を、男として断ることは出来なかった。

 危険を感じたら、直ぐに館を離れればいいだろう。

 

 僕は、館の扉に手をかけた。




 2016年11月30日 午後2時22分




 了

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