大斗のお母さん――頼子おばさんが亡くなった。自殺だった。

 大斗が行方不明になって以来、気丈にも明るく振る舞い、息子の帰り待ち続けていたけど、無理をしているのは誰の目からも明らかだった。

 そんな反動もあったのだろう。9年前に守が起こした事件が引き金となり、微妙なバランスの上で成り立っていた頼子おばさんの精神状態は、一気に崩れ去っってしまった。より正確に言うなら、再びお屋敷で事件が起こったことが原因、ということになるだろう。あれが、お屋敷以外の場所での出来事だったなら、結果はまた違っていたかもしれない。

 ここ数年は入退院の繰り返しで、今回の自殺も、自宅へと戻った直後のことだったという。

 映画製作の打ち合わせで、大斗の家にはよくお邪魔していたし、頼子おばさんにも世話になった。

 頼子おばさんが亡くなられたのは、とても悲しい。

 

「頼子さんも可哀そうに、結局、大斗くんも見つからないままで」

「大斗くんだけじゃなくて、学生時代にお友達も行方不明になっているんでしょう?」

「麻紀さんよね。私も同じ学校だったから、よく覚えているわ――」


 葬儀の参列者の女性達の、そんな噂話が聞こえて来た。

 大斗の名前を忘れたことは無い。

 一緒に映画を撮っていた頃のことは、今でもよく覚えている。

 あの頃のメンバーで、健在なのはもう私だけ。

 大斗は行方不明となり、守は殺人の容疑がかけられたまま失踪、そしては……守に殺されてしまった。

 私と別れてしばらくしてから、守が同じ大学に進学していた璃子と付き合い出したことを知った。

 私と守は、互いに我が強すぎて上手くいかなかったけど、璃子となら相性が良さそうだと思った。実際、たまに顔を会わせる時にも、二人は仲睦まじい様子だったし……。

 だけど結果は、守が璃子を殺すという最悪な結末だった。

 俳優としての仕事が減って来た守と、新進気鋭の脚本家として注目を集めていた璃子。置かれた立場によるすれ違いが原因だったと、関係者からは聞いている。

 共に青春時代を過ごした仲間達。二人が失踪し、一人が死亡。

 こんな未来を、一体誰が想像出来ただろうか?

 全てが狂いだしたのは、あのお屋敷に行った日からだ。


「凍上家のお屋敷か」


 お葬式の後に、久しぶりにあのお屋敷を見に行ってみようか。


 ●●●


「荘厳さは相変わらずね」


 もっと崩れたりしているかと思っていたけど、お屋敷の外観は、以前訪れた時と、あまり変わらないように見える。

 元より年季の入った建物だ。今更、多少の経年など大した影響をもたらさないのかもしれない。

 とりあえず、お屋敷の周りをぐるりと一周してみることにした。

 中に入るのは流石に躊躇う。友人達が消えた場所だ。どうしても警戒してしまう。


「あれは」


 建物の裏手まで来て、私はふと大きな窓を見上げた。

 あそこは確か、一階の階段を上り切った先、エントランスの二階部分だっただろうか。

 大きい窓だから、たまたま目に留まっただけだったのだけど、


「えっ?」


 人影が、こちらを見下ろしているような気がした。

 気のせいかと思い、目を擦ってみる。


「気のせいじゃない」


 人影は消えるどころか、二人に増えている。

 あの二人の顔には、見覚えがある。忘れるはずがない。


「大斗と、守なの?」


 窓から私を見下ろしていたのは、失踪当時の若々しい姿のままの大斗と、大斗よりも老けた、20代とおぼしき姿の守だった。

 光の反射のせいで、表情はいまいち読み取れない。


「……そこにいたんだ」


 不思議と、あまり驚きは無かった。

 彼らはあまりにも当たり前に、そこに立っていたから。

 お屋敷から姿を消したはずの二人が、恐らく失踪時と同じであろう姿で、お屋敷の中にいる。

 常識では測れない何かが、このお屋敷では起こっているのだろう。


 ……きっと、私程度ではどうにも出来ないであろう何かが。


「何?」


 大斗の口が動いた。

 声は私のところまで届かないけど、口の動きで、彼が何を伝えようとしているのかは、何となく理解出来た。


『真彩。一緒に映画を撮ろう』


 大斗は恐らく、そう言っている。


『あの頃みたいに、映画を作ろう』


 これは、守の言葉だ。

 

「……あなたたちは、今も映画を」


 少しだけ悲しかった。

 それが、青春を繰り返そうとしている彼らに対する哀れみなのか、自分だけが歳を重ねてしまったことにより感じる疎外感なのか、今の私には判断がつかなかった。

 

 だけど、私は――


「ごめんなさい。私はもう、あなた達と一緒に映画を作ることは出来ない」


 彼らに言葉が届くかどうか分からないけど、私は、私なりの言葉で思いを伝える。


「もう、おばさんだし、何よりも――」


 今あの場には、大斗と守しかいない。


「――璃子を仲間はずれにしたら、可哀想だから」


 璃子は失踪はせずに、遺体という形でこのお屋敷で発見されている。

 それが、二人と璃子の違いなのだろう。

 このお屋敷に璃子はいない。

 あの頃に戻りたいという気持ちが無いといえば嘘になるけど、璃子が揃ってこその映画研究会だ。

 だから、私はそっちには行けない。


「さようなら」


 二人の顔は見ずに、私はお屋敷の裏手を後にした。

 私がここを訪れることは、もう二度とは無いだろう。




「……誰かいる」


 裏手からお屋敷の正面へと出た私は、お屋敷の前に一人の若い男性の姿を見つけた。何度か事件のあった場所だし、興味本位で探索にでも来たのだろうか。

 このまま、お屋敷を立ち去るつもりだったけど、男性を放っておくわけにはいかない。

 お屋敷に囚われている二人の姿を見た以上、興味本位でそのお屋敷に立ち入ることは、お勧め出来ないからだ。


 2016年11月30日 午後2時01分

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