アリスの手帳-彼女のための作品集-

王子とツバメ

しろくまクリスのたんじょうび


これは、クリスマスの小さなお話。

聖なる夜に来てくれた、大事なあの子の優しいお話。

これは、あなたが初めて新しい家族を迎えた時の思い出。

その大事な思い出が、いつか薄れて消えないように。

あなたのためにお話ししましょう。「彼」のうまれたあの日の話を――


***


その女の子には一つの願いがありました。

彼女が覚えているずっと前、彼女が生まれたその時から、

女の子には大好きな家族がたくさんいました。


だけど女の子は考えました。

「彼らはお外に出れないわ。だから、ずっと家の中でもさびしくないよう、

 もっと家族や仲間がいるべきよと。


だから、こんなお願いをしたのです。

『新しい家族が増えますように』って。


しろくまネーヴェには願いがありました。

わんこはあの子の一番のともだちで、

クマの兄弟も、パンダの親子もとても仲良し。

可愛いネズミのミリィにも遠く離れた恋人がいるという話。


だからネーヴェも、みんなのように「特別な誰か」がいてほしくなったのです。

なので彼はこう願いました。『オレにも兄弟ができますように』と。


そんな二人のお願いは、

クリスマスのちょっと前、一緒になってサンタのお家へ届きました。

ですから、二人へのプレゼントはすぐに決まったのです。


いい子にしている二人のために、サンタは『彼』を連れてきました。

ネーヴェにそっくり、しろくまのぼうやです。


サンタは最初に(ちょっとだけ早いのですが)

ぼうやにとって生まれて初めてのクリスマスプレゼントを贈りました。


それは赤と緑のかわいい帽子とマフラーです。

それらは彼を優しくいろどり、あたたかく包んでくれました。


すてきな贈りものに身を包み、

あとはお兄ちゃんとあの子が待つあの家に届けてもらうだけ。


けれど、しろくまぼうやは浮かない顔をしています。

なぜならば、彼にも一つ、叶えたい願いがあったからです。


このいのちは、お母さんから。素敵な帽子とマフラーはサンタさんから。

ぼくが持っていくのはもらいものばかり。


「ぼくは、これから出会う大切な人に、自分で用意した贈りものを届けたい」


しろくまくんはそう考えていたのです。


ですから彼は、抜け出しました。夜にこっそり、プレゼントの箱から。

それからそのまま飛び出しました。

聖夜の準備で忙しい、サンタさんのお家から!

これから出会う家族のため、自分でプレゼントを用意するために。


外の世界は、ステキなものであふれていました。


最初に彼は、雪を見つけました。

ふわふわやわらか白い雪。贈りものにはぴったりです。

積もった雪を一すくい。

けれども雪はてのひらの上、みるみるうちに溶け消えました。


次に見つけたのは、湖の魚。

すいすい泳ぐかっこいい姿、贈りものにはぴったりです。

魚めがけて水辺をぴちゃん。

けれども魚は水の底、陸の上から届きません。


今度見つけた空の星。

ぴかぴか輝くきれいなそれは贈りものにはぴったりです。

けれども星は天高く、木の上からでも届きません。


しろくまくんはため息一つ。


「どうしてだろう? ぼくの手はなにもつかめやしない

 ぼくはなにも贈れはしないの?」


悲しむしろくまくんに、声をかける者が一人。

それは白い姿の旅人さんでした。

旅人さんは、しろくまくんに言いました。


「その気持ちこそ、なによりの贈りもの。

それでもなにか形にしたいというのなら、君の手にすこしだけおまじないを」


旅人さんは、しろくまぼうやの手を優しく握りました。


「君が大好きな人と手を繋いだら、きっと想いを形にできるだろう」


旅人さんが手を離すと、かすかなぬくもりだけがしろくまくんの手に残りました。


「さあお帰り、サンタの家へ。きっとみんなが心配してる」


そう言われ、しろくまくんはお家が恋しくなってきました。


「さあ戻ろう、サンタの家へ。君の旅立ちはもう少し先だ」


旅人さんに連れられて、しろくまくんは、サンタの家へ帰ってきました

サンタにぼうやを返してあげて、旅人は、再びどこかへ旅立ちます。


「さようなら、旅人さん。今はお礼はできないけれど、とっても感謝しています」

「気にするな、お礼はすぐにもらえるさ。君が旅立つクリスマスの日に」


そう言い残し、旅人さんは去りました。


しろくまぼうやが戻ってきて、サンタクロースもひとあんしん。

もう一度きれいに包んであげて、聖夜のその日に出発です。


そうしてサンタのそりで空を越え、しろくまくんはついにやってきたのです。


クリスマスのその朝に、ぼうやと家族は対面しました。

「ほら見てネーヴェ、あなたにそっくり! この子はあなたの弟なのよ」

少女はとても嬉しそう。

ネーヴェはなにも言わないけれど、それはきっと照れてるせい。


「はじめまして、しろくまさん。早速名前をつけなくちゃ」

少女はちょっと考えて、ぼうやに名前をあげました。


「あなたはクリス。クリスマスにきた、かわいい兄弟!」


しろくまぼうやは大喜び。もう、ただの「ぼうや」じゃありません。


「ぼくはクリス。すてきな名前をありがとう!」


女の子と、お兄ちゃん。二人に早くふれたくて、クリスは両手をさしだしました。

女の子の小さな手とお兄ちゃんのふかふかの手。

二人はその手をしっかり繋いでくれました。


その時、クリスは感じたのです。心からわき上がる、綺麗な音色を。

気付けばクリスは自然と歌っていました。それは心をこめたクリスマスキャロル。

たちまちみんなは笑顔になりました。クリスが来てくれた。

それだけでもすてきなプレゼントなのに、クリスはさらにプレゼントをくれたのです。


遠い遠い北の果て、サンタさんにも届きました。

そして、今もどこかを旅してる、あの白い旅人さんにも。


クリスがすてきな家族と巡り会えたから。彼の幸せ、たくさんの人に届きました。


さあ、もう一度。みんなで手を繋ぎましょう。今度はみんなで歌いましょう。

そう言って、女の子も歌います。クリスも一緒に歌います。

照れ屋のネーヴェもちょっとだけ。


そのクリスマスの一日は、いつまでもすてきな歌で満ちていました――



***



新たな家族をいつも優しく迎えてくれる、みんなのかわいいお姫さま。

いつかあなたが大きくなっても、みんなを愛するいい子でいてね。

みんなはいつでもあなたの味方、辛い時も、ずっといっしょにいてくれるから。


ネーヴェ。

口数少ないあなただけど、みんなを思う、強くて優しい子。

無理に言葉を使わなくても、一緒にいてくれるだけでいい。

あの子と弟、ちゃんと守ってあげてね。


クリス。わが家の家族はみんないい子たち。みんなとこれから仲良くね。

今は一番末っ子だけど、いつかは誰かの兄になるでしょう。

その時かわいい兄弟たちに、あなたのお歌をきかせてあげて。


私はずっと願っています。

いつまでも、あなたたちが仲良く一緒にいられますように。


だから、お願い。いつかまた。


彼らと手を繋いであげて。

そのたび、彼らは歌うから。喜び満ちた、あの日の歌を。

たとえ声にならなくても。あなたの耳に聞こえなくても。


彼らはちゃんと歌ってる。その歌が、私たちの幸せを伝えてくれる。

遠い誰かにも、幸せを運んでくれるから。


――どうかみんな、いつまでも幸せでありますように。





今日の話はこれでおしまい。

どうかあなたの心の中に、この思い出が残りますように。


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アリスの手帳-彼女のための作品集- 王子とツバメ @miturugi

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