路上で目覚めた少年の話(その2)

 真っ白い部屋があった。

 純白の壁、純白の天井、純白のリノリウムのゆか

 壁には白く塗られた鉄製のドアが一つ。

 横長の窓が一つ。

 窓の向こう側には、薄暗い部屋があった。ラジオ放送か音楽録音スタジオの制御室コントロール・ルームのような小部屋だ。

 制御室の窓から白衣を着た数人の人影が白い部屋こちらがわを注視している。

 白い部屋には、椅子が一つ。衣装ダンスくらいの大きさのスチール製の箱が一つ。

 少年が一人。十六か、十七か、それくらいの年齢だろう。

 真っ白な貫頭衣を着て、拘束用の強化ナイロン・ベルトで両手両足胴体をガッチリと椅子に縛り付けられていた。

 スチール製の箱から伸びた無数の信号線デジタル・ケーブルが、髪の毛をきれいにられ地肌がき出しになった少年の頭蓋骨の中に潜り込んでいた。

 箱の側面にある緑色のランプが点灯した。

 目を閉じている少年の体が、一度だけ、びくんっ、とわずかに震えた。


 * * *


「被験者の状態ステータスは、どうだ?」

 暗い制御室コントロール・ルームの中で、白衣を着た中年の男が、隣に立つ若い女に聞いた。

「安定しています」

 コンピュータのモニターに表示された数値を観ながら、女が答える。

 上司らしき男と同様、女のほうも痩せた体に白衣を羽織はおっている。

「そう言えば、今日の実験で使うサンプル・モデルをまだ見ていなかったな……見せてもらおうか?」

 そう言った男に、女は一瞬、戸惑ったような顔を見せたが、すぐにコンピュータを操作して画像を表示させた。

「なんだ? これは」

 驚きと、若干じゃっかんの怒りを含んだ男の声。

「あの……山本くんが、ぜひ、今日はこの画像で行こうと言うものですから……」

 女は弁解しならが、責任転嫁の視線を後ろで別のモニターに見入っている若い男に向けた。

「山本、説明しろ」

 上司の声に、山本と呼ばれた若い男が冷汗をかきながら答える。

「ええと……ありふれた物体オブジェクト・データによる実験テストでは良好な結果が得られていますし……そろそろ複雑な、というか……高度な認識能力や想像力を要するサンプル・モデルを送信しても良いかと思いまして……」

「そういう判断は、俺の……プロジェクト・リーダーの仕事だろう。勝手な真似はするな」

「は、はい……すいません」

「別のモデル……昨日の実験で使ったモデルを再利用しますか?」

 女の問いかけに上司の男は「ちっ」と舌打ちをして答える。

「まあ、良い……昨日と同じデータでは面白くないし、かと言って、新たなモデル・データを用意する時間も惜しい……今日のところは、それを使いたまえ」

「はい」

 白衣の女が画面の中の実験開始ボタンをクリックする。

 無数のケーブルを通じて、3Dモデル・データが少年の脳へ送信される。

〈突発性レム睡眠型覚醒障害〉……二年前、十四歳で発病して以来ずっと夢を見続けている少年の脳に電気信号を送り、実験が始まった。

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