scene4 甘いものにご用心

メイド「やっぱりお部屋の中はあったかくて落ち着きますね。

何か暖かいお飲物でもお入れしますわ。何がよろしいですか?」


若「それじゃあ、コーヒーを頼むよ」


メイド「かしこまりました」


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メイド「お待たせいたしました」


若「ありがとう。砂糖と、ミルクももらえるかな?最近甘いミルク入りコーヒーの美味しさに目覚めたんだ」


メイド「左様ですか?それは意外です。いつもはブラックでしたよね」


若「以前、訪問先コーヒーに対してミルク半分と、砂糖をスプーン5杯入れたものが振る舞われてね。甘いコーヒーなんて邪道だと思っていたけど、試してみたら意外といけたんだこれが」


メイド「そうでしたか。それは良い発見をなさいましたね」


若「しかし、砂糖は1杯で十分だな。これでも結構甘いのに、5杯も入れたものを毎日飲んでいたら、すぐに太ってしまうよ」


メイド「あら、そういえば最近甘党に目覚めたと仰っておりましたが、お菓子を振る舞われたのも同じご訪問先ですか?」


若「あっうん。そうだよ。よく覚えていたね」


メイド「もしかして、そのご訪問先は、レインミレイ公爵家ではござません?」


若「……よくわかったね」


メイド「ええ、わかりますとも。あちらのお家は、食にこだわりがあることで有名ですからね。巨漢のご主人さまと、小枝のように細い奥様で。ご令嬢様は、奥様にそっくりで大変スマートでいらっしゃいましたね?」


若「そうだね。どうも、あちらの家のご婦人方々はいくら食べても太らない体質のようで」


メイド「まあ、甘いものを好きなだけ食べてスマートでいられるなんて、なんてお羨ましいことでしょう。たしか、量も大変多く召し上がられるとか?」


若「うん、確かに、びっくりするくらいよく食べていたね」


メイド「まあ、考えられないですわ。あんなに細くて華奢で儚げな方なのに」


若「外見からは想像がつかないね」


メイド「確か以前、彼女は実においしそうに食べるから、見ていて気持ちがいい、と仰ってましたよね?」


若「さあ、そうだったけ?」


メイド「ええ、仰っていましたよ。目に浮かぶようですわ。

レイチェル嬢が実においしそうにぺロリとたくさんの料理を召し上がれて、その様子にびっくりしてる若様に気付いて恥じらう愛らしい姿が……。

『いやだ、わたくし、恥ずかしいわ。呆れられたでしょう?こんなに食べる女なんて』

『いいや、君の食べっぷりは素敵だよ、実においしそうにたべてるから見ていて気持ちがいい。』とか何とか」


若「言ったかな、そんなこと……」


メイド「大体想像がつきますわ。公爵様に、奥方様やレイチェル様の素質が半分でも備わっていれば、バランスがとれたかもしれないですわね。

あっでも、公爵様はお若い頃はほっそりとされていたというお話をお聞きしたことがありますわ」


若「公爵様は、もともとそんなに大食家ではなかったらしいんだが、嫁いでこられた奥方が大食家だったばっかりに、つられてたくさん食べるようになってしまったらしいよ」


メイド「そして、奥様は食べても太らないばっかりにいつまでもほっそりとしておられ、公爵様だけがどんどんと大きくなられたと」


若「そうそう」


メイド「まあ、それでは、若様も公爵様と同じ未来を辿られるのでしょうか?」


若「えっいや、そんなことはないんじゃないかな」


メイド「わかりませんよ?ついついつられて食べ過ぎたくなってしまう気持ち、わかりますもの。

でもきっと厨房もにぎやかになりますね。おいしそうにお食事される奥方なら皆喜ぶのではないでしょうか。料理し甲斐がありますわ」


若「いやでも食費がきっと馬鹿にならないし、食べても身にならないというのはつまり効率が悪いと思うね」


メイド「それから、甘いものもたくさんこしらえなくてはなりませんね。

バターたっぷりのクッキーに、クリームをどっさり使ったケーキ、それから砂糖漬けの果物をたくさん加えた焼き菓子。考えるだけで楽しくなりますわ」


若「別に今でも作っていいんだよ?父は食べないだろうけど、僕が食べるし」


メイド「お二人のお子様は、どちらによく似るでしょうかね。

レイチェル様に似て、ほっそりとしていらっしゃるけどよく食べるお子様になるか、

若様に似てごく普通に、食べた分を栄養になさるお子様になるか」


若「いや、さぁ、それは、何とも」


メイド「女の子でしたら、甘いものをたくさん食べても太らないというのは嬉しいと思いますよ」


若「そうかもね……」


メイド「それにもちろん、レイチェル様はお綺麗でいらっしゃいます。容姿はどちらに似ますでしょうか。

旦那様のような緑の目と、レイチェル様の金髪が一緒に受け継がれたら素敵ですね」


若「僕は、黒髪の方が好きだな」


メイド「あら、左様ですか?黒髪なんてあまり流行らないですよ」


若「目の色は、青がいいな。雲のない、晴れた真昼の空みたいな鮮やかな青」


メイド「若様のお父上の目は青色でいらっしゃいますから、可能性はありますよ」


若「そういうことではなくて。違うんだよ。それじゃ、駄目なんだよ」


メイド「何が、駄目なんですか?若様」


若「すまなかった。僕が悪かったよ。あの人達の話なんてするべきじゃなかった。

うっかりしていたよ。あんまりここの居心地がいいから、つい、普段の調子で話してしまった」


メイド「わたくしは、若様が思い直してくれたのかと、安心しましたのに」


若「ここは家じゃないし、どうしてここに来たのか、忘れたわけじゃない。もちろん考えは変わらないよ。不安な思いをさせて本当にごめん」


メイド「不安だなんて……違いますわ若様。

若様には未来がおありです。約束された、平穏な未来があるんです。それでいいんです。

今までどおりの日常の、他愛のない話をして、結婚して、家を継いで、子供を作って。そういう道を選ぶべきなんです」


若「それは僕が本当にほしいものじゃない。もういいんだ」


メイド「よくありません。まだ間に合います」


若「いや、これでいいんだ。

僕は、他の何もかもを失ったとしても、一つだけ、どうしても失いたくないものを見つけたんだ。

だから、僕の持つすべてと、ただ一つを天秤にかけなきゃいけない時が来た時、ぼくはただ一つの方を選んだ。

これは僕が僕であるためには、必要なことなんだ。どうしても」


メイド「失うものが、どんなに大きくても?若様は、レイチェル様をお嫌いではない筈です。

大きなお家ですと色々なしがらみがあるのはわかります。ですが、ご両親のことだって、別にお嫌いな訳ではないでしょう。

周りの人たちをむやみに傷つけることになってもかまわないのですか?」。


若「それは、わかっているつもりだが……。彼らにわかってくれとは言えた立場じゃないな」


メイド「本当にわかっていらっしゃるのかしら。世間知らずのお坊ちゃまが。

今までご自身を守っていた家を捨てたら、どうなるのか」


若「確かに僕は世間知らずさ。だけど、君は、君はどうなんだい?どうして、こんなところまで来てくれたんだ?

僕のことを世間知らずだと言うし、穏当な道を行けと言うけど、君は何を考えて一緒に来てくれたんだ?」


メイド「わたくしは、貴方様に言われば、どこまででも付いていきますわ。

つまり、もう付いてくるなと言われればもうそれまでです」


若「そうか。それはなんだかずるいな……」


メイド「ずるいですって?まっとうな一従者として、当然の見解です!

若様には幸せになっていただきたいと思っているのですよ。後から後悔なさっても遅いのです」


若「ずるいっていうのは僕自身のことさ。

ここまで来て、君を守りたいと思うのに、結局いまだに君からはそんな風に、一従者だとか言われて来ただけとか言わせてしまう。

結局僕は、対等になったつもりで、『若様』の自分に甘んじていたのかもしれない」


メイド「そんな、わたくし、若様と対等になれるなどと、そんな大それたことを望んだりはしていませんわ」


若「大それたことだなんて……。では、君は何が望みだい?僕には何ができる?」


メイド「わたくしは……若様のお側にずっといたいと、ただ、そばにいられれば良いと……」


若「僕もそう思っている。

どうしても君の方を危うい立場に追い込んでしまうこと、本当に申し訳なく思っているよ。

だけど、僕はそれでも君を守りたいし、君のそばにいたい」


メイド「わたくしには若様と違って捨てるものなど何もありません。お気になさることなどありませんわ。

どこまででもいつまででも、地の果てまでだろうが付いて行きますわ。後悔なんてもちろんしませんよ」


若「ありがとう、信じてくれて」


メイド「ですが……もし、若様の気が変わったら、いつでも仰って下さい。

わたくしなんかのせいで、若様未来を台無しにしたくはないんです」


若「『なんか』なんていうのは良くないな。

それに『台無しにする』なんて考えも良くない。

君は自分でさっき言ったように、むしろ僕に連れられてここまで来たのであって、君のことについては僕が責任を持つべきことなんだ。

だから君こそ、僕の覚悟が信じられないとか頼りないとか思うようであるならば、いつでも去ってくれて構わない。

ただ、君がそばにいてくれるのであれば僕は他に何も――」


メイド「もう、若様は。……わかりました。

わたくしももう小うるさく言うのはやめにします。

だから、どちらが責任があるかなんてことを言いあうのはやめにしましょう。

わたくしたちは、二人でここまで来たのですから」


若「『わたくしたち』というのはいいね。僕たちは、互いに手と手を取り合って、この辺境の地まで行きついてたんだね」


メイド「その通りですわ。ちょっとおセンチですけどね、それだと」


若「ロマンスがあっていいじゃないか」


メイド「ええ。ですけど実際は、なかなかそうロマンチックなことばかりじゃないですけどね」


若「うーん、手厳しいな、相変わらず……。

色々と問題はあるにはあるけど、僕はいまこの状況に幸せを感じているよ。君はどうだい?」


メイド「そうですね。わたくしは結構楽しんでいますよ。ご心配なく」


若「本当かい?それならばよかった」


メイド「お気遣い、感謝いたしますわ。

あら、そういえば……コーヒーのミルクとお砂糖、いかがいたします?」


若「いや、やっぱりブラックがいい」


メイド「ふふ、かしこまりました」

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