アリアとスゥの花嫁修業③

 震えるレイアの目の前でアリアが両手に一つずつ手にするモノを見つめる。


 可愛らしく首を傾げるアリアは苦悩する声を上げて言う。


「このスリッパか、それとも……酢昆布か……」

「悩むような問題かよ!? どう考えても食い物は酢昆布だろ!! スリッパに食用なんてねぇ!!」


 アリアの呟きに我慢できずにマッハで突っ込み入れるレイアは肩で息をする。


 突っ込まれたアリアとスゥはマメ鉄砲を食らった鳩のように顔を見合わせる。


「でも、ユウさんがスリッパが効いたカレーは最高だと……ッ!」

「アリア、それはきっとスパイスって先生は言ったんじゃない?」


 ティファーニアが連想ゲームをする要領で答えに行き着き、苦笑いしながら伝える。


 スゥは「ああっ!」と声を上げて掌を叩いて納得したように見せるがアリアは余裕の笑みを見せてレイアに頷いてみせる。


「ダンテの次にレイアが知ってるか試した」

「絶対に嘘だろ!? さっき、ビックリしてたよな?」


 突っ込むレイアに「姉に対して失礼」とプンプンと声に出しながら酢昆布を投入していく。


 それに、ハッと我に返ったレイアが叫ぶ。


「酢昆布が正解って訳じゃ……手遅れか……スリッパに持ってかれた」

「まあ、味は濃過ぎるけど、今の所、毒物は入ってないから大丈夫じゃない?」


 カレーとして考えない限り、と言ってくるティファーニアに「どうしてアリアは昆布推し?」と聞くが「さあ?」と首を傾げられる。


 口をへの字にしてアリアが意固地になり始めているサインを見せ、懐からアリアの両腕程ある大きな水筒を取り出す。


「次は遊ばないっ!」

「待て、その水筒、あきらかに懐に仕舞って置ける大きさじゃないだろ!?」


 スゥも目の前で見ていたのにレイアが突っ込むまで疑問に思ってなかったようで、今更ながら不思議に思い、首を傾げてアリアを見つめる。


 ドヤ顔する姉アリアが胸を張って言う。


「シホーヌ直伝」

「嘘だろ? 『ブワッとププで一気にドドなのですぅ!』とか意味あったのかよ!?」


 レイアもホーラが苦労してシホーヌから学んだと聞いて教えを受けに行った事あったが、さっぱり理解できずにホーラに騙されたと今まで思っていた。


 だが、姉のアリアが目の前で実践しており、実現可能である事を知る。


 身内の事には常識を捨てているスゥは自分も習おうと嬉しそうにする。


 スゥの反応に気を良くしたアリアは胸を張る。


「意外とシホーヌ説明上手」

「嘘だろ……」

「そういえばホーラから以前に聞いたけど、常識を破壊するか、忘れる覚悟がいるって言ってわね」


 ティファーニアの説明を聞いたレイアは自分の姉が常識を忘れられるのか、破壊されている可能性に震える目の前で取り出した水筒を鍋に躊躇せずに流し込むのを見つめる。


「今、何を入れた!?」

「センブリ茶」

「センブリ茶……整腸作用に美容目的、なるほどね。だから昆布推しだったのね」


 レイアはティファーニアの言葉から整腸作用と美容に良さそうな響きを感じ取り、希望を見つけたように話しかける。


「も、もしかして今までのを中和して、お腹を壊しにくくなる?」

「お腹はどうか分からないけど……少なくとも私は口にしたくないモノに昇華されたと思うわよ?」


 センブリ茶が1000回、煎じても苦いという名前の由来だと雄一に聞かされたと伝えられたレイアは頭を抱える。


「絶対にヤバい……」

「きっと大丈夫なの! 体に悪いモノは入ってないの」

「うん、必殺」


 この2人とまともな会話が無理と判断したレイアは唯一の味方のはずの少女、ミュウに助けを求めようと振り返る。


「ミュウ、アレ食える? アタシにはム……アレ?」


 振り返った先のテーブルには誰も居らず、背後の窓が開かれており、そよ風に揺られたカーテンが目に入る。


 口を開けて愕然とするレイアの隣で嘆息するティファーニア。


「逃げたわね」

「ミュウの裏切りモノ!!」


 窓に駆け寄って外に向かって叫ぶレイアの背にティファーニアが顎に手をやり、考え込みながら話す。


「ミュウが迷わず逃げるという事は本当に危ないのかもしれないわ。レイア、今なら負けを宣言して食べるのを辞退できるわよ?」

「なんで負けになるんだよ! あんなの食べなくてもマズイの分かるだろ!?」


 レイアが指差す方向ではスゥが楽しそうに鍋をお玉で混ぜ、アリアは再び、懐をゴソゴソしている。


 ティファーニアも指を差される場所にいる2人を見つめた後、残念そうにレイアを見つめる。


「これが美味しいか、マズイかという判断するだけならそれでもいいんだけど、これは2人が花嫁としてのスキルがあるかどうかのテスト……見ただけでマズイから! と言って2人が納得すると思う?」


 ティファーニアの説明に言い返す言葉が思い付かないレイアは口を噤む。


 どうしたらいい? と悩むレイアの耳にアリアの声が響く。


「『そ』はソラマメ」

「大粒なマメなの」


 その声に振り返ったティファーニアは頭痛に耐えるように頭を抱え、レイアは絶句する。


 一度は黙ったものの生存本能が背を押したらしく復帰したレイアが叫ぶ。


「それ、ソラマメじゃねぇー! ミドリガメっ!!」

「あっ」

「ごめん、クロのご飯が……」


 アリアの懐から顔を出すクロが悲しそうに「ピィィ」と鳴く頭を優しく撫でるアリアとスゥ。


 震える指を突き付けるレイアが嘘と思いたさそうな顔をしながら言う。


「あ、アリア、スゥ、アタシを困らせたくてワザとだよな? なっ?」

「だ、大丈夫なの!? 私達にかかったらここからのリカバリーもバッチリなの! ミドリガメは臭みがあるから……」

「私に考えがある。待ってて」


 貯蔵庫に小走りで行くアリアを信じられないと見つめるレイアは半泣きであった。


 ごそごそ、とする音がするとすぐに出てきたアリアがスゥに緑色の根野菜のようなものを手渡す。


「カレーにいれる辛みが丁度良い」


 受け取ったスゥとは別の同じ根野菜を2人ですりおろし始める。


「一応、まだカレーを作ってるつもりだったのね……でも、それは『わさび』よ?」

「アリアぁ!!」





 それからも色々言われるがマイペースを貫いた2人によって料理は完成する。


 今、レイアの前には何色と言えばいいか分からない色のスープ状のモノが置かれている。


 レイアだけが激しい地震を体感させられているようにスプーンを持ちながら全身ガタガタいわせていた。


「アリア特製必殺カレー」

「自信作なの! 食べて欲しいの!」


 レイアの反応が楽しみとばかりにキラキラと目を輝かす2人に見つめられるレイアは滝のような汗を流す。


 それを見つめるティファーニアが聞かずとも答えが想像できていたがレイアを諭すように言う。


「ここが本当に引き下がる最後のタイミングよ?」

「あ、アタシは絶対に逃げねぇ!!」


 おぼつかない手を使ってスプーンで2人がカレーと主張するモノ? を掬うが、芸人がジェットコースターに乗りながら食べるラーメンのように辺りに飛び散らかせながらレイアは荒い息を吐きながらカレーを見つめる。


 スプーンにはカレーはほとんど載ってない状態まで躊躇し、スプーンを汚すように付いてるのを見て意を決して口に飛び込ませる。


 そして、ここから先はある少女2人とナイファ王国の権力駆使して闇に葬られた。







 時を同じ頃、建物と建物の間で泡を吹いて倒れる大男、雄一をホーラとテツが発見する。


 辺りにはスープ皿とスプーンが転がり、濡れる地面からは異臭が放っていた。


 鼻を抓む2人が近づくが白目を剥く雄一にどう対応したものやらと顔を見合わせる。


 テツが雄一の手元の地面に何かが書かれているのを発見する。



『愛する娘が作った初めての手料理の決め手は愛のス……リッパ』



「ユウイチさ――ん!!!」


 テツは父親として、男としての本懐を遂げた雄一を悼むように空を見つめて絶叫する。


 泣くテツの背後からテツが見たメッセージを見つめるホーラは嘆息する。


「馬鹿さ?」





 後日談



 現場検証をするようにシキル共和国の前身の国の王族の血を引くイーリンがアリアとスゥの料理を成分調査をし、再現しようとしたがどうしても成功しなくて科学者としての誇りを傷つけたらしい。


 そして、北川家の台所が消毒、一からのリフォームの施工された時期も同時期であった事を追記しておこう。

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