アリアとスゥの花嫁修業②
不揃いという言い方でも甘い大中小の段階を通り過ぎた切られたというより、切り刻まれたという表現が正しい野菜の残骸を目の前にした2人の少女が額の汗を拭う素振りを見せる。
「なかなかの強敵だったの!」
「でも私達にかかればこんなもの」
どこから生まれるか分からない自信を漲らせる少女達、アリアとスゥを見つめるレイアが首を傾げながら傍にいるティファーニアに問いかける。
「えーと、2人が自信ありげで、こっちが自信を失いそうなんだけど……あれって駄目じゃねぇ?」
「そうね、火の通りも均一にならないし、味も染み込み具合がバラつくわ。良い事はまったくないわね」
肩を竦めながら苦笑するティファーニアの言葉を受けて、自分の知識がおかしくない事を知ったレイアが安堵の吐息を吐くと同時に、勝ちを確信したように笑みを浮かべる。
「勝ったな!」
「味付けで多少は誤魔化せるけど、これは大きなハンデになるわね」
それを聞いていたダンテが項垂れて籠る声で「うぅっううっ」と啜り泣くような声を洩らす。
その泣き声を聞いたレイアはさすがに悪く思ったのか猿轡を外してやる。
「悪いな、ダンテ。どうやらクソ不味い味見をさせる事になりそうだ」
「ううっ、本当に悪いと思ってるなら猿轡だけでなく縄も解いてくれない?」
ダンテのその言葉にレイアは、そっと目を逸らす。
やはり駄目かと、声を殺して泣くダンテの肩に触れるピンク色の髪の少女ミュウが力強い言葉を笑みを浮かべて言う。
「がぅ! あれ、ミュウの野生のカンが言ってる。絶対に危ない。最初に口にするのはイヤ」
ミュウの無慈悲な言葉に絶句するダンテに姉のディータが口を真一文字にして頷く。
「ダンテ、試練です! さあ、ユウイチのような大きな男になるのです!」
「姉さんは僕に可愛くなって欲しいの? 強くなって欲しいの?」
ダンテの皮肉が込められた言葉にビクともしないディータは揺るぎのない瞳で見つめてくる。
「勿論、両方です。強カワを目指してください!」
「――っ!?」
頭のおかしい発言をしてくる姉を持つダンテはまさに試練の真っ最中のようであった。
ダンテが人生の荒波に揉まれてる間もアリアとスゥの自称、お料理は続いていた。
豪快な男料理をするように大鍋に切った野菜をドバドバと投入して竈の火をくべると2人は腕を組んで考え始める。
「次はどうしたらいいの?」
可愛らしく首を傾げるスゥを覆うように大きな影が現れると優しく両肩を押さえる。
「料理の基本、その1。調味料の入れる順番は『さしすせそ』だ。まずは『さ』は……」
「ああっ! また現れやがったなっ! ホーラ姉! ここに馬鹿がいるぞぉ!!」
レイアがそう叫ぶと、大男、雄一が食堂の方を一瞥して舌打ちをする。
すると、食堂の方から駆ける足音が聞こえ、同時に雄一はアリアとスゥに「頑張れ!」と告げると勝手口から飛び出す。
雄一と入れ違いに息を切らしたホーラが飛び込み、開いた勝手口から空を見上げると捜し人を見つける。
怒りに眉尻を上げるホーラが懐から魔法銃を取り出し、空を駆ける雄一に銃口を向ける。
「そんなに本気で逃げる事はないさっ! そんなにアタイの買い物に付き合うのはイヤかっ!!」
「待って、ホーラ姉さん!? それはさすがに当たったらユウイチさんでも怪我しかねないよっ! それにユウイチさんと買い物行く話はいつ出てきたの!? レイアとの約束ではどこかに連れ出すだけだったはずだよ?」
追いかけてきたテツがホーラを後ろから羽交い締めにして思い留まらせようとするが、ホーラが暴れるので四苦八苦したテツであったが、何やら思い当たる事があったようで聞いてくる。
「もしかして、またユウイチさんにどの下着が好みか確認するつもりで連れ出そうとしてた? それして前回、逃げられたんでしょ? そういうのはユウイチさんじゃなくても僕でも困るよ」
そう、ホーラは以前に雄一に買い物に連れ出して、どの下着がグッとくるかと質問攻めにして逃げられた過去があった。
本来はホーラだけが頼まれていた事であったが明らかに雄一相手にホーラだけでは手が足りないとテツを巻き込み、雄一を捕まえたらティファーニアが喜ぶモノを買いに行こうと納得させていた。
そこに思考が至った瞬間、ホーラの思惑通りにいけばティファーニアの下着を物色する事になった未来を理解してしまい、顔を真っ赤にするテツ。
「ごほん! とりあえずユウイチさんを掴まえて『のーひっと』に行きましょう。この場を邪魔させなければいいんですから」
「離せ、テツ! アタイはポプリがいない内にユウの好みをリサーチする使命がぁ……」
体格でも力でもホーラでは太刀打ちできないテツに羽交い締めされてズルズルと引きずられて勝手口から退場する。
「やれやれ、ホーラにも困ったものね。普段は冷静なのにポプリとすぐに競り合おうとするから……」
「未来のないナイ乳に下着は不要」
ホーラとポプリの共通の友達であるティファーニアは仲が良いから起こる馬鹿騒ぎである事を知っているが、時折、傍迷惑なレベルの2人を思い、嘆息する。
その横でホーラをディスるアリアに同意とばかりに頷くスゥが聞いてくる。
「ところでユウ様が仰ってた『さしすせそ』って何なの? アリア、知ってるの?」
「当然」
レイアと同じ双子とは思えない未来ある胸を張るアリアが鼻息荒めにして無表情に頷く。
どことなくドヤ顔するアリアが告げる。
「『さ』は、ザラメ」
「違うよっ! 砂糖だよっ!!」
「あっ、こら、お前は味見だけだろ!!」
慌ててダンテの口を塞ぐレイアに抵抗するダンテは自分の命の為に必死に奮闘して呻き声を洩らす。
「大丈夫、知ってた。ダンテを試しただけ」
知ってた、と言い張るアリアを見つめるレイアが、ダンテの口を押さえながら悪代官に囁く越後屋のように楽しげに言ってくる。
「見てろよ? アリアの事だから『し』は醤油って言うぜ?」
レイアは特別、料理をしようと思った事はないが、基本の『さしすせそ』は知っていた。
なので、当然、『し』が塩である事も分かっている。
ニヤニヤと見つめるレイアと戦々恐々なダンテが見つめる先にいるアリアはカレーを作ってるはずなのに砂糖壺を鍋の上で引っ繰り返すようにして全部、投入させる。
「!!!!????」
声なき悲鳴を上げるダンテと「勿体無い」と的外れな感想を漏らすティファーニア。
それを眺めていたスゥがアリアに『し』は何かと聞く。
「『し』は塩……」
アリアが正解を知っていた事に驚くレイアと僅かに希望を見たダンテが瞳を潤ませる。
しかし、その2人の想像は裏切られる。
「塩……昆布」
驚くレイアとダンテの目の前でアリアとスゥが小さい赤い箱に入った昆布を大量に投入していくのを見つめ、いち早く立ち直ったダンテが油断してるレイアの手を振り払って叫ぶ。
「塩昆布は調味料じゃないよ!! 『さしすせそ』というのは全部入れるという意味じゃなくて……」
「だから、助言は駄目だって!」
そう文句を言うレイアが無防備なダンテの首筋に手刀を入れると綺麗に入り、ダンテが白目になって気絶する。
「あっ」
「ふむ、綺麗に入ったものだ。これでは夕方までダンテは目を覚まさないだろうな」
やっちまったと頬に汗を流すレイアを放っておいてダンテの容体を視るディータが呆れたように首を振るとダンテを椅子に縛りつけていた縄を解き、ダンテを抱き抱える。
「ダンテは私がベッドに運んでおこう。レイア達もほどほどにな?」
ダンテを連れて出て行くディータを見つめるレイアの背後でアリアとスゥの会話は続いていた。
「で、『す』は?」
「『す』は……どっちか? 『す』だけは私も自信がない」
振り返ったレイアは驚愕に目を剥く。
アリアが示すモノを見た瞬間、硬直してしまった。
「じ、冗談だよな? アリア?」
その呟きはアリアは勿論、スゥにも届かなかった。
唯一、聞き逃さなかった背後の椅子に座るピンク色の髪の少女が珍しく真面目な表情を浮かべると共に椅子から腰を少し浮かべて重心を背後に移行させ始めた。
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