スゥのお見合い話と裏舞台
雄一がトトランタにやってきて2年が経った頃、そうアリア達が6歳、ミュウが7歳の年を数えた初夏の話である。
まだ鍛えられ始めた頃で、ひたすら雄一に走る事と柔軟だけを課されて退屈と戦っていた時期、北川家に一通の手紙が配達された。
その手紙をエリーゼから受け取ったテツが宛先がスゥになってる事を知って、家にいるという目撃情報を子供達から聞いて探して歩いていた。
どこにいるのだろう? とテツは歩いて回っていると風呂に繋がる勝手口から聞き覚えがある声がするので近寄ると探し人のスゥを始め、アリア達が頭を拭きながら歩く姿を発見する。
「あっ、いたいた、スゥを探してたんだ。お風呂に行ってたんだね、道理で見当たらなかったはずだ」
手を振ってスゥ達に近寄ってくるテツを首を傾げたスゥ達が迎える。
「ごめんなさいなの。訓練で掻いた汗を流してたの」
「最近、暑くなってきたから訓練の後は気持ち悪いしね」
テツは謝られてるが気にしてないと笑みを浮かべながら手紙を差し出す。
「エリーゼから預かったゼクス君からの手紙だそうだよ? エリーゼの伝言が正しいなら急いで見て欲しいらしい」
「えぇ……お兄様の急ぎと言われると悪い予感しかしませんが、ユウ様に話がいかないところをみると深刻じゃないんでしょうけど……」
嫌そうな気持ちを隠そうとしないスゥが本当に嫌々といった感じで手紙を受け取る。
面白がるアリア達がスゥの背後に廻って手紙を見ようとする。
スゥは手紙を開封する為にミュウから短剣を借りようとしていると風呂の勝手口の方からアリア達と同じように髪を拭きながらやってくるダンテが首を傾げながら眺めてるテツに話しかける。
「何かあったんですか?」
「ああ、スゥの兄さんのゼクス君から手紙がきてね?」
そう答えた後、「ダンテも一緒にお風呂かい?」と聞くと憮然な表情をするダンテが「一緒に入ると玩具にされるんで僕もテツさんと同じで井戸で」と答えてくるのテツは見て笑う。
ダンテの名誉の為に、ちなみに数年後、ミュウがダンテのゾウさんのサイズを言ったのはこの頃に最後に見たモノについてである。
男2人が女の権力が強い家で苦しむ同士の連帯を深めてる最中、スゥが手紙を開き読み始めるとアリア達は歓声を上げ、スゥの眉間には強い皺が生まれて行く。
「お母様……今なら貴方をグーで殴れるの!!」
「スゥ、これからもずっとユウさんの隣を競い合うライバルとして切磋琢磨できると思ってた……後は、私がユウさんを幸せにするから、スゥも幸せになって?」
普段、無表情な事が多いアリアが柔らかい慈愛に満ちた笑みを浮かべるのを見たスゥのコメカミに血管が浮く。
それを離れた所で見るダンテは、「スゥの剣幕も怖いが、アリアの偽物臭いあの笑顔が一番怖い」とテツの背後に隠れる。
「そうだ、ダンテ。僕達はああいうのを見抜く目がないとこの家で生活はできないよ?」
言ってるテツも引け腰になりながら、ダンテにしっかりと伝える。
ダンテはこうやってテツに教育されて、残念な方向に成長していく。
ミュウは祭だ、と言わんばかりにミュウダンスを披露し出し、レイアは演技ではない喜色を全面に出して祝う。
「いいんじゃねぇ? いいと思うな、アタシは! 前から言ってるけど、アイツと結婚とか止めとけよ。お母さんが言うように婚約しとけよ!」
そうレイアが言うようにゼクスの手紙に書かれていたのは、母、ミレーヌに婚約を、と言ってきたパラメキ国の王族の遠縁と名乗る貴族の8歳の少年との婚約話についてであった。
▼
スゥは嫌々という表情を隠さずにサマードレスに着替えようとしていた。
普段は動きやすい事と盾持ちのスタイルになると雄一に言われて騎士をイメージさせるような格好を好んでするようになった。
そのせいで、時折、城に戻る時以外はズボンスタイルのスゥであった。
サマードレス姿のスゥを見つめる双子、アリアとレイアがウンウンと頷いてスゥを褒めてくる。
姉のアリアの意図は理解しているので何とでもなるという考えのスゥであるが、妹の残念な頭のレイアは本気で祝っているので始末が悪い。
「本当に良かったぜ、スゥが幸せになってくれたら後は止めるのはアリアだけで専念できるしな。本当におめでとう、スゥ!」
スゥに「綺麗だぜ!」とサムズアップして口の端を上げる笑みを浮かべるレイアに頭痛を覚えると同時に意識してない時の仕草がどんどん雄一に似てきてる事にいつ気付くのだろうかと溜息が零れる。
レイアは本決まりだと思ってる残念頭だが、アリアは手紙の内容からゼクスが断っても国家間の問題にならないから好きにするようにと匂わせる文面があったのを気付いているはずである。
しかも、母であるミレーヌがその話を巧妙に隠していたので、予定通りに到着するなら今日、ダンガ入りしてやってくるらしい。
スゥとアリアはお互い準備期間がないまま、相手との駆け引きではなく、雄一の隣を競い合う恋の鞘当という騙し合い、キツネとタヌキの化かし合いの火蓋が切られた。
という展開が待っていると思われたスゥのお見合い話であったが、相手が来た早々、レイアの一言で全てが纏められたような感じであった。
「さすがにアタシもアレを勧める気は起きなかった……お帰りはあちらです」
食堂から玄関の方向を指差すレイアは本当に残念だ、と言わんばかりに溜息を零す。
タマネギヘアーの眼鏡をかけた女性がそう言うレイアに噛みつくように叫ぶ。
「ウチのヤッちゃんにどこに問題があるというのざます!」
「どこって言われると指摘するのが億劫なほどあるだろ? スゥと婚約する為に来てるのに露骨なスケベ丸出しの視線をアタシ等に向けてくる所が既に終わってねぇ?」
タマネギ(略称)のスカートを掴み、指を咥える金髪の目鼻は整ってるがイヤラシイ笑みを浮かべる息子、ヤンスを見下ろす。
「男前でどこに出しても恥ずかしくないウチのヤッちゃんにどこに問題があるざます?」
「ねぇ、ママ、ここにいる子達4人はスゥ様と結婚したら妾として付いてくるんだよねぇ?」
「おい、問題だらけだろ! しっかり現実を見つめろよ! んっ? 4人?」
吼えるレイアであったが首を傾げる後ろからダンテの短い悲鳴が聞こえるが、他にも問題は山積しているので気にしない事にするようだ。
そのやり取りを黙って無表情で見つめていたアリアとミュウは、ミュウは興味を失くしたようで窓から外に出て行き、アリアは辛そうな表情に変わっていく。
「スゥ、さすがに私もアレにスゥを押し付けるのはどうかと思ってきた」
「腑に落ちないモノはあるけど、敵対しないというのは有難いの」
アリアは断腸の思いである事を隠さずに悔しそうにしているのを見て、もうちょっとマシなら押し付ける気だったのかと思うとアリアは恐ろしいと背筋が冷たくなるスゥであった。
言いたい放題、というより言いたい放題しても追い付かない突っ込みどころ満載の親子の背後に控えていた護衛と思われる男達が前に出てくる。
「庶民が、我が主のご子息を言いたい放題に言いよって!」
そう言うと腰にある剣に手を添えるのを見たレイアが身構えようとした時、細い剣、レイピアが横から出てきて、護衛の男の首筋に当てられる。
「動かないでね? 加減ができるほど私は強くないの?」
現れたのはツインテールの少女、テツの思い人のティファーニアであった。
どこから現れたかアリア達も気付かなかったが、嬉しそうにレイアが叫ぶ。
「テファ姉ありがと!」
レイアの言葉にニッコリと笑うティファーニア。
喉元に当てられたレイピアを見つめながら額に汗を掻き、虚勢を張るように笑みを浮かべる護衛が言ってくる。
「確かに強くないようだな。不意打ちで私の動きを封じたはいいが、私以外にもいるんだぞ?」
「そうね、貴方1人なら何とかなるかもしれないけど、2人になられたら私の負けでしょうね?」
護衛の男の優位をティファーニアがあっさり認めて、一瞬、強気になりかけたが、あっさり認めた割に慌てる様子が見れない事に疑問を覚えたようである。
「この家の主が誰か知らないの?」
「あの男は留守と聞いている!」
理由はまだ分からないが問いかけられた事に答えながら理由を模索する事にしたようだ。
そうね、と頷くティファーニアに怪訝な表情を浮かべる。
「でも、ここで怖いのが先生とホーラとテツ君だけだと思ったの?」
ティファーニアが言いたい意味が分からないと言う顔をする護衛の男を見て嘆息するスゥがティファーニアに頼んでやる。
「テファさん、その人に振り返らせて上げて欲しいの。そろそろ、この茶番も終わらせたいしね?」
「そうね、斬らないから振り返っていいわよ?」
そう言われた護衛の男とタマネギとヤンスが同時に振り返ると護衛の男は絶句し、タマネギとヤンスは短い悲鳴を上げると尻モチを着く。
振り返った先には他の護衛が山積みにされた上でヒヨコの刺繍が入ったエプロンを纏うエルフ、ディータが座って見下ろしていた。
「護衛を雇うならもう少し腕が立つのにしとくといい。これではゴブリンを追い払うぐらいにしか使えない」
「な……なんだと!? 物音一つしなかったぞ!」
ガタガタと震え出す護衛の男に冷たい笑みを浮かべるティファーニアが告げる。
「この家には怖い人が多い。ここは子供達が学ぶ場所で物騒なモノを抜こうとする者は許さない。それにね?」
底冷えするような流し目をするティファーニア、テツが見たら震えるか惚れ直すか、おそらく両方の視線に当てられた護衛の男は生唾を飲み込む。
「貴方が危害を加えようとしたのは、この家の主が目に入れても痛くないと豪語する子達なのよ? 無事に済むといいわね?」
雄一が『救国の英雄』と呼ばれた戦いをして2年、戦場にいなかった護衛の男の耳にも伝わっていた。
だが、その雄一がここをそれ程、大事にしているという事の情報の拡散はまだそれほどではなく、しかもアリア達をネコ可愛がりしている事はもっと知られてなかった。
手をパンパンと叩き出すティファーニアは、ニッコリと笑うとアリア達に言ってくる。
「お帰りになられるようだから、送り出してあげましょう?」
そう言うとアリア達は元気良い返事をするとタマネギとヤンスを蹴って立ち上がらせると馬車の方へと追いだしていく。
ティファーニアとディータは護衛の男達を何度かに分けて担いで馬車に放り込んでいく。
そして、全部積み終えるとアリア達の輝かんばかりの笑顔に送られてタマネギ親子がダンガを後にした。
こうして、スゥのお見合い話が潰えて、スゥの下にお見合い話が舞い込まなくなる出来事になった事をスゥ達は知らない。
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ティファーニアとディータが荷物のように護衛を荷台に運んでいた台所の勝手口周辺では緊迫した空気が生まれていた。
「そこをどけ、お前等……」
地の底から響くような暗い感情が滲む声を発する黒髪の長髪のカンフー姿の男が勝手口を守るようにするテツ、ホーラ、そして、ガレットにデートを断られた傷を癒す為にテツを巻き込んで飲みに行こうとしたダン、トラン、ラルクが対峙していた。
「くそう! ガレットに振られただけでなく、ユウイチさんの相手とか最悪の日じゃねぇーか!」
「ダンが振られるのはいつもの事だけど、これは酷いよね? しかも逃げたら絶対、ホーラに後日殺されるよね?」
「トラン、それは正しい認識だ、ここは勝ったり防ぐ事を考えずに生き残る事だけを考える、それが大事だ」
ダンはマジ泣きして、トランは溜息を吐きながら涙目に、そして、ラルクは頬の傷をいつもの癖でなぞって諦めるように黙祷する。
「アンタ等、後で絶対にしばくさ?」
半眼で見つめるホーラにびくつく3人であったがダンが「俺は何も言ってねぇ!」と弁明するがあっさり無視される。
「ユウイチさん! 気持ちは分かりますが、ティファーニアさんとディータさんがしっかりと痛い目に遭わせました、もういいじゃないですか!?」
テツが被り振って言ってくるが初夏だというのに雄一の吐く息が白く見えるのを見て、テツだけでなく、みんなが同じ思いに至る。
これは誰かが犠牲にならないと正気に戻らない!
そう判断するとお互いに牽制の視線を向けていると玄関の方から呑気な声でやってくる男を発見する。
金髪をオールバックにした軽薄そうな男前が書類片手にやってきた。
「あ、いたいた、アニキに報告が……あれ?」
雄一とテツ達に挟まれる位置で立ち止まったリホウは雄一の様子がおかしい事に気付いて固まる。
雄一の視線がロックされ、そして、テツ達の意思が統一されて生贄と書いてリホウと認識する。
ホーラを除く男共がリホウの背後に立って雄一に差し出すように押し始める。
慌てるリホウが必死に文句を言ってくる。
「ちょ、ちょっと待って! 俺をどうするつもり? なんかアニキがかなりマズイ感じになってるんだけど?」
「大丈夫、いつものユウイチさんです。ちょっとアリアちゃん達に害しようとした輩が現れただけで!」
トランの説明を受けたリホウの顔が強張る。
「それ、アカンですよ!? あっ、仕事を思い出した。またね?」
そう言って逃げようとするのを両端からダンとラルクが抑えにかかる。
「ユウイチさんの右腕のアンタが頼りなんだ」
「俺はまだ死ねない。せめて、ガレットとデートするまでは!」
1人は切実に男として聞いてやりたい内容であったが、命をベットできないリホウは必死に抵抗する。
「あのアニキと対峙するぐらいなら、ドラゴン相手にフル○ンで股にある剣を握り締めて戦いを挑んだ方がマシだ」
「僕達はフル装備でもドラゴンに挑めません。後はお願いします」
そう言ってくるテツの言葉が最後の引き金になったようで4人は息を合わせてリホウを雄一に向かって投げる。
涙をちょちょぎらせるリホウは悲鳴を上げながら雄一に迫ると気の籠った拳を打たれて生まれた衝撃波をモロに受ける。
そして、弾かれる……リホウの衣服。
フンッと鼻を鳴らす雄一はある程度スッキリしたようで、踵を返すとどこかに行く。
それを見送るテツ達は厄災は去ったと地面に腰を降ろすと地面に伏せてお尻を披露しているリホウがシクシクと泣いている姿から目を逸らす。
ホーラは見たくないモノを見てしまったとばかりに被り振ると家へと戻って行った。
▼
それから1カ月後、ナイファ城でミレーヌとポプリが会談していた。
「先日のウチの貴族の件、有難うございました。今回の件を理由に財産剥奪して市井に放逐させる事が出来ました」
「いえいえ、こちらとしても、我が国に被害を出す行動をしようとしててギリギリ間に合わなかったせいで処罰できずに困ってた存在でしたので」
スゥのお見合い話はこうなると分かって進めたものであった。
件の貴族は処罰対象になるような模範的な存在できっと何かやらかすと思っていたので思惑通りに進んで2人はニコニコであった。
パラメキ王家の血筋だけあって象徴足り得るので、くだらない貴族の温床になりかねなかった。なので、どうしても早めに処罰をしたかったポプリと後顧を憂うミレーヌが計画した事であった。
本当なら血を絶やすとこまでしたかったが、それをポプリがすると恐怖政治をイメージさせるので放逐に留まった。
だが、あの貴族は国民に大層強い思いを持たれているので、ポプリに処罰されたほうが幸せなのかもしれない。
「ユウイチ様には悪い事をしたと思いますが、この感謝はいずれ尽くす事でお返しする事にしましょう」
「むしろ、身を引いてあげる事が一番かもしれませんよ?」
見つめ合う2人の女王は、ウフフ、アハハ、と笑い合うのを離れた所から隠れて見ている少年が震えて、将来はできる女性ではなく、優しい女性を嫁に貰おうと心に刻んだ事は知らない。
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