誕生祭

 元の世界で言う所の12月31日、大晦日の北川家の台所では、調理班、雄一を筆頭にティファーニア、アンナ、ガレット、コネホ、最近、参入した新人のディータが台所で忙しく働いていた。


 何をそんなに忙しくしているかというと、元の世界の常識で当て嵌めるなら、お正月を連想してしまうだろうが、トトランタで言う1月1日は、誕生祭であった。


 生まれた時期は関係なく、年が変わるタイミングで年齢を加算するのが普通であった。


 儀式的なモノで生まれた日をしっかりと把握する家もあるそうだが、トトランタでは、みんな仲良く1月1日が誕生日として祝うが普通とされた。


 なので、年に1度の事なので家庭がある場所では盛大に祝うのが通例とされていた。


 北川家でもその流れに乗っ取ってする事になった。


 丁度、学校が始動した年で、寮で生活するストリートチルドレン達は祝って貰うような環境ではなく、するという告知をした時の騒ぎようは雄一も目を細めるような出来事であった。


 当然、そんな事態になれば、最初で失敗してなるものかと、あの親馬鹿の男は奮い立ったのは必然の話であった。


 盛大にしたい雄一は、寮に住む子達は勿論、学校に通う子達、その親御さん達の参加も自由にした。


 それは凄い騒ぎになるだろうと予想された。


 おそらく、ドサクサに紛れて参加する、お祭り野郎のような奴らも引き寄せる事になるだろうから人数は読めない。


 それらの参加者を閉めだす気は、雄一にはなかった。


 沢山の人と祝う事で、子供達の楽しい思い出になるだろうという雄一の想いがあったからである。


 ここからは雄一の嬉しい誤算となる話だが、そうやって参加する者達と子供達の触れ合いは、ストリートチルドレンに対する偏見などを減らす事に繋がり、今まで様子見してた親達が学校に通わせようと思うキッカケに繋がっていった。


 それ以外にも、子供達に自分の知識を教える事に前向きになり、自分から掲示板に張り紙をする者も現れるという雄一を驚かす事が後に起きる。


 後々、子供達が社会に出て、ダンガの街の人に受け入れられる土台となる。


「ユウイチさん! 買い出ししてきました!」


 テツが良い汗を掻きながら、勝手口から覗き込んでくる。


「おう、待ってたぞ。テファ、数の確認とコネホとディータ連れて皮剥きをさせるように指示してくれ」

「はい、手が足りないのでテツ君も借りますね?」


 雄一の言葉にティファーニアは要望を付け加えて返事する。


 その言葉に雄一は、買い出しの時間になるまでなら、すり減るまで使う事を許可を出す。


 テツは一瞬、顔を強張らせるがティファーニアに呼ばれると嬉しそうに鼻の下を伸ばして着いていく。


 それを見送りながら最後に出て行くディータに声をかける。


「急ぎたい気持ちはあるが、慌てるなよ? もう大惨事は御馳走様だからな?」


 そう言うとテツ以外の者が噴き出して張り詰めていた台所の空気が緩む。


「くっ、ユウイチは意地悪です! もう同じ失敗はしません!」


 頬を赤くしたディータが鼻を鳴らして勝手口から出て行くのを雄一達は笑みを浮かべて見送る。


「さあ、俺達も下茹で、下拵えを済ませて、すぐに調理できるようにする為に手際よくいくぞ!」


 雄一の言葉にその場にいる者達から気合いの入った声が響く。


 朝から夜まで騒ぐ事になる誕生祭は、凄まじい勢いで料理が消えるのは想像に難しくない。


 だから、調理したモノを置いておくのは場所のスペース的に難しい為、下茹でなどを済ませておく事で調理時間の短縮を狙っての雄一達は朝から頑張っている。


 ちなみに今は昼過ぎだが、下茹でされたモノなどが食糧庫の3割埋められている状態であるが、正直、満タンにしても足りるか正直、微妙だというのが雄一の判断だ。


 なので、調理をしながら下茹でなどのストックを同時並行で作っていく事になるだろうと考えていた。


 そんな事を考えながら手を動かしていると勝手口からテツ達を連れて行ったティファーニアが帰ってくる。


「先生、ホーラが今日ぐらいは手伝うと聞かないので皮剥きに参加させてきました」

「そうか、まあ、何故か家庭的な事が致命的に駄目なホーラにさせるのは不安だが、第2のディータにならない事をみんなで祈ろう」


 難しい顔をする雄一がそう言うのを聞いて、再び、みんなの顔に笑みが広がり、明るい空気の中で雄一達の作業は進んでいった。




 それから夜になるまで、買い出し、下準備に追われた雄一達は、明日の朝一番に出す料理の仕込みだけを済ませると女の子達を先に休ませる事にした。


 後片付けを雄一と体力馬鹿のテツの2人でやり終えると、2人はコーヒーを飲んで話を始める。


「お疲れ、テツ。買い出し、準備、助かったぞ」

「ちょっと疲れましたけど、楽しかったです」


 確かに少し疲れが見えなくはないが、普段の訓練の成果と元々、体が頑強なテツは、まだまだ余裕があるように見えた。


 苦そうにコーヒーを飲むテツを見ながら、外を見つめる雄一は、そろそろ空が白む頃だな、と思うとコーヒーカップをテーブルに置いて、再び、テツを見つめる。


「テツ、このまま徹夜できそうか?」

「えっ? はい、正直、この後が楽しみ過ぎて寝れなさそうだったんで」


 照れ臭そうにするテツに雄一は笑いかけながら誘う。


「なら、朝まで俺に付き合え」

「はい、分かりました」


 そう言うと雄一は勝手口から出て行くのでテツは、雄一の背を追いかけて台所を後にした。





 家を出ると走り出した雄一に着いていく事、30分後。


 近くにある山、普段、ホーラとテツがランニングに使う場所とホーラが薪に使える木を取ってくる場所の頂上にやってきた。


 近いと言ってもそれなりの距離もあるし、小さい山ではあるが普通の人には30分で登れるような場所ではないが、そこは雄一とテツだから何でもなく登った。


 頂上に登った雄一が東の空を見つめながら黙っているのをテツが見上げる。


 いつまで黙っているのだろうと思っていると雄一が不意を突くように話し始めた。


「テツ、お前が家に来て、1年目が終わったな?」

「はい、まだ、春というには少し寒いあの時にユウイチさんに会って、もうそんなに時間が経ってたんですね……」


 テツは両親の死を思い出し、胸を痛めながらも、雄一に出会い、王都でティファーニアとの出会い、それに伴う冒険者ギルドの大会。

 そして、王都での戦いを経て、パラメキ国を相手に初めての戦争の初陣を果たした事を思い出す。


 そう考えると、なんて濃い1年だったのだろうと思う。


 正直、5年、10年の間にバラけて起きても良い様な出来事ばかりだったと苦笑する。


「お前は、色んな体験をしてきた。何度も挫折しそうになりながらも、それでも立ち上がった。傍目で見てた俺は今だから言うが正直、ドキドキしたぞ?」

「ははっ、まったくそんな素振りがなかったから、その言葉が嘘臭く感じますよ?」


 肩を竦める雄一は、そんな生意気な口を聞くテツの顔を掌で掴むと悲鳴を上げるまで優しく抱き締める。


 教育的指導が済んだ雄一が、呆れるような目でテツを見つめながら話を再開する。


「そんなお前も今じゃ、先生と呼ばれる立場だな?」

「まあ、そうなんですが、未だに先生と呼ばれても自分の事と思わない事があったりして自覚が足りないんですけど……」


 掴まれた顔を撫でながらテツは、情けなく笑ってみせる。


「言われ慣れなくて反応ができないのは時間が解決する。だがな、お前は多くの子供達の先生であり、そして、兄である事を忘れてはいけない」


 雄一が真剣な目で見つめてきた事にテツは背筋が伸びる。


 これから雄一が話す内容を聞き逃したら駄目だとテツは感じた。


「俺がいつでも傍に居てやれたらいいが、そうも言ってられない事態もある。勿論、シホーヌとアクアに任せられる事もあるが……まあ、言わなくても分かるな?」


 苦笑いするテツが頷くのを見つめた雄一が続ける。


「じゃ、俺の代役は誰がするか……テツ、お前だ、分かるか?」

「えええっ、勿論、ユウイチさんの穴を埋める事を頑張る気はありますが、僕よりホーラ姉さんのほうが……」


 雄一の指名に驚いたテツが、必死な顔をしてホーラを推してくるが雄一は言葉を曲げてこない。


 テツから視線を切った雄一は東の空が白み始めるのを見つめながら答える。


「確かに、困ったら、ほとんどの子供達はホーラに相談するだろう。だが、程度の問題だ。ちょっと困ったぐらいであれば、ホーラが頼りになるとみんなは思うだろう」


 雄一の考えを聞いて、当然だとばかりに頷くテツ。


「しかし、どうしたらいいか本当に困ったら、まず間違いなく、みんなはお前を頼る。テツ、ホーラが普段、強気で手が早いのは何故だと思う?」


 目をパチパチさせるテツは、必死に考えるが、まったく理解できないようで首を横に振ってくる。


「アイツは、常に怖さと戦ってる。こうありたいと思う自分に近づける為に必死なんだ。怖さに怯えていたら、自分の望む生き方が出来なかった生き方をしてきたんだろうな。だから、強気な自分を演じる事で自分を騙している」


 そう言われて、ホーラが雄一に出会うまで、かなり苦労したというのを又聞きではあったが聞いていた。


 本人がナイファの文官達に吼えた内容からも、それが伺える部分もあり、ティファーニアも女として生きていく為に娼婦の選択肢を避けるのに、色々苦労したという話を聞いていた。


 ティファーニアですら、大変な思いをしていたのだから、生まれてからストリートチルドレンであったホーラが冒険者になったのは、雄一に出会うまで両親に育てられたテツには想像もできない事であった。


「そのホーラの弱い部分をきっとアリア達、ストリートチルドレンだった子供達は気付く。感覚的な話だとは思うがな」

「ぼ、僕は……」


 葛藤するようなテツを横目で見つめつつ、雄一は突然、違う話を始める。


「テツ、ここじゃ新年は誕生日を祝う日だが、俺が生まれた場所では違う意味のある日だった」


 そう言ってくる雄一に目を白黒させる。


 驚いて口を開けるテツに笑みを浮かべる雄一が続ける。


「俺が生まれた場所では、新しい年が幸せである事を祈り、そして、自分に誓いを立てる日なんだ」


 雄一の言った言葉を復唱するように呟くテツ。


 それに頷いて見せる雄一はテツの肩に手を置く。


「だから、テツ。今年初めて登る太陽に誓ってくれないか? 家の長男として、弟、妹、そして、時には姉も守れる自分になってみせると……」


 ジッとテツの瞳を見つめる雄一は微笑する。


 そんな雄一の瞳を見つめ返すテツが聞いてくる。


「僕にできるでしょうか?」

「そんな事、誰が保障してくれる? お前次第だ」


 唇を噛み締めるテツは俯くのを見つめる雄一は、


「だがな、俺はお前ならできると信じてる。お前は言っただろ? 俺が世界一でお前が世界二だと……世界二なら、それぐらい空元気でも笑ってできると答えるだろ?」


 テツは痛い所を突かれたと苦笑いをした後、深呼吸をする。


 気合いを入れ直したテツが目力を入れて、見つめ返してくる。


「任せてください。僕がやってみせます!」

「そうか、なら……」


 テツの言葉に笑みを浮かべた雄一が東の空を指差して言おうとしたら、テツは被り振ってくる。


「いいえ、僕は太陽に誓いません。ユウイチさんに誓います。僕は、弟、妹、そして、姉であるホーラ姉さん、ポプリさんを守れる男になってみせます!」


 一本取られたとばかりに顔を掌で覆う雄一は、抑える事ができない笑いが込み上げる。


「くっくく! そうか、その誓い、しかと聞き届けた。そうなるお前に期待する。しかし、となると、わざわざ、ここにきた意味がなくなったな。どうせだから、テツ、太陽に願掛けしていったらどうだ?」

「そうですね!」


 太陽に少しでも近づこうと崖に寄っていくテツの後ろを雄一も着いていく。


 漸く、登り始めた太陽に目をキラキラさせたテツが胸に拳を置きながら祈る。


「いつか、ティファーニアさんと幸せな家庭を築けますように! できれば、子供は多い方が嬉しいです!」

「あっ、すまん。足が滑った」


 テツの願いを聞いた雄一が半眼になった目で見つめながらテツのお尻を蹴っ飛ばす。


 蹴っ飛ばされたテツは、空中に身を躍らせながら、目を点にして振り返ると気楽な顔をした雄一が片手を上げて謝る姿を凝視する。


「ゆ、ユウイチさんっ!!!」


 テツの今年最初の絶叫を聞きながら、背を向けると笑いで肩を震わせる雄一は家へと足を向けた。





 当然のように無傷で合流した拗ねたテツと一緒に家に帰ると調理班の面子は起き出した所だったようで顔を洗う姿が見える。


 雄一達も徹夜だが、顔を洗い、台所へと向かうと誕生祭の準備に追われる。


 下準備がされていたので、短時間で大量の食事が完成して、子供達が主導して仮設で作った会場に料理を運びこむ。すると、いつもより早起きの欠食児童が一気に集まり出す。


 いつもなら、こちらが起こしに行かないと早朝にいないシホーヌ、アクア、ルーニュ、そして、珍しい事にアイナの姿すら、そこにあった。


 辺りを見渡すとレイアを羽交い締めにするアリアとミュウを抑えるスゥとダンテの姿が見える。


 あの学校で1,2位を争う食いしん坊がこうなる事は必然だったようだ。


「ユウイチ! もう私はお腹がペコペコなのですぅ! もう食べてもいいと決めつけるのですぅ~」


 などと調子の良い事を言う駄女神に頭を抱える雄一を援護するように子供達がシホーヌに纏わり付いて行動を制限してくる。


「ユウ、暴動が起きる前に誕生祭の開催をしたほうがいいさ?」

「そうだな……」


 溜息を吐きながら、肩を竦めるホーラが雄一に言ってくる。


 確かに、それしかないと判断した雄一が声を張り上げる。


「それでは、誕生祭を開催する。みんな、誕生日おめでとう! それじゃ……食って良し!!」


 雄一の号令と共に子供達の甲高い声が北川家のグランドに響き渡り、祭が開催される。


 一部が祭を超えて狂乱の宴に突入しているのがいるが、今日は無礼講と目を瞑る。


「先生! もう空になったテーブルがあります」

「うそっ! 今始まったばかりだよ!」


 ティファーニアの報告を聞いたアンナが、どこどこ、と場所を見渡すと最初のテーブルの料理を食い尽した修羅と化したレイアとミュウが違うテーブルに走る姿が目に入る。


 アンナの横にいるガレットは目の前の事実が飲み込めないようで放心していた。


 それに盛大な溜息を吐く雄一は調理班を振り返り、拳を突き上げる。


「調理班の意地を見せてやろう!」


 ガレット以外の者達は、気合いを入れて拳を突き上げる。


 おとなしいガレットは、周りの勢いに乗れずに恥ずかしそうに拳を上げる。


 雄一を先頭にティファーニア達は戦場である台所を目指して、腕捲りをしながら気合いを入れた。

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