世界で2番目の……

 トトランタ、その世界では10歳で成人扱いされる。


 そんな世界の特に大きくも小さくもない王都から離れた街、ダンガの街には最強の守護者として君臨する男が住まう優しい場所があった。


 そこには捨てられた子供達が楽しげに騒ぎ、学び、健やかに育つ事を許された場所であった。


 4年前、その優しい場所に拾われてきた少年、アルビノのエルフの少年の話。


 最強の守護者の男、雄一に拾われ、その背中を追いかける為にがむしゃらに頑張った。日々、訓練、勉強に忙しい日々を送る少年に、王都の冒険者ギルドから呼び出しを受ける、飛び級でランクが上がるので審査が必要という事で雄一に連れられて王都にやってきて、少年は運命と出会う。


 『マッチョの集い亭』という宿屋の扉を開いた先にカウンターに座っている少女と目が合う。

 腰まで届く黒髪をツインテールにするネコ科を思わせる瞳はダークグリーンで勝気な性格を想像させる。

 その少女を見た瞬間、時が止まるような感覚に襲われ、時間が動き出すと自分の胸が早鐘のように打つのを紅潮する頬と共に自覚する。


 確かに美しい少女であった。


 だが、少年が目を奪われたのはそこではなかった少女の瞳に惹きつけられた。


 誰かを守る事に虚勢を張るような必死さが伝わる、その切ない瞳に惹きつけられた。

 それは、少年を守る為に命懸けで体を張った母の瞳と通ずるモノを感じた。


 初恋。


 そう少年にとっての初恋であった。


 少年は1つ年上の少女に恋をした。



 少年の見立て通り、守る事に必死だった少女は、ストリートチルドレン達を集めて面倒を見ていた。

 だが、特に目を見張るような特技などがない少女の生活は困窮を極めた。


 その1発逆転に冒険者が集うコミュニティを立ち上げる。


 名を上げる為に近々、行われる冒険者ギルドの大会にもエントリーした。


 だが、少女は先に述べたように際立った特技の持ち主ではない。


 そこで色んな葛藤を乗り越えた少年が出場を立候補する。


 大会に出た少年は準決勝の貴族の魔剣持ちの少年の卑怯な策略に苦しめられるが命懸けの戦いの後、魔剣ごと、その貴族の少年を撃破する。


 体を張った少年であったが、貴族の企みのせいで大会自体が中止になり、徒労に終わってしまう。


 そんな2人に雄一が学校を作るからと少女をダンガへと招待する事を伝え、行く事を決意した少女は少年と約束する。



「私は、家族達の巣立つ準備が整うまで、自分という個を捨てて生きるつもり……でもね? みんなが巣立つ目途が立ったら、何年先か分からないけど、その時、良かったら、私を全部、貰ってくれる?」



 それを快諾した少年は少年から男になる為の道を歩き始める。



 学校のお母さんと呼ばれる事になる少女、ティファーニアと、戦争で名を馳せた『戦神の秘蔵っ子』と呼ばれた少年、テツが4年後プロポーズする、ただ、それだけのお話。





 元気良く手を振って去っていく。10歳になった少年少女が今まで寝起きをし、自分達を優しく見守ってくれた場所に住まう、育てくれた人達に見送られて巣立っていく。


 その子供達に手を振るティファーニアは涙を流す傍らでテツはハンカチを手渡す。


「何度、これを見送っても慣れる事はありませんね」


 テツ本人も泣くとまではいかないが弱った顔をする。


 ハンカチを受け取ったティファーニアは目にハンカチを当てながら頷く。


 今回、巣立った子達の中にはティファーニアが連れてきた子供達も多く含まれていた。

 これでティファーニアが連れてきた子供達で巣立ってないのは9歳の子が2人だけである。


 泣く事で落ち着きを取り戻し始めるティファーニアに後ろにいた雄一が頭に手を置いて撫でる。


「よく4年間、頑張った。後1年で一段落だが、本当に大変なのはそれからか?」


 茶化すようにウィンクする雄一に顔を真っ赤にさせられるティファーニア。


 真っ赤にするティファーニアを不思議そうに見つめるテツは首を傾げる。


 鈍いテツは何の事かさっぱり分からず、首を傾げたままであるが、顔を真っ赤にさせたティファーニアが何かを言おうとした時、


「お――――い! テツ、飲みに行くから付き合え! 美人が沢山いるとこで飲むからっ!!」


 涙目のダンが離れたところから叫び、テツの所へとやってくる。

 傍に来るとテツの首に腕を廻して、「確保っ!」とやけっぱちに叫ぶダン。


「ちょ、ちょっと待って、明るい内からお酒? それに僕はお酒は飲まないんだけど?」

「うん、飲む必要はないから付き合って上げてくれないかな? 何せ、通算54回 ガレットにデート断られました記念だから」


 ダンと一緒にやってきた、トランがそう言ってくる。


「まあ、犬に噛まれたと思って諦めてつきあってやってくれ。代金はデート資金として置いておいた金から出るだろうしな」


 ダンの英霊に祈るように頬の傷跡をなぞるラルク。


「くそう、くそう、ガレットに断られるのはしょうがない。でもアンナに馬鹿にされるのは我慢ならねぇ!!」


 リアルに太陽にバカ野郎と叫ぶダン。


 全身傷だらけのようなダンにどう触れたらいいか分からないテツは、たははっ、と笑う。


 そんなテツの襟首を掴むとダンは引きずっていく。


「グダグダ言わずに着いてこい、テツ」

「分かったから、自分で歩くから引きずらないでぇ!」


 そんなテツを切なげに見送るティファーニアを見ていたホーラは、引きずられて行くテツを見つめて呟く。


「あの馬鹿テツがっ!」


 そう呟くと踵を返してその場から去って行った。



 日付が替わる頃、肩を落とすテツが疲れ切った顔をして家路に着いていた。


 フラれたダンの暴走は激しく、それを相手をするのも疲れたが酒場の女の子達に揉みくちゃにされ、それを見たダンが更にヒートアップするといった悪循環にガリガリに体力を削られた。


 4年前のテツは年上の女性にやたらとモテたが4年経ち、成長すると年上だけに限らず年下にもモテるという死角がなくなるモテっぷりであった。

 好かれる事は悪い気分ではないが、テツは器用な性格はしていない。ただ、うろたえてどうしたらいいかと右往左往するだけだが、それがまた女性に受けている事を本人は知らない。


 本人も困ってるからといって女性に強く言えない性格な為、ずるずると今まで続いている。


 溜息を吐きながらメインストリートを歩きながら、次の角を曲がれば家が見えるという所まで来た時にテツは気付く。

 その角に体を預けるようにして立つ姉、ホーラの姿に。


 テツの接近に気付いたホーラは、閉じていた目を開けるとテツと向き合う。


「ホーラ姉さん、こんな時間にどうしたんですか?」

「テツ、面貸しな」


 テツの質問を無視したホーラが顎で着いてこいと示す。


 首を傾げたテツであったが、とりあえず着いていく事にしてホーラの後を追った。



 しばらく歩くとそこは雄一にいつも訓練を付けて貰っている場所であった。


 黙ったまま背を向けたままのホーラの意図が分からず、不安に駆られたテツが問う。


「こんなところで何の用なんです?」

「なぁ、テツ。テファとはこれからどうするつもりなのさ」


 月明かりに照らされるホーラは表情が抜け落ちたように語る。


 それに思わず、キョドりそうになるテツだがつっかえつっかえではあるが答える。


「それは勿論、ティファーニアさんと家庭を築きたいと思ってます」


 頬を染めるテツは照れ笑いを洩らしながら語ると風斬り音に反射で反応して仰け反る。

 投げナイフがテツを掠める。


 投げた格好のまま残心するホーラを見てテツは叫ぶ。


「何するんですか! 訓練でもないのにいきなり投げて、ユウイチさんと何かあった……」


 言ってる最中に再び投擲されたテツは、最後まで言わせて貰えず、慌てて避ける。


「馬鹿テツ、アンタは4年前、王都を出る時にティファーニアと約束した後、その話をあの子としたかい?」


 何を言いたいか分からないテツは、話していなかったので首を横に振ってみせた。


「やっぱりそうかい! アンタは本当に一回死なないと分からない口だねっ!」


 そう言うと飛び上がったホーラが背中から投げナイフを掴めるだけ取り出すとテツに向かって投擲する。


 テツも相棒のツーハンデッドソードを抜くと必死に応戦するがホーラの意図が分からずに戸惑う。


 必死にホーラの攻撃をいなしながら「ホーラ姉さん!」と叫ぶが返事の替わりにナイフや鉄球を返される始末。


 こうなったら拉致があかないと判断したテツがホーラを取り押さえてから聞くと腹を決めると2人はぶつかり合った。




 月が沈み始め、東の山間に暁が見え始めた頃、息を切らした2人が睨み合っていた。

 遠距離と近距離の違いがあれど、実力伯仲の2人は膠着状態に陥っていた。


 あれからずっと口を閉ざしていたホーラが口を開く。


「いいかい? アンタがテファに惚れてるのはアタイ達は良く知ってるさ。多分、テファもきっとそうだと信じてる」


 テツはティファーニアへの気持ちを隠してる訳ではないが姉と慕うホーラにはっきりと言われると恥ずかしさに悶えたくなり始める。


「でもね? アンタも大なり小なり気付いてるだろうけど、アンタに声をかけてくる女は多い。勿論、アタイもテファもそれを今まで全て断ってきてるのは知ってるさ」


 ホーラにそう言われて、なんで知ってるの? と背筋に冷たい汗が流れるがホーラの言葉は続く。


 それにより隙ができたテツにホーラはナイフを足元に投擲する。


 いきなりの行動に驚いたテツが不安定な体勢で飛び上がり、それに並ぶように飛ぶホーラが魔法銃を突き付ける。


 魔法銃に焦ったテツは生活魔法の風で足場を作ると方向転換させる。


 テツのその行動を読み切っていたホーラが、テツの足元を狙ってボーラを投げて両足を縛りあげる。


 足を封じられたテツが地面に叩きつけられるとホーラがテツの腕を膝で押さえてマウントを取り、ナイフを喉元に突き付ける。


 生唾を飲み込むテツに目を細めるホーラは言う。


「きっとテツは自分の事を想ってくれていると信じてても、常に不安に思うテファの気持ちを考えた事がアンタにある?」


 ホーラの言葉にキョトンとしてしまうテツ。


「いつか、自分より魅力的な子が現れる、いや、既にいるかもしれないと胸を痛めるテファの気持ちを理解してるかと聞いてるさっ!」


 今まで感情が死んだようにテツを見つめていたホーラが激昂する。


 その気迫に飲まれるテツは開きかけてた口を閉ざす。


「アンタは気持ちは変わってない、きっとそう言うだろうさ。でもテファにそれを伝えたかい? 信じるというのエネルギーがいるさ。女って生き物はね、態度だけじゃなくて言葉にして欲しいさ。それが言わなくても伝わってる事でもさ」


 そう言うとホーラはテツの上からどく。


 放心状態のテツは、フラフラと立ち上がると家がある方向、ティファーニアがいる場所を見つめる。


 そんなテツの尻をホーラは蹴っ飛ばす。


 たたら踏むテツに向かってホーラは叫ぶ。


「行ってきなっ! アンタは頭で考えて動けるデリケートな生き物じゃないさ。走れ、馬鹿テツ!」

「はいっ、ホーラ姉さん!」


 全力で走っていくテツを見送る。


 それに呆れるように嘆息するホーラは疲れたようにその場で大の字になって倒れる。


「アタイも人の世話を焼いてる場合じゃないんだけどさ」


 そう苦笑するホーラを山間から覗く太陽が優しく照らした。





 メインストリートを疾走するテツは家路を急いだ。


 きっとティファーニアはこの時間なら朝食の準備の為、台所にいるはずと信じて。


 最短距離を走って台所の勝手口を乱暴に開く。


 その音に驚いた顔を見せるティファーニアと我関せずと気にしない雄一が味を見る為に掬った小皿のスープを嗅いでいた。


「ティファーニアさん、お話があります。少し、僕に時間をください!」

「えっ、でも朝食の準備が……」


 ティファーニアは、テツと雄一を交互に見つめて困った顔をしていると、背を向けたままでスープを飲み干した雄一が答える。


「行ってこい。ここは俺だけでなんとかする」

「有難うございます、ユウイチさん」


 テツがそう答えるとティファーニアの手を引いて出ていく。


 それを見送った雄一はスープを混ぜながら、嬉しそうにクスっと笑いを零した。




 ティファーニアと一緒に学校のグランドになっている場所に出るとテツは振り返る。


 普段なかなか見れない真剣な顔をしているテツを見て、ティファーニアは不安半分、期待半分と言った表情を見せる。


「僕はダンガから徒歩1日といった場所にある名もない村の生まれです」


 いきなりテツは何を言い出すのだろうと首を傾げるティファーニアを無視して話は続く。


「そこで馬鹿な行動に出てしまった僕のせいで世界一の親を死なせてしまいました」


 ホーラからテツのここにきた経緯は聞いていたティファーニアは辛そうに目線を下げてしまうが、何故、今、テツがそれを口にするのか分からず混乱していた。


「あれほど愛情をかけて貰っていたのに返すどころか、仇を返す事になった僕は茫然自失になりました」


 雄一達がテツを発見した時、オークからテツを守る為に母親は覆い被さりながら、オークに食われていたらしい。死んでも離さず、雄一達が来ると役目を終えたかのように解いたそうである。


「そんな僕は生きている意味などないと考えるのを放棄していた僕に助けてくれたユウイチさんは言ってくれました」


 その言葉を聞いた時、そういえば、ホーラが言葉を濁した部分があった事を思い出す。


「親の愛は、返すモノじゃない、引き継ぐモノ、と」


 思い出したようで少し泣きそうになってるテツが、「ユウイチさんのお母さんの言葉だそうです」と告げ、目元を腕で擦る。


「僕は、受けた恩を次に繋いで行きたい。でも、それは誰でもいいと言う訳じゃない」


 ティファーニアを真摯な眼差しで見つめるテツは意を決するように深呼吸する。


「僕にとって世界一の親は両親とユウイチさんです。だから……」


 そう言うとティファーニアの足元で膝を着くと手を優しく掴んで引き寄せる。


 テツの動きを目を見開いたティファーニアの瞳が揺れる。


「世界で2番目の親に僕となってくださいっ!」


 緊張で表情を硬くするテツの瞳には、瞳から涙を溢れさせて嬉しそうにするテツにとって最高な女性が写る。


 拭っても止まらないティファーニアは壊れたように頷く。


「ありがとう、テツ君……こちらこそ、よろしくお願いします」


 ティファーニアの返事を聞いたテツは体に入った力が抜けて座り込みそうになるが必死に体にムチ打って立ち上がる。


 気力を使い果たしたテツが、照れ笑いを浮かべる。


 そんなテツを見上げるティファーニアはこの4年で身長差が逆転していた事を再認識する。

 普段はそれを逞しく思っていたが今は少し悔しい。


 何故なら、背伸びをしなくてはいけないからである。


 必死に照れを隠す為に笑うテツに背伸びしたティファーニアはテツの顔に近づく。

 そして、テツとティファーニアの朝日でできた影が重なり合った。



 顔を真っ赤にさせたテツが唇に手を這わせて「あわわっ」と呟くのをティファーニアは小悪魔めいた照れ笑いで受け止める。


 いきなり、テツはその場で駆け足を始めたと思ったら奇声を上げて家から飛び出していく。


 一瞬、虚を突かれた顔をしたティファーニアであったが、笑みを浮かべてそれを見送る。


「おめでとう、テファ姉!」


 突然、声をかけられてビクッとさせるティファーニアが振り返るとアリアとレイアとミュウ、それにスゥの4人が笑みを浮かべて走ってくる。

 どうやら、トイレに起きたところでテツとティファーニアの姿に気付いて隠れて見ていたようである。


 見られていたと思ったら先程の余裕が吹き飛び、顔だけでなく耳まで真っ赤にさせる。

 質問攻めをしてくる子供達から必死に逃げるようにして台所へと澄ました顔を意識して歩き始めた。




 飛び出したテツは、興奮状態で走り続けて、馬車で片道3日の王都に徒歩なのに3日で踏破したらしい。

 しかも、テツが通ったと思われる場所にいた山賊の3組が壊滅させたというおまけ付きである。


 生き残った山賊が震える声で証言したらしい。


「赤い目をした、『笑う白い悪魔』がやってきた」と……


 テツの新しい二つ名の誕生秘話である。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る