愛し、育む事で知る事 ④

 競うように返ってきたレイアとキッジは大八車に乗った飼葉を指差して聞いてくる。


「「あれをどうしたらいい?」」


 息が合ってる言動を聞いて、お前達、実は仲良しだろ? と思っているとお互いの胸倉を掴んで、「「真似すんなっ!」」と怒鳴り合っていた。


 2人の襟首を掴んで雄一の視線に合うところまで持ち上げる。


「喧嘩したいなら向こういけ。トマトが駄目になってもいいというなら、ここで好きなだけ喧嘩しろ」


 トマトのツルの先に青いトマトが実り始めているのを雄一が指差すと、仲良くシュンと俯く。


「ユウイチ父さん、ごめんなさい」

「ちぃ、ミッシェルの為だ。折れてやるよ!」


 やれやれと溜息を吐くと雄一は2人に指示を出す。


「飼葉はトマトの苗の根元を覆うように敷いて行け」


 何故そうするか分からないようで首を傾げるレイアが聞いてくる。


「そんな事が意味あんの?」

「気休めと言われたらそれまでだが、直接水がかからなくするし、飼葉自体が水を吸ってくれるからな」


 2人は、「なるほど」と喜びを前面に出すと我先と飼葉に飛び付く。


 どうやら、2人が思ってより飼葉が必要だった事に気付いた2人は予想に違わぬ行動に出る。


 当然のように飼葉取り合いへと発展する2人の襟首を掴んで、足りなかったらもう一回取りに行けと2人を放ると飼葉を全部奪い、大八車を押し付けて取りに行かせた。


 喧嘩しながら大八車を押していく2人に溜息を吐いていると対照的なアリア達が廃材を持って帰ってくる。


 仲良く大八車に積んで協力して運んできたアリア達を労う。


 アリア達は雄一の指示に従い、言われた所で杭を押さえて立つ。


 それを見守った雄一は木槌で叩いて廻るとあっさり完了する。


 後は、飼葉を敷いたら布で簡易の屋根を作るだけである。


 アリア達が飼葉に指を挿して、雄一に聞いてくる。


「ユウさん、これどうしたらいい?」


 そう聞かれた雄一はレイア達に説明したのと同じ事を伝えるとアリア達は協力しあって敷き始めようとしたところでレイア達が帰ってきた。


「ちょっと待ったぁ! それはアタシがやる!」


 と飛び込んでくるレイアに目を点にさせられたアリア達が雄一を見上げてくるので頷き返す。


「レイア、お前の心意気は分かった。だが、雨が降り出すまでに敷けるか怪しいぞ?」


 雄一が空を見上げるのを見たレイアも見上げると暗雲を敷き詰められた空になっているのを見て顔を顰める。


「飼葉を敷き詰めた後も屋根を造らないといけないのに大丈夫か? まあ、トマトがどうなろうと意地を通すというなら止めないが……」


 そう言う雄一は、アリア達に一度視線を向ける。


「この畑は、お前だけのモノじゃないんだぞ? 責任は取れるのか? キッジ、お前にも言えることだぞ?」


 雄一に問われた2人は顔を見合わせる。


 お互い悔しそうではあるが、反論できず、一緒にここまで頑張ってきたみんなを蔑ろにするのはできないという結論に行き着く。


「分かったよ! アリア、手伝ってくれ!」


 そう言うとレイアはアリア達と、キッジは後追い組と一緒に飼葉を敷き始める。


 それを見守った雄一は布に切れ目を入れて風の逃げ道を作り始めた。




 飼葉を敷き始めて、屋根を作り終えた直後、待っていてくれたかのように豪雨が降り始める。


 アリア達は豪雨と共に家へ避難したが、レイアとキッジは台所の軒先で雨飛沫を受けながらも野菜達を見守っていた。


 2人の様子をコーヒー片手に台所から見守っていた雄一にホーラが声をかけてくる。


「ほっといていいの?」

「んっ? ああ、風邪ぐらいならいいんじゃないか? 肺炎をこじらせてもシホーヌ達に任せれば治るしな」


 雄一の行動が過保護と取るべきか、放任と取るべきかで悩みかけたがホーラは匙を投げたようで台所を出て行った。


 ホーラが呆れて出ていくのを見守った雄一は苦笑しながらコーヒーに口を付けた。



 1時間が経過した頃、雨だけでなく風も強くなり始める。


 屋根には風の逃げ道を用意されているがそれでも風を受けて膨らみ、飛びそうになっていた。


 それを見ていたレイアとキッジは堪らなくなり、軒下から飛び出す。


 各自、自分のトマトの屋根を掴んで飛ばないように重りになる。


 だが、軽いレイアは布に煽られて飛ばされそうになる。


「レイア、大丈夫かよ!」

「大丈夫に決まってんだろ、人の心配より自分の心配しやがれ!」


 雨に濡れてドボドボなのは勿論、ぬかるみに足を捕られて泥だらけになる2人。


 必死に我が子を守るようにトマトの雨避けの布を引っ張り続ける。


 奮闘する2人を見守っていた雄一が勝手口から出てくると声をかける。


「そろそろ、飯の時間だぞ? 泥遊びもいいが早く体を洗って入ってこい」

「なっ、泥遊びだと? こっちは真剣にミッシェルを守ってんだっ!」

「そうだよっ! 布が飛ばないように必死にしがみ付いてるから泥だらけになってるのにっ!」


 憤った2人が雄一に怒鳴るが、雄一は首を傾げて不思議そうにする。


 それを見た2人は、何かがおかしいと気付く。


「てっきり泥遊びをしてるものかと……言ったよな? ホーラが簡易強化魔法でその布や杭を強化してるから一晩ぐらい雨風ぐらいなんともないって?」


 その言葉に2人は目を剥き出しにして驚く。


「聞いてないっ! 初耳だっ!」

「僕も聞いてないよっ!」


 眉を寄せる雄一は、あっ、と声を上げる。


「そういや、アリア達に台所で話した時、お前ら2人は軒下にいたわ」


 スマン、と手を合わせる雄一は苦笑する。


 それを見つめているレイアとキッジは感情が希薄な目で見つめてくる。お互いが目を交わし合うと迷いもなく目の前の水溜りにヘッドスライディングするように飛び込む。


 ドボドボのドロドロの2人は幽鬼のように立ち上がる。


 2人の視線に剣呑なものを感じた雄一が後ずさるが出遅れた。


「お前も泥だらけになれぇ!!!」

「ユウイチ父さん、覚悟っ!!!」


 2人が初めて意思疎通し合った出来事であった。


 その日の夕飯時にただ、雨音にも負けない男の悲鳴が響き渡ったそれだけの話である。

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