Episode 01-5

陽も高く上り、もうすぐ正午かという頃。


 脚に軽い疲労感を感じ始め、空腹も音こそ鳴らないが際立ってきた。


「大分歩いてますね」

「そうだなー。そろそろ昼だし、帰って飯でも食うか」


 ちょうど、その時である。


 前方から、白銀の鎧を纏い、ハーフフェイスの兜を被った二人が歩いてきた。

 片は斧を背中に担ぎ、片や両手剣を携えている。

 二人には疲労が感じ取れるも、その歩き方は自身に対する自信と誇りに満ちており、悪く言えば傲岸不遜、という様子だ。


 二人は、私達に、正確に言えば団長に気付くと、ニヤニヤしながら手を振り近づいてきた。


「お勤めご苦労様ですー、団長殿?」

「パトロール、さぞかし大変でしょう?」

「お前達程じゃないさ。今も任務帰りだろう?」

「そうなんだよ! 近隣の森に魔獣が大量発生してさぁ、その退治に二日間も駆り出されたんだよ! いやぁ、疲れたなぁ」

「けど、国の為に働いてるって感じがして充実してるよ! あ、いや、パトロールを下に見てる訳じゃないんだけど……ぷっ」

「そうか、大変だったな。俺達がパトロールしてるおかげでここら辺の治安は良いから、安心して帰ってくれ」

「クッフ……、ああ、ありがたく通らせてもらうよ。プッ」


 笑い声を節々に潜ませながら、二人は通り過ぎて行った。

 そして、私達の背後で、私達に聞こえる様に、


「ざまぁねぇな。アイツも」

「親のコネなんて使って入団するから、ああ言う目に遭うんだ。実力も伴ってない癖によ」


 ……何なんだ、アレは。


「誰ですか、アレ」

「アレって言うな。確か、第二十六士団の団長と副団長だ。俺と同期でな、古い知り合いだよ」

「何なんですか、アレ」

「まぁしょうがないわ。最初は知らなくとも、騎士団にいれば嫌でも黒曜おれたちの噂は耳に入るだろ。落ちこぼれの爪弾きが送られる場所ってな」


 中傷に対して、気にも掛けない様な団長の様子を見て、私が釈然としない気持ちになった。


「なんで、言い返さないんですか」

「言い返したところで説得力無いしな。あいつらの言う通り、大して強く無いし、俺」

「えっ。いや、でも、団長ですよね? だったら相応の実力はあるんですよね?」

「いや? 剣の実力だけなら俺はセナにも負けるよ。アイツも鍛冶屋出身なだけあって結構な使い手なんだけどな。まぁ、団長の器では無いわな、俺は」


 団長なのだから、私が剣の教えを乞えるくらいには強いのだと思っていた。それが、まさかの女性以下とは。


「……さっき言ってた、親のコネっていうのは?」

「流石に親のコネで入団しては無いが……コネか。確かに、コネは使ってるかもな。恵まれてるよ、俺は」


 これまで築いてきた団長像は、一気に崩れた。

 まさか……。まさか、こんな人間だったなんて。


「それじゃ、そろそろ帰るか」

「……はい」


 帰路につく途中、私達は一言も口を交わさなかった。


 家に帰った後、食事はどうするかと聞かれたので、外で食べると伝えた。

 どうしても、団長と食事する気になれなかったのだ。


 軽装に着替え、先程巡回した町を歩く。

 先にパトロールした時に幾つも飲食店は見つけていたが、どれも暖簾をくぐる気にはならなかった。

 そもそも、先程まで感じていた空腹も、今は何処かへゴーイングしてしまったようで、食欲自体がなかったのだ。


 ただ、ボーッとしながら彷徨う、と形容しても差し支えないほどに宛もなく歩き回る。


 思考も、ぐるぐると同じ場所を巡回していた。


 淡い幻想を抱いていた、私が悪かったのか。

 尊敬するのはその人の勝手で、決して強制されるものでは無い。だから、失望するのも自分の責任なのだろうか。


 まだ団長の全てを知れた訳では無い。これまでの情報は、全て断片的なもので、その人を表すには遠く至らない。


 けれど、先程の出来事で、私は少なからず団長を見限ってしまった。愚かにも。


 そして、この団全てに対し期待を抱くのは間違いだと、筋違いな思い込みもし始めていた。恥ずべきことだ。


 私は、やっと見つけた光を、見失ったように感じた。


 結局、パンを二つほど買い、自室で食する羽目になった。

 これなら、団長に作ってもらった方が良かった、と思いながらも、それを頑なに嫌悪する自分がいたのも事実だった。


 午後は私は特に任務も無く、自由に過ごして良しとのことだった。


 私は、ここに留まっていては決して自分が目指すものに辿り着けないと思い、外に走りに出た。

 ここにいて、自分が失望したものと同じになることを恐れたのだ。


 居住区を出て、開けた平野まで向かうと、そこで剣を抜き、ひたすらに素振りと型の反復を行う。

 こんなことをしても大して変わりはしないことは分かりきっていたが、それでも何もしないよりはマシだと思った。


 三時間ほど汗を流し、日も暮れ始めた頃に家に帰ると、居間に団長の姿は無く、副団長がキッチンで何やら調理をしていた。


「ただいま帰りました」

「あ、おかえり。トレーニングでもしてきたの?」

「ええ、まぁ。……団長は部屋ですか?」

「アレンは今外に出てるわよ。多分今日中は帰ってこないと思うけど……。何か用事でもあった?」

「いえ、用事ではないので、大丈夫です」

「そう、なら良かった。今アレンの代わりに夕飯を作ってるんだけど、貴女はどうする?」

「帰りついでに買ってきたので、大丈夫です」


 私は、意味の無い嘘をついてしまった。


「分かったわ。一応余った分は冷蔵庫に入れてるから、夜中お腹が空いたら温めて食べて」

「はい。お心遣い感謝します」

「もう、そんなに改まらなくても良いって。それじゃあ、お疲れ様。シャワーとか、好きに使っていいからね」

「はい。お疲れ様です」


 そう言って、自室へ一直線に戻る。

 身だしなみは乱したくないので、シャワーには浴びたが、それ以外では部屋を出ることは無かった。

 空腹があるのも事実だったが、どうにも食べる気にはならなかった。


やりようのない思いを抱えながらベッドに寝転がっている内に、私は眠りについてしまった。

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