Episode 01-3

これは、夢だ。

 一瞬で気付いた。俗に言う、明晰夢というやつだろうか。


 私は幼かった。四、五歳だろうか。

 ピアノの稽古が嫌で、逃げ出して、案の定父上に怒られた。結構怒られた。

 下を向き、唇を噛み、涙を溜めて、肩を震わせている。

 この時は泣き虫だった私。今は違うと信じているが。


 なぜピアノの稽古が嫌だったかというと、単純に好きではなかったからだ。

 ピアノなんて弾いているよりは外でハンドスプリングでもしていたほうが良い。昔からそういう娘だった。

 あと、単純にピアノが自分に向かないと思っていたんだろう。

 生まれ持ったモノが、そうするべきではないと内側で叫ぶのだ。

 体はいずれ、それに追いつかなくなるのだけど。


 しかし、かれこれ二十分は怒られている。夢とはいえそろそろうんざりしてき


「おぅきろおおおおおおおおおおおおおおお!!!!!!!!!!!!!」

「っぴょやん!!??」


 耳元でとんでもない大声で叫ばれたら変な声も出るって。

 眼前にいる団長は変哲な声を上げた私に腹を抱えて爆笑している。やはり今斬るかここで。


「何勝手に入ってきてるんですか!?」

「鍵開いてたし」

「いやそういう問題じゃ……」

「朝飯だから下来いよー」


 私の主張を耳にも入れず、言う事だけ言うと団長は軽い足取りで部屋を出て行った。

 ……よく見ると腰にエプロンを巻き、右手にはフライ返しを持っている。

 本当に料理してるんだなぁ。


 寝癖を正し、最低限の身だしなみを整えて下に降りると、そこには、ツバキさんを除いた私以外の全員が揃っていた。


「おはようございます。すいません、遅れてしまって」

「おはよ。慣れない環境だろうから、最初は仕方ないわよ」

「おはよう。寝起きの姿も可愛いな」

「ごめんなさい」

「いや挨拶だから!!そんな神速で振らないでくれ、傷つくから」


 団長は皿に料理を盛り、副団長がそれを食卓に運んでいた。グレースさんはカップにコーヒーを注いでいた。

 私も皿運びを手伝いながら、もう一度辺りを見回してみるが、やはりツバキさんの姿は無い。


「……ツバキさんはどうしたんですか?」

「まだ寝てるな。大方夜更かしして作業でもしてたんだろ。いつもの事だよ」

「どうせ後で起きてくるから、先に食べちゃいましょ」


 ちょうど全ての準備を終え、その場の全員が席に着く。


 団長と副団長は食事の前に一礼し、グレースさんは手で十字を切りお祈りをしてから、食事にありつき始めた。

 私も家で定められた挨拶を行い、フォークを手に持つ。


 メニューは、トースト、スクランブルエッグに、ソーセージに、シーザーサラダ。ジャムは果実系の物を数種類揃えてあった。


「……これは」

「いや、元々ソーセージが安かったから昨日買ってたんだよ。偶然だ偶然。セクハラじゃ無いぞ」

「分かってますよ。寧ろ、久々に食べれるのでありがたいです」


 と言い、一口。

 ……美味しい。

 心地よい歯ごたえの先には、噛んだ瞬間弾ける肉汁。肉の旨味が十分すぎるほどに舌の上を踊る。


「クヴァイラル様のお口に合うか甚だ不安なのですが、どうでしょうか?」


 冗談めかした調子で聞いてくる団長に対し、私はできるだけの笑顔で答える。


「とても、美味しいです」

「……なら、良かった。あ、基本的に朝はパンだから。なんか要望があったら言ってくれよ」

「私も基本的にパン食なので、大丈夫です。作っていただけるのなら、何でも食べます」

「おー、最近の若いのにしちゃしっかりしてるな。教育のおかげか?」

「……というか、何故団長自ら食事を?」

「趣味だから。使用人雇うのも金かかるしな」

「……何て言うか、変わってますね」

「王国騎士なんて高い職に就くと権威ばっかり強くなって人として生活する上で大切なことを忘れていくことが多い。騎士ってのは、ただ戦うだけじゃなく、国民の見本となる様、人として立派になることが大切だと考えてる。だから、ウチでは自分たちでできることは極力自分たちでやってく様にしてるんだ」


 他の一般的な団と異なる生活形態をとっているのにはこんな理由があったとは。少しだけ団長の株が上がった。


「もっともらしい理由をつけてるだけでただケチなだけだから。間に受けない方がいいわよ」

「せっかくカッコつけてるのにそう言うこと言わんでもらえる?」


 前言撤回。基本的に団長は二枚目な様だ。


 その後は特に波乱もなく食事が進んでいった。

 しかし、趣味が料理ということだけあって、どれもとても美味しく調理されていた。普通に家で雇っているシェフと比肩するレベルだ。


 食事を終え、一時間後に初仕事と団長に告げられた。


「格好はちゃんとしとけよ」


 とのことだったので、気合を入れて入団記念に父上から頂いた軽鎧を装備する。

 初仕事とは、何をするのだろうか。魔物の討伐か、未開の遺跡の調査か、要人の護衛か。

 何れにしても、自分ができることをやるだけだ。


 と、意気込んでいたのだが。

 外に出てきた団長の第一声は、私が予想だにしないものだった。


「よし、パトロールするぞ」

「……パト、ロール?」


 パトロールとは、私の知らない隠語か何かだろうか。

 それとも、単に私の知る、巡回の意味を持つものだろうか。


「パトロールって、あのパトロールですか?」

「そう、あのパトロール」

「……魔物討伐とか、要人の護衛とかではなく?」


 私の質問に対し、団長はそんな訳あるか、と笑いながら答える。


「そんなのはもっと上の団の奴らがやる事だ。第一、騎士として失格の烙印を押された連中にそんな仕事、任される訳ないだろ」


 ……ごもっともですね、はい。


「他の方達は?」

「グレースとツバキは国立図書館の書籍整理。セナは近くの鍛冶屋の手伝いだ」

「……何でも屋ですか」

「はっはっは! 言い得て妙だな。ま、特定の事態を除いて俺らにやる仕事はこれくらいしかない。ここら辺の地区には自警団も充分に整ってないからな。お前が想像していた様なものとはだいぶ異なるだろうが、それでもやってくしかないんだ」

「……そうですね。やるしかないなら、やりますよ」


 かくして、私の騎士としての初任務が始まった。

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